巷に騒がれる、矢吹奈子殿:残り二十二秒で!?憧れの人に誘われた日について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 2001年6月18日、東京都世田谷区にて生誕。
- 0歳より子役として活動を始める。
- 2005年公開の映画『タッチ』にて、主人公の幼少期を演じる。
- 小学2年の頃、ある組の贔屓となる。
- 握手の催しにて、憧れの御仁から審査を受けるよう誘われる。
- 2013年8月、HKT48の第3期生の審査に合格。
- 2013年12月、加入の披露前にもかかわらず、ある曲の真ん中に抜擢される。
- 2016年、総選挙にて28位で初めて順位に入る。
- 2018年、韓国の審査の催しに参加し、最終順位6位でIZ*ONEに選ばれる。
- 2018年10月29日、IZ*ONEとしてデビュー。以後二年半、国内の活動を休む。
- 2021年5月15日、二年五か月ぶりに国内の組へ復帰。
- 2021年10月、組と関わりの無い作にて初めて連続ドラマに定期出演。
- 2023年4月1日、卒業の公演を開催し組を離れる。
- 2023年12月31日、逃げる番組にて最後の一人まで残る。
【憧れの人に「受けて」と誘われた】

矢吹奈子殿は2001年6月18日の生まれ、東京都世田谷区の出にござる。
この御仁、実は0歳から子役として活動しておられた。
0歳でござるぞ。
自分の意思など、あろうはずもない齢じゃ。
そして2005年公開の映画では、
主人公の幼少期を演じておられる。
四つの頃でござるな。
つまり、この御仁は物心つく前から画面の中におられたのでござる。
さて、そこからこの道へ進む転機の話をいたそう。
小学2年の頃、この御仁はある組の贔屓となられた。
初めは別の御仁を好きになったそうじゃが、
ある日、画面を観ておった折のことでござる。
突然、指を差してこう言われたという。
「この人が好き!」と。
そして、その指の先におられたのが
後に大きな存在となる御仁でござった。
そこからは、握手の催しに四、五回足を運ばれる。
そして、そのうち二回——
その憧れの御仁から、こう誘われたのじゃ。
「絶対に受かるよ。受けて!」と。
お主ら、これを想像してみよ。
憧れの御仁が、自分の顔を見て
「受けて」と言うてくれるのでござる。
小学生にとって、これほど嬉しいことがあろうか。
ところが——
その時、この御仁は齢が足りておらなんだ。
応募の決まりに達しておらなんだのじゃ。
誘われても、受けられぬ。
これほど歯がゆいこともござるまい。
そして、その憧れの御仁が博多の組へ移られる。
そこでこの御仁は、博多にも行ってみたいと思われた。
そして2013年8月、その組の審査を受けて合格されたのじゃ。
0歳から子役として活動するということについて、
少し語らせてくれ。
赤子でござる。自分の意思など無い。
つまり、この御仁は気づいた時には既に画面の中におられた。
普通の子どもが、画面の向こうに憧れる齢に、
この御仁は既にそちら側におったのじゃ。
そして四つの頃には、
有名な物語の主人公の幼少期を演じておられる。
つまり、演じるということには
早くから慣れておられたということでござる。
ところが、この御仁が本当に憧れたのは
演じることではなかった。
小学2年の頃に出会った、あの組でござる。
画面の中で歌い、踊る者たちじゃ。
既に画面の中におった少女が、
別の画面に憧れたのでござる。
これは、なかなか面白い話でござるな。
ちなみに、この御仁が憧れた御仁というのは、
後にその組を率いる立場となる名高い御仁でござる。
そして、その御仁が博多の組へ移られた。
そこでこの御仁は、
「博多にも行ってみたい」と思われたという。
……なんとも素直な動機でござるな。
東京の世田谷に住む小学生が、
博多の組の審査を受けに行くのでござる。
