巷に騒がれる、ムロツヨシ殿:英語のせりふが多い役を務めながら、それを挑戦とは呼ばれなんだ話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1976年1月23日のお生まれ
- 深津絵里出演の舞台『陽だまりの樹』で段田安則の芝居を観て、演じ手を志される
- 一浪の後、東京理科大学理学部数学科に入られるも三週間で中退
- 1999年、単独での舞台の務めを始められる
- 2005年、映画『サマータイムマシン・ブルース』にて映画に出られる
- 2008年、舞台「muro式」を始められる
- 2014年、『日経トレンディ』の「今年のヒット人」に選ばれる
- 2019年3月23日・24日、『二つの祖国』にてチャーリー田宮役
- 2021年、映画『マイ・ダディ』にて実写映画で初の主演
- 2022年6月24日が「ムロツヨシの日」として認められる
- 2023年、『うちの弁護士は手がかかる』にて主演を務められる
【ムロツヨシが英語のせりふに向き合うた作】
「ムロツヨシ殿と英語」——この二つが結び付かぬ御方も多かろう。
喜劇の御方、という顔が強いゆえな。
だが、この御方には英語のせりふと向き合うた仕事がござる。
2019年3月23日と24日の二夜連続で放たれたテレビ東京開局55周年特別企画ドラマスペシャル『二つの祖国』。
原作は山崎豊子。1900年代、第二次世界大戦の前・中・後の日本とアメリカを跨いだ三世代六十四年の物語でござる。
この作でムロ殿が務められたのが、チャーリー田宮という役じゃ。
アメリカに生まれ、アメリカ人として育てられた日系二世。
小栗旬殿が演じる天羽賢治とは、学生の頃からの友であり好敵手であった。
……アメリカ生まれ、アメリカ育ちの役でござる。
当然、英語のせりふが多い。
そして、この作についてムロ殿はまずこう断っておられる。
「ここ数年、自称するようなものではないのですが、あえて“喜劇役者”を自称してきました。ムロツヨシが出ているならきっとふざけているだろう、という先入観を持って観てくださる方もいらっしゃると思うのですが、今回はふざけたシーンは1カットもありません。それは先に言っておきたいと思います」
……一カットも無い、でござる。
ご自分でこしらえてきた看板を、ご自分で外して臨まれたのじゃ。
お主、これは軽い事ではないぞ。
1999年に単独での舞台の務めを始められ、2008年からは「muro式」を続けてこられた御方じゃ。
笑いで立ってこられた二十年でござる。
その看板を、この一作のために置いていかれた。
【「挑戦」という言葉を使わぬ、という構え】
さて、肝心の英語でござる。
ムロ殿は、こう明かしておられる。
「日本でのびのびと育ってきてしまったので、難しかったですね。もしかしたら、僕が英語でしゃべるシーンは全部バックショットで、僕と声質の似ているネイティブの方が吹き替えている可能性は、まだ、ありますね(笑)。あと、5年、時間をいただけたら」
……お主、笑うてしもうたか。
吾輩も笑うた。だが、笑うた後に唸ったのでござる。
「あと、5年、時間をいただけたら」
……これはな、五年かかると分かっておる者の言葉じゃ。
一年でも三年でもない。五年でござる。
冗談の形を借りておるが、中身は正しい見積もりでござろう。
そして、その後にこう続けておられる。
「自分にできるすべてのことをして、本番に臨みました。簡単ではなかったですが、スタッフと練習してきた自分を信じてやりました」
……ここでござる。
「スタッフと練習してきた自分を信じて」
英語を信じたのではない。腕を信じたのでもない。
練習してきた自分を信じたと言うておられる。
さて、ここからが話の山でござる。
英語のせりふに、戦という重い題材。「いろいろ挑戦があったんですね」と問われた折、ムロ殿はこう返された。
「僕は仕事で『挑戦』という言葉は使わないようにしているんです」
……お主、驚かれたか。
理由も語っておられる。
「起用したのに、観てくれるのに、挑戦されても…と思っちゃうんですよね。仕事として引き受けたからには、挑戦ではなく、ちゃんと表現します、ちゃんとやります」
……これでござるよ。
「挑戦」と言うた途端、できずとも許されるという逃げ道が一本できてしまう。
