巷に騒がれる、菅田将暉殿:六万五千人の選びで落ちられた話と、習い事と部活に明け暮れた学生時代について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1993年2月21日、大阪府箕面市のお生まれ
- 本名は菅生大将と申される
- 中学の頃から、梅田で声を掛けられておられたという
- 十四の齢で、アミューズ30周年記念オーディションに応じられた
- その選びには、六万五千余の者が集まったという
- 最後の三十一人には残られたが、落ちておられる
- 2008年、別の選びで最後の十二人に選ばれた
- それが縁で、いまの事務所に入られる
- 2009年9月、『仮面ライダーW』でフィリップ役を演じ俳優として世に出られた
- 2014年、映画『共喰い』での働きで第37回日本アカデミー賞の新人俳優賞を受けられる
- 2018年3月、映画『あゝ、荒野』で第41回日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞に選ばれた
- 身の丈は176センチであられるという
【習い事少年から、アメフト部へ】
まずは、少年の頃の話から申し上げよう。
――この御仁、幼い頃は大の習い事少年であられた。
ピアノ、英会話、サッカー、ダンス、水泳と、毎日何かしらの教室に通っておられたという。
――しかも、中途半端に辞めることは許されなんだ。
始める時に、どこまでやるかを約束しておったそうな。水泳はバタフライが泳げるまで、ピアノは教則本の『バイエル』を終えるまで、と。
――中学では野球を始められた。
ところが父上とのキャッチボールで額に球を受け、あまりの痛さに「もっと柔らかいボールに」とサッカーへ移られたとか。
――そして高校では、アメリカンフットボール部に入られた。
人気漫画の影響だったそうな。部活に明け暮れる、普通の高校生であられたのじゃ。
――では、来し方を並べてみよう。
――生まれは、大阪の箕面でござる。
1993年2月21日のお生まれじゃ。
――本名は、菅生大将と申される。
お主、こちらも立派な名でござるな。
中学の頃から、梅田へ遊びに行くと声を掛けられておられたという。
しかも、一度や二度ではござらぬ。
――遊びに行くたび、でござる。
お主、よほど目を引く少年であられたのでござろう。
――ちなみに、弟御が二人おられる。
お一人は楽の道、もうお一人は演じる道を歩んでおられるという。
――お主、なんとも才のある一家でござるな。
さて、この御仁の始まりをもう少し語らせてくれ。
遊びに行くたび、でござる。
――つまり、目を引く少年であられたのじゃ。
だが、すぐには飛び込まれなんだ。
――十四の齢で、初めて選びに応じられた。
そして、落ちられたのでござる。
――常なら、そこで諦めよう。
六万五千人の中で三十一人まで残って、落ちるのじゃ。
――これは、堪えたであろう。
だが、この御仁は翌年また別の選びに応じられた。
――お主、これが大事なところでござる。
さて、この御仁のご家族についても、公にされておる範囲で触れておこう。
――弟御が、二人おられる。
お一人は、歌を作り歌う道を歩んでおられる。
――もうお一人は、演じる道でござる。
つまり、三兄弟が揃うてこの世におられるのじゃ。
そして、この御仁の伴侶も同じ道の御仁でござる。
――女優の小松菜奈殿であられる。
お主、これも良き縁でござるな。
さて、この御仁の少年時代について、もう少し。
――父上によれば、梅田へ遊びに行った日は、必ずと言ってよいほどスカウトの手紙を持ち帰っておられたそうな。
つまり、中学の頃から梅田で声を掛けられておったのじゃ。
――そして十四で、大きなオーディションに応じられたということでござる。
つまり、早くからこの世に近い場所におられた。
――お主、大阪の子は行動が早いのう。
【6万5千人の選びで、落ちておられる】
さて、ここからが今宵の見どころでござる。
――十四の齢のことでござる。
父上が店で見つけた募集のポスターがきっかけで、選びに応じられた。
――その事務所が三十年を記念して開いた、大きなオーディションじゃ。
そこには、いったい何人が集まったか。
――六万五千四百六十八人でござる。
お主、いま何と申された。
――六万五千余でござる。
町一つぶんの人数でござるぞ。
――そしてこの御仁は、最後の三十一人に残られた。
六万五千から、三十一人でござる。
――これは、大したものでござるぞ。
ところが、でござる。
――そこで、落ちておられるのじゃ。
お主、あと一歩でござった。
――三十一人まで残って、選ばれなんだ。
これは、悔しかろう。
――だが、この御仁は諦められなんだ。
翌2008年、別の選びに応じられる。
――若き男を選ぶ、名高き催しでござる。
そこで、最後の十二人に選ばれた。
――そして、それが縁でいまの事務所に入られたのじゃ。
お主、落ちた先に道があったのでござる。
――一度で通っておられたら、別の道であったろう。
人生とは、分からぬものでござるな。
さて、この六万五千という数を、もう少し噛みしめてみようではないか。
――六万五千四百六十八人でござる。
小さな町なら、丸ごと入る数じゃ。
――その中から、三十一人が最終の選考に進んだ。
つまり、二千人に一人でござる。
――そこまで残られたのじゃ。
だが、最後の一人にはなれなんだ。
――お主、これは悔しかろう。
あと一歩まで来て、届かぬ。
――常なら、そこで心が折れる。
だがこの御仁は、翌年また別の選びに応じられた。