近い距離ではござらぬ。
だが、憧れの人がおる場所へ行きたい。
その一心であったのでござろう。
そして2013年8月、その審査に合格された。
十二の齢でござる。
誘われてから、数年越しの合格でござった。
【海を渡って二年半】

組に入られてからの歩みが、また早い。
2013年12月のことでござる。
ある曲にて真ん中の位置に抜擢された。
しかも、その映像を撮った時点では——
まだ加入の披露すらされておらなんだのじゃ。
世に顔も知られておらぬ少女が、真ん中に立つ。
よほど見込まれておったということでござろう。
2014年には上の組へ昇格され、
2015年には東京の組との兼任も始まる。
同じ年には、組の作品に一人での曲も収められた。
これは、その組では初めてのことであったという。
そして2016年、総選挙にて28位。
初めて順位に入られたのじゃ。
しかも、その開票の日が6月18日でござった。
そう、この御仁の15歳の誕生日じゃ。
「人生で一番最高の日になりました」と
喜びを述べておられるという。
そして2018年、大きな挑戦をされる。
韓国の審査の催しに参加されたのじゃ。
言葉の違う国での戦いでござる。
しかも、向こうには長く稽古を積んだ者が数多おる。
その中で、この御仁は最終順位6位。
そして海を越えた組の一員に選ばれたのでござる。
この時、歌の力が大いに評されたという。
課題の場で披露された圧巻の高音が、
向こうの贔屓を中心に評価を得たのじゃ。
そして2018年10月29日、その組でデビュー。
だが、そこには代償もござった。
その活動に専念するため、
国内の組の活動を二年六か月も休むことになったのでござる。
ここで一つ、順位の話をしておこう。
この御仁が参加された韓国の催しは、
日韓の若者が入り混じって競う場でござった。
そして向こうには、
事務所で長く稽古を積んだ者が数多おる。
対して日本から出た者は、
そういう場を経ておらぬ者も多い。
つまり、下地の差が大きい場でござった。
その中で、この御仁は6位。
先輩の御仁と共に、上位に残られたのじゃ。
そして、その決め手が歌でござった。
課題の場で披露された高音が、
向こうの贔屓の心を掴んだという。
言葉が違っても、歌は伝わるということでござろう。
そして選ばれた代償が、二年半の休みでござった。
国内の組の活動を、丸ごと止めるのじゃ。
十七の齢でござるぞ。
十七から二十までの二年半は、
人が最も変わる時期でござる。
その間、国内の贔屓の前には立てぬ。
忘れられるかもしれぬ。
その怖さを抱えての二年半でござった。
組に入ってからの歩みを、もう少し並べておこう。
2014年に上の組へ昇格され、
同じ年には組の三枚目の作品で初めて選抜に入られた。
2015年には東京の組との兼任も始まる。
つまり、二つの組を掛け持ちしておられたのじゃ。
博多と東京を行き来する日々でござる。
十四の少女が、でござるぞ。
そして2018年には、
同期の御仁と二人で真ん中を務められた。
同じ年には東京の組の表題曲にも初めて選抜され、
世界の選抜を決める催しでは9位に入っておられる。
初めての選抜入りでござった。
つまり、韓国の催しに参加された2018年は、
国内でも最も勢いのあった年でござった。
その只中で、海を渡る決断をされたのじゃ。
これは、なかなかできることではござらぬ。
【未来予想図-残り二十二秒の悔しさ】

さて、矢吹奈子殿の現在(いま)である。
2021年4月29日、海を越えた組での活動が終わる。
そして同年5月15日、国内の組へ復帰された。
実に二年五か月ぶりでござった。
さらに同年6月26日、劇場の公演にも復帰される。
こちらは二年九か月ぶり。
しかも、その日は自身の20歳の誕生日でござった。
誕生日に、帰るべき場所へ帰る。
なんとも良い巡り合わせでござるな。
そして同年11月には、