頑張ったのだから、初めてなのだから、と。
その一本を、この御方はご自分で塞いでおられるのじゃ。
【未来予想図-覚悟という言葉を選ぶ御方】
さて、ここからは吾輩の見立てを申し上げようぞ。
ムロツヨシ殿の英語の話は、語学の話ではのうて構えの話でござる。
吾輩はそう見る。
考えてみられよ。
英語のせりふが多い役を受けた。英語は得意ではない。
……普通ならば、これを「挑戦」と呼ぶ。
呼んだ方が、話としても収まりが良い。
だがこの御方は、その言葉を使わぬと決めておられる。
そしてもう一つ、こう語っておられた。
「小劇場でやってきたことを大きな劇場でやるだけです」
……場が変わっただけ、という言い方でござる。
お主、これがこの御方の芯じゃ。
小さい場でも大きい場でも、日本語でも英語でも、やることは同じ一つだと見ておられる。
だから「挑戦」にはならぬ。
……新しい何かではのうて、同じ事を違う場でやっておるだけゆえな。
吾輩の見立てでは、この構えは三週間で大学を辞められた頃から一貫しておる。
一浪して東京理科大学の数学科に入られ、三週間で中退された。
……普通ならば「もったいない」と言われる話じゃ。
だがこの御方は、そこから1999年に単独で舞台へ立たれ、2021年、映画『マイ・ダディ』にて実写映画で初めて主演を務められた。
入ってから映画の主演まで、二十年以上でござるよ。
その二十年、ずっと「挑戦」ではなく「やるだけ」で来られたのじゃ。
そして、吾輩がもっとも面白いと思うたのはここでござる。
この御方は「あと、5年」と冗談で逃げながら、同じ口で「自分にできるすべてのことをして」と申される。
……逃げておらぬ。
笑いで包んでおるだけで、中身は一歩も引いておらぬのじゃ。
これは、喜劇で立ってこられた御方の技でござろう。
重い物を、そのまま重く差し出さぬ。
……だが軽くもせぬ。
吾輩は見る。
この御方が今後、どのような重い役を受けられようとも、口から「挑戦」という言葉は出てこぬ。
出てくるのは「ちゃんとやります」の一言でござろう。
挑戦と言うた途端、できずとも許される逃げ道が一本できる……この御方はそれをご自分で塞いでおられる
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【英語のせりふと覚悟!?挑戦とは言わぬについてのまとめ】
今回はムロツヨシ殿について調査してみた!
一つ。2019年3月23日・24日の二夜連続で放たれた『二つの祖国』にて、日系二世チャーリー田宮を務められた。原作は山崎豊子でござる。
二つ。アメリカ生まれ・アメリカ育ちの役ゆえ、英語のせりふが多かった。
三つ。ムロ殿は「日本でのびのびと育ってきてしまったので、難しかったですね」と明かし、「あと、5年、時間をいただけたら」と笑うておられる。
四つ。だが同じ口で「自分にできるすべてのことをして、本番に臨みました」とも。
五つ。「いろいろ挑戦があったんですね」と問われると「僕は仕事で『挑戦』という言葉は使わないようにしているんです」と返された。
六つ。理由は「起用したのに、観てくれるのに、挑戦されても…」。引き受けたからには、ちゃんとやりますという構えでござる。
七つ。さらに「小劇場でやってきたことを大きな劇場でやるだけです」とも語っておられる。場が変わっただけ、という見方じゃ。
お主、「挑戦」と言うた途端、できずとも許される逃げ道が一本できてしまう。
……この御方は、その一本をご自分で塞いでおられるのでござる。
笑いで包んではおられるが、中身は一歩も引いておらぬのでござるよ
吾輩はムロツヨシ殿に対して、笑いで包んではおられるが、中身は一歩も引いておらぬ、と思ったんだがお主はムロツヨシ殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
オリコン(ムロツヨシに「挑戦」という言葉はない あるのは「できる」という「覚悟」・2019年3月21日)
モデルプレス(ムロツヨシ、東京理科大を3週間で中退「学歴を捨てます」決意の理由告白・2025年12月16日)
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