巷に騒がれる、佐々木希殿:秋田の冬に、母上が一人で家計を支えておられた。そこから始まる話でござる。
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1988年2月8日、秋田県のお生まれ
- 2006年、『週刊ヤングジャンプ』の「ギャルコンJAPAN」で初代グランプリとなられた
- 2006年、雑誌『PINKY』のオーディションでグランプリを受けモデルとして本格始動
- 2008年、映画『ハンサム★スーツ』で俳優としての活動を始められた
- 2009年、日本テレビ『神の雫』で連続ドラマ初出演
- 同じ年、映画『天使の恋』で映画初主演
- 2014年、フジテレビ『ファーストクラス』に出演
- 2017年、結婚を公表された
- 2022年、連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』に笹川奈々役で出演
- 2024年、映画『室井慎次 -敗れざる者-』に森麻絵役で出演
- 2025年、TBS『地獄の果てまで連れていく』に橘紗智子役で主演された
【実家では灯油代を切り詰められなんだ】
「佐々木希殿の実家はどのようであったか」——これを調べに来られた御方へ。
この御方は2026年、芸の道に入って20年の節目に
……初めてご自身のことを正直に語った書を出された。
その中で、幼き日のことを明かしておられる。
生まれは、冬の寒さが厳しい秋田でござる。
「母一人で家計を支えることになり、経済面での余裕は一切なくなりました」
……余裕は一切なくなりました。
そして、その暮らしの中身がこうでござる。
「冬の寒さが厳しい秋田では石油ストーブが欠かせないので灯油代は切り詰めることができず、電気代や食費でいかに節約するか」
……灯油代は切り詰めることができず。
お主、この一行の重さが分かられるか。
節約というのは、削れるものから削るのが常でな。
……だが、秋田の冬に暖を削ることはできぬ。
凍えれば、命に関わるゆえでござる。
ゆえに、そこは動かせぬ。
……動かせぬ分を、他で埋めるしかないのじゃ。
電気を切り詰め、食を切り詰める。
何を減らすかではのうて、何は減らせぬかから始まる暮らし。
……この御方は、それを見て育たれたのでござる。
なお、この御方の名の由来もまた良うてな。
父君が「希望を持って生きてほしい」との願いを込めて、
……希の一字を付けられたという。
実家では灯油代を切り詰められなんだ……動かせぬ分を、他で埋める暮らしでござった。
【実家で母上の姿を見て、決めたこと】
では、その暮らしの中でこの御方は何を思うておられたか。
ここが、この稿で最も伝えたいところでな。
「そんなふうに母が苦労している姿をずっと見ていて」
……ずっと見ていて。
そして、こう思われたという。
「『迷惑をかけている場合じゃない。私も家族の一員として頑張らなきゃ』と思い、少しずつ自分にできることを考えるようになりました」
……私も家族の一員として。
お主、この言い方に気づかれたか。
助けてもらう側から出ようとしておられるのじゃ。
子であれば、養われるのが当たり前でござる。
……だがこの御方は、そこに留まっておられぬ。
「家族の一員」と自ら名乗り、
……自分にできることを探し始められた。
しかも「少しずつ」でござる。
一度に大きなことをしようとはしておられぬ。
そして、後にこう振り返っておられる。
「人生で一番辛い出来事を経験し、家族みんなで少しずつ乗り越えてきたからこそ、きっと今の私のたくましさがあるんじゃないかなと思います」
……家族みんなで少しずつ。
ここでも少しずつという言葉が出ておる。
何があったのかは、この御方は語っておられぬ。
……ゆえに、吾輩も推し量らぬ。
だが、そこを通ってこられたことだけは確かでござる。
そして今、この御方はこう言うておられる。
「『佐々木希』という存在は、自分一人で成り立っているものではない」
家族に支えられた子が、今は周りに支えられておると言われる。
実家で母上の姿を見て決めたこと……助けてもらう側から、家族の一員へ回られたのでござる。
【未来予想図-鎧を脱いだ後の話】
さて、実家を出た後の話でござる。
この御方は18の年に世に出られ、モデルとして名を知られた。
……だが、その頃は苦しかったと明かしておられる。
2025年の取材で、こう語っておられるのじゃ。
「若い頃は、憧れられる存在でいなければという意識があったと思います」
……いなければ。
中身も述べておられる。
「雑誌のカラーに染まっていなきゃとか、メイクさんにメイクしてもらって、そのイメージを保たなきゃとか、正直意識していた気がします」
……保たなきゃ。
そして、それをこう呼んでおられる。
