巷に騒がれる、菅野美穂殿:十五歳の折に朝の連続ドラマを目標に据えた、その理由について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1977年8月22日、神奈川県のお生まれ
- 育たれたのは埼玉県であられる
- 1991年、中学二年で「桜っ子クラブさくら組」の一員となられる
- 1993年、ドラマ『ツインズ教師』にて演じ手としての一歩を踏まれる
- 1995年、NHK連続テレビ小説『走らんか!』に出られる
- 1995年3月24日、「恋をしよう!」にて歌い手としても世に出られる
- 1998年、エランドール賞 新人賞を受けられる
- 2000年、「ZOO 愛をください」が50万枚を超える当たりとなる
- 2001年、NHK連続テレビ小説『ちゅらさん』に出られる
- 2016年10月3日、NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』にて坂東はな役を務められる
- 2017年7月、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』にて川本世津子役を務められる
【菅野美穂の朝ドラは4作目-15歳で決めた目標】
菅野美穂殿の朝の連続ドラマは、四本でござる。
1995年『走らんか!』。2001年『ちゅらさん』。
2016年『べっぴんさん』では坂東はな役。
そして2017年『ひよっこ』で川本世津子役。
――『べっぴんさん』から『ひよっこ』は、2作連続じゃ。
さて、この御方が朝の連続ドラマを目指した理由が面白い。
「母が「おしん」(83)を熱心に見ていたので、15歳で初めてドラマに出演した時は、親が(放送を)楽しみにしてくれるような仕事ができたらいいなと思い、朝ドラが目標になりました」
お主、ここで唸られよ。
――親が楽しみにしてくれるような仕事でござる。
大きな役をやりたい、名を上げたい、という話ではござらぬ。
母御が毎朝見ておられた枠じゃ。
そこに己が立てば、家で見てもらえる。
十五歳の御方が置いた的が、それでござった。
ちなみに十五歳で初めて出たドラマは1993年の『ツインズ教師』。
1977年8月のお生まれゆえ、たしかに十五の年でござる。
そして二年後、的に当たられた。
「実際に「走らんか!」(95)に参加させてもらった時は、親が喜んでくれたのがすごくうれしかったです」
――親が喜んでくれたのがじゃ。
己が嬉しかった、とは言うておられぬ。
喜ばれたのが嬉しかった、と言われる。
十八の折の話でござる。
なお『ツインズ教師』の脚本の一人が岡田惠和殿であった。
「もう25年ぐらい一緒に仕事をさせていただいています」
この御方は岡田殿から「戦友」と呼ばれておられる。
――最初の一本で組んだ相手と、四半世紀でござる。
そして『ひよっこ』も、その岡田殿の脚本じゃ。
【昭和の大女優という宿題-私には足りなかったな】
さて、この稿の山でござる。
2017年、連続テレビ小説96作目『ひよっこ』。主演は有村架純殿。
この御方に回ってきたのは川本世津子という役でござった。
紹介の一文が、これじゃ。
「子役時代から活躍し、つねに第一線を走ってきた人気女優」
昭和の大女優でござる。
制作統括の御方は、こう添えておられる。
「テレビで見ない日はないという人気女優。しかし、きらびやかな世界に身を置きつつも、人知れず孤独と苦悩を抱えています」
そして脚本の岡田殿は、こう言われた。
「(世津子役は)菅野美穂しか考えられなかった」
――名を一つしか挙げておられぬ。
戦友の見立てじゃ。
ところが、当のご本人はこうであった。
「なんで私に大女優の役をやらせようと思ったんですかね(笑)」
――笑いながら、そう言われる。
そのうえで、こう受け取っておられた。
「20代、30代の時とは違うボールを投げてもらっている感じがして、宿題なのかな?と思ったし、信頼して委ねてくださっていることも感じました」
――宿題でござる。
四半世紀組んだ相手からの、宿題じゃ。
で、その宿題にどう向かわれたか。
「恥ずかしい話ですが、昭和の名作映画をほとんど見たことがなかったので、いろいろ見て勉強しました」
――見たことがなかった、と明かされる。
そして見て、こう気づかれた。
「当時の女優は30歳ぐらいでも達観していて、40歳の私より年上に見える落ち着きや、円熟味があって魅力的でした」
――40歳の私より年上に見えるじゃ。
三十の御方が、四十の己より上に見える。
そのうえで、この御方は演じ終えてこう言われた。
