巷に騒がれる、伊沢拓司殿:実家は共働き、ご本人いわく「お金持ちでもない」家に、親御が100円で買うた信長の漫画が置いてあった話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1994年5月16日、生誕。茨城県・埼玉県の出にござる。
- 共働きの家の一人っ子として生まれる。
- 幼き日は茨城県桜川市、埼玉県さいたま市、鳩ヶ谷市(いまの川口市)で過ごす。
- 小学校2年でサッカーに熱中し、友との知識比べの中で知識を蓄える楽しさを知る。
- 小学校3年で塾に通い始め、6年で本格的に中学受験へ。
- 中学ではフットサルの部に入部届を出すも、勧誘会で出会ったクイズ研究部へ入る。
- 中学3年で第18回『高校生オープン』に優勝。
- 高校1年、日本テレビ『全国高等学校クイズ選手権』第30回大会で母校を初優勝へ導く。
- 翌年の第31回大会でも優勝し、個人としては史上初の2連覇を成し遂げる。
- 2016年、ウェブメディア『QuizKnock』を立ち上げ、編集長に就任。
- 2017年4月30日、TBS『東大王』のレギュラー放送第1回で優勝し、東大王チームの大将を務める。
- 2018年4月、ワタナベエンターテインメントに所属。
- 2019年4月1日、株式会社QuizKnockを設立し、代表に就任。
- 2021年10月1日、東北大学グリーン未来創造機構の特任准教授(客員)に就任。
- 2024年10月5日、『オールスター感謝祭』にて85人中1位で初優勝。
【実家は共働き、親が置いた信長の漫画は100円】
伊沢拓司殿の実家は、ご両親が共働き、ご本人は一人っ子でござる。生まれは1994年5月16日、茨城県と埼玉県の出。幼き日は茨城県桜川市、埼玉県さいたま市、鳩ヶ谷市——いまの川口市で過ごされた。
保育園のお迎えは、園児の中でいちばん後。父上と歩く帰り道、豆腐屋で油揚げなどを買うのが楽しみであったという。
では金持ちの家であったのか。ご本人の言葉ははっきりしておる。「僕の実家は、とくにエリートというわけじゃないんです。お金持ちでもないし」——QuizKnockの本『QuizKnock 学びのルーツ』に載った一節じゃ。
その家に置いてあったのが、織田信長の歴史漫画でござる。小学1年の折に読み、歴史に興が湧いた。この一冊、「ブックオフで100円で売られていたものを、親が買って家に置いておいたんですよ」とのこと。
父上も母上も読書がお好きで、自宅は歴史小説などの本だらけ。学習漫画は本棚にさりげなく並べてあり、「マンガが読めるぞと思って気づいたら手に取っていました」と語っておられる。
家の決まりごとについては、こう語っておられる。「ひとつだけ厳しかったのは、携帯ゲーム機を持たせてもらえなかったこと」。ゆえに手が伸びる先は、本棚しか無かったわけじゃ。
小学校は「親が無理して私立に入れてくれたんです。片道1時間、電車通学でした」。家に帰っても地元の友は学校が違い、親御は勤めで留守、兄弟もおらぬ。「「一人の時間」が圧倒的に長かったんですよね」——その長い時を、本と考え事で埋めておられたわけじゃ。
【母はバツの問題をノートに、父は毎晩の「訓示」】
母上について、ご本人は2024年1月放送の『これ余談なんですけど…』でこう明かされた。「勉強がそんなに得意ではなくて、僕に勉強を教えられなかったんですけど、唯一やってくれたことがあって」。
それが、「僕の解いたテストを見て、バツがついている問題だけコピーしてノートに貼っておいてくれたんです」。同じ問いを二度しくじらぬための一冊でござる。「勉強は教われなかったけど、学び方を教われたのが親の教えの中で一番良かったことですね」とも述べておられる。
「勉強しろ」の声にも間合いがあった。遊びの最中でも机に向かう最中でもなく、「うちの親は、何かと何かの間にダラダラしている時に『勉強しろ』って言ってきたんです」。
父上は冗談好きの会社勤めで、ご本人が5歳の頃、帰宅すると毎晩のように「訓示」と称してジョークを披露された。ラジオ番組『ジェットストリーム』の決まり文句を真似る父上に、「しじま」を知らぬ伊沢殿は小笠原の父島のことかと思うた。「『なんで父島なの』と父に聞くと、『しじまというのはね…』と教えてくれました」。こうして言葉が増えていったという。
最後に叱られたのは小学2年、2002年のW杯日韓大会の折じゃ。日本代表が点を失うた場面で、川口能活殿なら絶対に止められたと口にしたところ、父上は「絶対という言葉を軽々しく使うな」と叱られた。ご本人は「軽々しく絶対という言葉を使うとダサいな、って思いました」。「仕事で宣伝の文言を書いていた父は、特に言葉に敏感だったのだと思います」とも語っておられる。