「20代前半までは鎧みたいな謎の壁がありました。『私はこうでいなきゃ』みたいな鎧を作ってしまって」
……鎧でござる。
続きが、また正直でな。
「自分も疲れるし、たぶん見ていた人も疲れていたかもしれません。若さだったのかなと思います」
鎧を着た者は、己が疲れるだけではない。
……見る側にも、力が要るのでござる。
では、どうやって脱がれたか。
「自分は何をしたいのか考え始めたり、仕事に対して責任感が強くなったり、いろいろ考えていたときに鎧を1回取っ払ったらすごく楽になったんです」
……取っ払ったらすごく楽になった。
面白いのは、脱ぐ切っ掛けでな。
楽になりたくて脱いだ、のではないのじゃ。
……己が何をしたいか考え始めて脱がれた。
人にどう見られるかを考えておるうちは、鎧が要る。
己が何をしたいかを考え始めれば、鎧は邪魔になる。
そして、この御方は今こう言い切っておられる。
「自分の人生だから自分で決めたい。寂しい気持ちもあるけど、自分の決めた選択によって離れてしまう人がいるなら、それは仕方がないと思います」
……それは仕方がない。
秋田の冬に「家族の一員として頑張らなきゃ」と思うた子が、
……今は「自分で決めたい」と言うておられるのでござる。
——さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、20代前半まで鎧を着ておったと言われる。
なぜ着ねばならなんだか。
……美しさで世に出た者は、隙を見せられぬゆえでござろう。
少し崩せば、たちまち言われる。
ゆえに固うなる。固うなれば、疲れる。
そして今、その鎧を取り払うたと言われる。
ここで面白いのは、脱いだ後に仕事が増えたことでござる。
2022年に朝の連続テレビ小説、2025年に連続ドラマの主演。
……三十を過ぎてから、役が濃うなっておられるのじゃ。
鎧を着ておる者は、鎧の似合う役しか来ぬ。
……脱いだ者には、生身の役が来る。
そして生身の役の方が、長う続くのでござる。
ならば、この先はこうなろうと吾輩は見る。
……四十代で、いっそう良い役に恵まれるのではないか。
「『佐々木希』という存在は、自分一人で成り立っているものではない」と言える人じゃ。
……己を大きゅう見せぬ人には、人が寄る。
もっとも、これは吾輩が勝手に描いた図でござる。
だが2026年で、芸の道に入って二十年でござる。
……鎧を脱いだ後の二十年が、これから始まるのじゃ。
鎧を着た者には鎧の役しか来ぬが、脱いだ者には生身の役が来るのでござる。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は灯油代を切り詰めた!?名は父からについてのまとめ】
今回は佐々木希殿について調査してみた!
一つ。「母一人で家計を支えることになり、経済面での余裕は一切なくなりました」と明かされた。
秋田の冬ゆえ、灯油代だけは切り詰められなんだという。
二つ。「『迷惑をかけている場合じゃない。私も家族の一員として頑張らなきゃ』と思い」と語られた。
助けてもらう側から、支える側へ回ろうとされたのでござる。
三つ。「20代前半までは鎧みたいな謎の壁がありました」という。
憧れられる存在でいなければ、と思うておられたゆえな。
四つ。「鎧を1回取っ払ったらすごく楽になったんです」と結ばれた。
……お主、この歩みをどう見られたか。
吾輩が良いと思うたのは、「少しずつ」という言葉でござる。
この御方は、二度この言葉を使うておられる。
……幼き日に「少しずつ自分にできることを考えるようになりました」。
そして辛い時期を「家族みんなで少しずつ乗り越えてきた」と。
一度に大きく変えよう、とはしておられぬのじゃ。
灯油代が切り詰められぬなら、電気と食で埋める。
……できることから、少しずつ。
この構えは、美容の稿で語っておられたことにも通じておる。
「頑張る程応えてくれる30代の肌がいとおしい」、と。
……積んだ分だけ返る、という見方でござる。
そして、鎧を脱がれた切っ掛けもよう出来ておる。
楽になりたくて脱いだのではない。
……己が何をしたいか考え始めたら、邪魔になっただけじゃ。
人にどう見られるかを軸にしておるうちは、鎧が要る。
己が何をしたいかを軸にすれば、鎧は重いだけになる。
己の軸に持ち替えた時、鎧は自ずと落ちるのでござるよ。
吾輩は佐々木希殿に対して、己の軸に持ち替えた時、鎧は自ずと落ちるのでござる、と思ったんだがお主は佐々木希殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
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