「60年代の女優のオーラは役づくりで出るものではないですね。私には足りなかったな…」
お主、ここでもう一度唸られよ。
――私には足りなかったなでござる。
脚本家が「しか考えられなかった」と言うた役じゃ。
それを演じ切った当人が、足りなかったと言われる。
そして、朝の連続ドラマそのものについてはこう語られた。
「シリアスとコメディーを自由に行ったり来たりしたり、この人はこういうことは言わないだろうなというせりふを言うことで面白い化学反応が起きたりしますよね」
「それができるのが朝ドラだし、そのために丁寧に時間をかけて撮影できることが強みだと思います」
――丁寧に時間をかけてが強みじゃと。
四本出た御方の言葉でござる。
ヒロインを演じられた御方についても、一言。
「岡田さんが想像していないところのみね子の雰囲気やしぐさが、有村さん自身から自然に出ているところが魅力的です」
――脚本家の想像の外に出るところを褒めておられる。
戦友二十五年の目でござる。
【未来予想図-できなんだことを口に出す御方】
ここまでを、一度まとめておこう。
――菅野美穂殿の朝の連続ドラマは四本。1995年『走らんか!』から2017年『ひよっこ』まででござる。
十五歳の折、「親が楽しみにしてくれるような仕事」を目当てに朝ドラを目標に据えられた。
『ひよっこ』では昭和の大女優・川本世津子役を務め、それを「宿題」と受け取っておられる。
そして演じ終えて「私には足りなかったな」と言われた。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、できなんだことを口に出す御方だとみる。
根拠は三つでござる。
一つ、「昭和の名作映画をほとんど見たことがなかった」と明かされたこと。
二つ、「なんで私に大女優の役を」と笑われたこと。
三つ、「私には足りなかったな」と締められたこと。
――どれも、言わずに済む話じゃ。
見ていなかったことは黙っておればよい。
役の重さを疑うたことも、言う必要はない。
足りなかったなど、なおのこと言わずともよい。
だが、みな言うておられる。
――なぜか。
吾輩はこう見る。
この御方の的は、はじめから己の外にあったのじゃ。
十五歳の折の的が「親が喜ぶ仕事」でござった。
四十の折の的が「戦友からの宿題」でござる。
――どちらも、己の内から出た望みではござらぬ。
外から来た的に、応えようとしておられる。
外に的がある者は、届いたか届かなんだかを自分では決められぬ。
ゆえに、足りたとも言えぬのじゃ。
そしてもう一つ。
「丁寧に時間をかけて撮影できることが強み」と言われた。
半年かけて一つの物語を積む枠でござる。
――四作出て、なおその長さを強みと呼ぶ。
急がぬ場が、この御方には合うておられるのでござろう。
的が己の外にある者は、足りたと言えぬ。ゆえに止まらぬ
PR(広告を含みます)
【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【朝ドラは4作目!?親が喜ぶ仕事をしたかったについてのまとめ】
今回は菅野美穂殿について調査してみた!
一つ。菅野美穂殿の朝の連続ドラマは4作。1995年『走らんか!』・2001年『ちゅらさん』・2016年『べっぴんさん』(坂東はな役)・2017年『ひよっこ』(川本世津子役)でござる。
二つ。目標に据えた理由は「母が「おしん」を熱心に見ていたので……親が(放送を)楽しみにしてくれるような仕事ができたらいいなと思い、朝ドラが目標になりました」。
三つ。『ひよっこ』の脚本・岡田惠和殿は「(世津子役は)菅野美穂しか考えられなかった」。ご本人は「宿題なのかな?と思った」と受け取られた。
四つ。役作りは「昭和の名作映画をほとんど見たことがなかったので、いろいろ見て勉強しました」。当時の女優を「40歳の私より年上に見える落ち着き」と評しておられる。
五つ。演じ終えての一言は「60年代の女優のオーラは役づくりで出るものではないですね。私には足りなかったな…」でござった。
吾輩は菅野美穂殿に対して、的が己の外にあるゆえ、足りたと言えぬ御方、と思ったんだがお主は菅野美穂殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
シネマトゥデイ(菅野美穂、2作連続で朝ドラ出演「ひよっこ」後半の重要キャラに・2017年6月28日)
エンタメOVO(現代の人気女優も“昭和のスター”にはかなわない!?「オーラは役づくりで出るものではないです」菅野美穂・2017年9月4日)
関連記事