大学生の折には、その父上から「これが自分が今まで巡った銭湯600か所の地図だ」と地図を渡されたこともある。そして2018年、勤めを退いた父上は「(息子の)活躍がうれしかった」と記したメモを添え、腕時計を贈られたそうな。
【知識を蓄える楽しさを知った日】
さて、この御仁がどこで「知る楽しさ」を覚えたか。そこもはっきり語られておる。
小学校に入った当座は、読書に夢中であられたという。ところが2年生になると、興が移った。サッカーでござる。
そして、ここが面白いところじゃ。友とサッカーに興じるうち、サッカーに関する知識の比べ合いをするようになったというのじゃ。
選手の名、記録、試合の顛末。どちらが多く知っておるか。その遊びの中で、知識を蓄えることそのものが楽しいと気づかれた。
ここにも親御の手が添えられておる。「父親はサッカーよりも野球派でしたが、サッカーのビデオや本を買ってきてくれたり、試合観戦にも連れていってくれたりしましたね」。
これが、のちのクイズ王の出発点である。机の上ではなく、遊びの中から来たというのが何とも良いのう。
私立の幼小中高一貫の学び舎に通っておられたゆえ、当初は中学受験を考えておられなんだ。ところが3年生の折に塾へ通い始めたことをきっかけに、勉強の楽しさに気づかれる。
そして6年生の頃、本格的に中学受験に取り組まれた。一貫校に居ながら、外へ出る道を自ら選ばれたということじゃ。
中学に入るとフットサルの部に入部届を出されたが、高校生の先輩には技でも体格でも敵わなんだ。そんな折、部活動の勧誘会でたまたま目に入った早押しの体験で、クイズ研究部へ入られた。ここで道が定まる。
ここが肝でござる。もう一度申すぞ。勉強が楽しかったのではない。サッカーの話をするのが楽しかったのじゃ。
知識というものは、しまい込んでおっても面白うない。誰かに向かって出して、驚かれたり言い返されたりして初めて生きる。小学校2年の校庭で、この御仁はそれを体で覚えられた。
のちに立ち上げた『QuizKnock』が、知識を一人で抱えるものではなくみなで分け合うものとして作られておるのを見ると、出発点はやはりあの校庭にあったのだと思えてくるのう。
【高校生クイズ2連覇と東大への道】
一人の時を本で埋めておった少年が世に名を知られたのは、高校の頃でござる。
中学3年の折、第18回『高校生オープン』にて優勝。中学生の身で高校生の大会を制したというのだから、これは並ではない。
そして高校1年、日本テレビ『全国高等学校クイズ選手権』の第30回大会に出場し、母校を初優勝へ導かれた。
翌年の第31回大会でも優勝。個人としては史上初となる2連覇を成し遂げておられる。
東京大学経済学部経済学科を卒業。同学部の修士課程の入試には不合格であったため、農学部の修士課程へ進まれた。
この一件をご本人が隠しておられぬのが、また良い。落ちたことも、そこから道を変えたことも、そのまま語っておられる。
東京大学の入試にも、一つ話がござる。数学で答え方を誤ったことに、試験の帰り道で気づかれたのじゃ。翌日にも試験があるというのに、深夜まで勉強をされたという。その結果、二日目の英語の試験は最後の十分をほぼ寝て過ごされたそうな。それでも受かっておられる。
意外なしくじりもある。埼玉県の運転免許の場で受けた試験では、筆記を通れず不合格になったことがあるという。知恵比べの名手でも、落ちるものは落ちる。そこを隠さぬところが、この御仁らしいのう。
高校生クイズの二連覇について、もう少し申しておこう。
高校生クイズは三人一組で戦う大会でござる。一度目の優勝の折は、高校三年の田村正資殿が組を率い、高校二年の大場悠太郎殿が歴史の知識で支えておられた。
つまり伊沢拓司殿は、一人で勝ったのではない。共に戦う仲間がおって、その仲間と二年続けて頂に立たれたということじゃ。
ここが面白いところでのう。この御仁の歩みには、いつも隣に誰かがおる。校庭で知識を比べ合うた友、大会を共に戦うた仲間、そして『QuizKnock』を共に立ち上げた者たち。一人で解く人ではなく、誰かと解く人なのじゃ。
【未来予想図-クイズを仕事にした男】
さて、伊沢拓司殿の現在(いま)である。
2016年、「楽しいから始まる学び」という掲げ文のもと、ウェブメディア『QuizKnock』を立ち上げ、編集長に就任された。
2017年にはふくらP殿の勧めで同じ名のYouTubeチャンネルも開き、自らも出演や企画に加わっておられる。
画面の上でも名が知られた。2017年4月30日、TBS『東大王』のレギュラー放送第1回で優勝し、第1シーズンでは東大王チームの大将を務められた。