復帰後の作にて単独で真ん中を務められた。
二年半空けても、居場所は消えておらなんだのじゃ。
そして2021年10月には、
組と関わりの無い作にて
初めて連続ドラマに定期で出演された。
演じる場も広がったということでござる。
2022年10月には卒業を発表され、
2023年4月1日に卒業の公演を開催。
0歳から始まったこの道の、一つの区切りでござった。
さて、最後に吾輩の最も気に入っておる話をいたそう。
2023年12月31日のことでござる。
この御仁は、逃げる番組に挑まれた。
しかも、それが五度目の挑戦でござった。
五度でござるぞ。よほど悔しかったのでござろう。
そして、この回でこの御仁は——
最後の一人まで残られたのじゃ。
全員が捕まる中、ただ一人生き残っておられた。
あと少しで、悲願の逃げ切りでござる。
ところが——
残り22秒で捕まってしまわれた。
22秒でござるぞ。
お主ら、22秒がどれほど短いか分かるであろうか。
息を二十回するかしないかでござる。
そこまで来て、届かなんだ。
……これは、悔しかろう。
だが、吾輩はこの話が好きでござる。
五度も挑み、そして最後の一人まで残った。
捕まったことより、そこまで残ったことの方が凄いのでござる。
憧れの御仁に「受けて」と言われながら、
齢が足りずに受けられなんだ少女でござる。
待って、待って、そして掴んできた御仁じゃ。
22秒の悔しさも、いつか形になることでござろう。
復帰の話を、もう少し丁寧に辿ってみよう。
2021年5月15日、生配信の番組に不意に登場された。
二年五か月ぶりの姿でござる。
同じ日には、自身の発信の場も
二年八か月ぶりに更新を再開されたという。
そして6月26日、劇場の公演に復帰。
こちらは二年九か月ぶりでござった。
しかも、その日は20歳の誕生日じゃ。
十七で旅立ち、二十で帰ってくる。
そして11月には、復帰後の作で単独で真ん中を務められた。
二年半空いても、居場所は消えておらなんだのでござる。
むしろ待たれておったということでござろう。
そして逃げる番組の話でござる。
五度目の挑戦で、最後の一人まで残られた。
だが残り22秒で捕まってしまわれる。
この悔しさは、いかばかりであったろうか。
だが考えてみよ。
この御仁の歩みは、いつもそうでござる。
憧れの御仁に誘われながら、齢が足りず受けられぬ。
選ばれても、二年半は国内で活動できぬ。
そして最後の一人まで残りながら、22秒届かぬ。
あと一歩が続いてきた御仁なのじゃ。
だが、そのたびに次へ進んでこられた。
齢が足りねば、待って受けた。
二年半空いても、帰って真ん中に立った。
ならば22秒の悔しさも、
いつか形になることでござろう。
この先どのような姿でお主らの前に現れるか、吾輩も楽しみにしておるぞ。
最後に、この御仁の現在(いま)を記しておこう。
2023年6月には新しい事務所に所属され、
同じ年の9月には、
ある大きな催しの発表の場に
公式の顔役として登壇しておられる。
自分が受けた側から、
受ける者を迎える側へ回られたということじゃ。
そして2024年1月には、
果物の催しの応援の役目にも就かれた。
同じ年の4月には初めての暦の品も発売しておられる。
組を離れてからも、
場は途切れておらぬということでござる。
0歳から始まり、
憧れの一言に背中を押され、
海を渡り、
そして帰ってきて真ん中に立ち、
いまは一人で歩いておられる。
二十二秒の悔しさは、
この御仁にとってまだ途中の話でござろう。
【残り二十二秒で!?憧れの人に誘われた日についてのまとめ】
今回は矢吹奈子殿について調査してみた!
吾輩は矢吹奈子殿に対して、憧れの一言から始まり、二十二秒の悔しさまで味わった武者姫、と思ったんだがお主は矢吹奈子殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
関連記事