――そして、そこで道が開けたのでござる。
お主、諦めなんだ者にだけ道は開く。
――吾輩は、そう思うておる。
さて、二つ目の選びの話も語っておこう。
――2008年、若き男を選ぶ名高き催しに応じられた。
第二十一回の催しでござる。
――そして、最後の十二人に選ばれた。
頂に立たれたわけではござらぬ。
――だが、そこで見出されたのじゃ。
その催しに出たことが縁で、いまの事務所に入られた。
――お主、これが大事なところでござる。
頂に立たずとも、道は開ける。
――見ておる者は、しかと見ておるのでござる。
そして翌2009年、仮面の物語で世に出られた。
――十六の齢でござる。
六万五千人から落ちた、その二年後でござるぞ。
――お主、人生とは分からぬものでござるな。
さて、この御仁の当たり役についても触れておこう。
2009年の『仮面ライダーW』のフィリップ役。しかも、二人の主役のうちの一人でござった。
――十六の齢で、続きものの物語の主役でござるぞ。
そして同じ年の暮れには、映画でも主役を務められた。
――お主、これは早い出発でござるな。
――落ちたことが、無駄ではなかったのでござる。
【未来予想図-普通であることが強みだと語られる】
さて、その後のこの御仁を追ってみよう。
――2009年9月、『仮面ライダーW』でフィリップ役を演じ俳優として世に出られた。
十六の齢でござる。
――しかも、いきなり主役の一人でござった。
そこから、着実に登ってこられた。
――2014年、映画『共喰い』での働きで第37回日本アカデミー賞の新人俳優賞を受けられる。
そして2018年3月、映画『あゝ、荒野』で第41回日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞に選ばれた。
――二十五の齢でござる。
お主、これは早い頂でござるな。
――そして、この御仁は己をこう分析しておられる。
身の丈は176センチ、血の型はA型、長男、右利き。
――顔は濃くも薄くもなく、眉を隠せば印象が変わる。
つまり、全てにおいて「普通」なのだと。
――ゆえに、どんな役にも寄せやすいのかも知れぬ、と。
お主、これは面白い見方でござるぞ。
――並であることを、強みと言うておられるのじゃ。
常なら、並であることを嘆くものでござる。
――だがこの御仁は、それを武器とされた。
そして、役に合わせて髪も体も変えてこられた。
映画『海月姫』では、10キロ以上も減らされたとか。
――しかも、常に高き履物で暮らして体つきを変えられたそうな。
お主、これは尋常な役作りではござらぬ。
――六万五千人から落ちた少年が、ここまで来られたのじゃ。
お主も、この御仁の行く末を見守られよ。
さて、この御仁の役者としての姿勢も語っておこう。
――世に出た直後は、若き娘御に向けた仕事が多かったという。
ところが、この御仁はそこで満足されなんだ。
――事務所の反対を押し切って、映画『共喰い』の選考を受けられたのじゃ。
齢の限りのある、重き映画でござった。
――そして、それを機に文芸の作にも数多く出られるようになった。
お主、これは大きな決断でござるぞ。
――華やかな道と、渋い道。
その両方を歩まれたのでござる。
――ある評者は、こう言うておられる。
商いと芸術の境を、軽々と突破してゆく稀有な役者だと。
――お主、これは最上の評でござろう。
さて、この御仁の役作りについても、もう少し。
――役に合わせて、髪も色も体つきも変えられる。
拳を交える者を演じられた折のことじゃ。
――相手と階級を合わせるため、最大15キロも増やされたという。
そして、女装をされた映画『海月姫』では10キロ以上も減らされた。
――しかも、骨盤を矯し、常に高き履物で暮らされたそうな。
女子のような体つきを、作るためでござる。
――お主、これは尋常な役作りではござらぬ。
そして、この御仁の演技は「感覚的」と評されておる。
――ある監督は「勘でやっているから同じ芝居が二度とできない」と言われた。
だが同時に、こうも言うておられる。
――「頭が良くて理論的に話せるが、芝居になるとそれを全部壊して、予測を超えてくる」。
お主、これは褒め言葉でござろう。
――そして、事務所の者はこう言うておられる。
この御仁は、めちゃめちゃ地味な努力をすごくする人だと。
――だが、それを語られぬゆえ天才に見られやすいのだとか。
お主、そこが良いのでござる。
――努力を、見せられぬのじゃ。
さて、最後に一つ申しておこう。
――この御仁は、歌の道でも立っておられる。
2017年に、歌を出して音の道を始められた。その前年、テレビ番組で吉田拓郎殿の歌を弾き語りされたことがある。
それを観ておられた盤の会社の者に、誘われたのじゃ。
――お主、これも縁でござるな。
そして2018年には、他の御仁の物語の主題の歌も手掛けられた。
――演じ、歌い、そして数多の賞を受けられる。
――お主も、この御仁の行く末を見守られよ。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【6万5千人から落選!?学生時代はアメフト部についてのまとめ】
今回は菅田将暉殿について調査してみた!
吾輩は菅田将暉殿に対して、六万五千人の選びで落ちながら、そこから道を切り開いてこられたと思ったんだがお主は菅田将暉殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
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