そして2019年、大きな決断をなさる。3月31日をもって大学院を中途退学し、4月1日に株式会社QuizKnockを設立して代表に就任されたのじゃ。
クイズで名を上げた者が、クイズを商いにする側へ回った。遊びから始まった知識比べが、十七年ほどをかけて仕事になったということでござる。
2021年10月1日には東北大学グリーン未来創造機構の特任准教授(客員)にも就任。学びの場でも役を担っておられる。
催しの場でも強い。2022年12月31日の『Run for money 逃走中』では番組史上最長の180分を唯一逃げ切り、2024年10月5日の『オールスター感謝祭』では85人中1位で初優勝を果たされた。
好きなものも数多く語っておられる。漫画では『キャプテン翼』『シャーマンキング』『バキ』『フルーツバスケット』。歴史上の人物では織田信長。伝記の漫画を読んで歴史の面白さに気づいたのが、最初の勉強の体験であったからだという。
趣味はギターの弾き語りと、体を鍛えること、そして競技を観ること。ギターは中学の頃から続けておられ、大学ではギターのサークルに入って副会長を務めておられた。
野球では読売ジャイアンツ、サッカーではプレミアリーグのトッテナム・ホットスパーFCの大の贔屓であられる。小学校2年の折、NHKの番組で聞き取りを受けたのが最初の画面への出演であり、サッカーへの思いを強くする出来事でもあったという。
座右の銘は「無知を恥じず、無知に甘えるを恥じる」とのこと。知らぬことを恥じるのではなく、知ろうとせぬことを恥じる。小学校2年のサッカーの知識比べから、この言葉まで一本の線が通っておるのう。
近ごろの働きぶりも、数で並べると壮観でござる。
2022年12月31日の『逃走中』では、番組史上最長の180分を唯一逃げ切り賞金252万円。2024年9月27日の『クイズ!あなたは小学5年生より賢いの?』では、最後の挑戦者として全問正解し賞金300万円を得ておられる。
そして『オールスター感謝祭』。2018年の初出場から六年越しで、2024年10月に85人中1位となり悲願の初優勝。そこから2025年春、2025年秋と勝ち続け、番組史上初の総合優勝3連覇を果たされた。
六年かかって一度勝ち、そこから三度続けて勝つ。この形、どこかで見たことがあろう。中学で高校生の大会を制し、高校で二連覇した頃と、まるで同じでござる。
意外な一面もお持ちじゃ。櫻坂46の熱心な贔屓であられてな、催しにも足しげく通っておられる。2025年5月28日には『ラヴィット!』で推しておられる御仁と共演を果たされた。
2026年5月15日に封切られた映画『君のクイズ』では、QuizKnockがクイズを監修し、ご自身も出演された。校庭の知識比べから始まった道は、いまや画面の内にも外にも広がっておるのう。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は共働き!?親が置いた信長の漫画は100円についてのまとめ】
今回は伊沢拓司殿について調査してみた!
共働きの家の一人っ子で、保育園のお迎えはいちばん後。家にはブックオフで100円の信長の漫画が置かれ、母上はバツの問題をノートに貼り、父上は毎晩「訓示」のジョークを聞かせ、「絶対」を軽々しく使うなと叱られた。
吾輩は伊沢拓司殿に対して、100円の漫画と父母の一言から知る楽しさを覚え、それを仕事にまでした若侍、と思ったんだがお主は伊沢拓司殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
【父の教え】クイズの東大王伊沢拓司さん 「絶対」はない…広い視野で(産経ニュース 2018年10月31日)
東大卒クイズ王・伊沢拓司を育てた親がしていたこと。我が子の“地頭を伸ばす”秘策とは(with class 2025年5月16日)
伊沢拓司 子供に「勉強しろ」という絶妙のタイミング明かす 母の「教えの中で一番良かった」ことも告白(スポニチアネックス 2024年1月25日)
伊沢拓司さん両親のユニークすぎる教育術「銭湯600軒の地図を渡され…」(CHANTO WEB 2021年9月10日)
頭のいい子に共通する小学校時代の過ごし方(東洋経済オンライン 2017年9月24日)
負けず嫌いだった子ども時代。音楽好きの少年が「クイズ」にのめりこんでいった理由【伊沢拓司さん】(学研キッズネット 2024年10月10日)
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