巷に騒がれる、ゆりやんレトリィバァ殿:父上との「今日でき」という習慣と、学び舎を巡る来し方について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1990年11月1日、奈良県吉野郡吉野町のお生まれ
- 本名は吉田有里殿と申される
- 吉野町立吉野中学校を出ておられる
- 小学二年の頃、吉本新喜劇に心を奪われた
- 山田花子殿と島田珠代殿に、憧れておられたのでござる
- 奈良県立高田高等学校では、水泳部におられた
- 高校の文化祭では、一人の芸を披露されておる
- 塾へ行かず、関西大学文学部に受かられた
- 大学では、片道三時間の通学を映画鑑賞に充てられる
- 単位を三年で取り切り、四年からNSCへ通われた
- 2013年、NSCを首席で卒業される
- 後にTHE W、上方漫才、R-1の三冠を取られた
【小2の学芸会、新喜劇の模倣で目覚められた】

まずは、目覚めの日の話から参ろう。
――小学二年の頃、吉本新喜劇に心を奪われたのでござる。
山田花子殿と島田珠代殿の「面白すぎる」姿を観て、思われた。
――「お笑い芸人なら一重まぶたでもスポットライトを浴びれるんや」と。
幼き頃はモーニング娘。に憧れたが、諦めた過去があった。
――だが笑いの道なら、己のままで光れると直感されたのでござる。
そして学芸会で、新喜劇の芝居をそのまま演じられた。
――観ていた上級生も先生も保護者も、皆が笑うてくれたのでござる。
その快感を、ご本人はこう振り返っておられる。
――「とてつもなく最高の快感だった」と。
十二人の級友は皆、新喜劇に入る気でおったそうな。
――吉野の小さな教室は、笑いの道場でござったのでござる。
人を笑わせる喜びは、ここで体に刻まれた。
――芸人ゆりやんの原点は、この学芸会でござる。
ここで、諦めた夢の話も添えておこう。
――幼稚園の頃は、モーニング娘。に本気で入る気であられたのでござる。
選びの様子を、頭の中で稽古までしておられた。
――だが、まぶたの違いに気づき諦められたのでござる。
この挫折が、笑いの道への扉となった。
――諦めた夢は、次の夢の案内人でござるな。
そして、なり切りの遊びも幼き頃からでござった。
――誰かになり切ることが、とにかく好きな子であられた。
洋画の人物の物真似を、家族に披露しておられた。
――あの憑依芸の芽は、吉野の茶の間で出ておったのでござる。
さらに、あいさつ運動の話も微笑ましい。
――三つの頃までは、親の後ろに隠れる物静かな子であられたのでござる。
地元のあいさつ運動をきっかけに、少しずつ明るくなられた。
――生まれつきの明るさではなかったのでござる。
育ちの中で、少しずつ開いていった明るさでござる。
――内気な子の親御に、届けたい話でござるな。
今の豪快な芸からは、想像もつかぬ始まりでござる。
――人は、どこからでも変われるのでござる。
そして、藤本敏史殿の言葉も添えておこう。
――吉野の自然を見て「よぉこの町から芸人なろうて思たな…」と驚かれたのでござる。
桜の名所として、歴史の書にも載る美しい町でござる。
――その静かな町で、賑やかな夢が育ったのでござる。
環境が夢を決めるのではない。
――夢が、環境を越えるのでござる。
いま一つ、なり切りの遊びの深さも。
――これから起こり得る出来事を、頭の中で稽古する癖もあられた。
空想の舞台稽古でござる。
――この癖が、後の芝居がかった芸の土台でござろう。
遊びの空想を、笑わずに育てた家の勝ちでござる。
――子の空想は、才能の卵でござるよ。
【父との「今日でき」が、観察眼を育てた】

さて、この稿の題の「今日でき」の話でござる。
――父上は、長距離の通勤をされる勤め人でござった。
帰りの遅い夜も、子らの話を聞きたがられた。
――食卓で一人飯を食べながら、娘たちに「今日の出来事」を聞くのが習慣となったのでござる。
ほぼ毎日ゆえ、「今日でき」という名までついた。
――照れ屋の娘も、少しずつ話すようになっていった。
そしてこの習慣が、思わぬ力を育てる。
――話すための観察眼が、養われていったのでござる。
面白く話すには、よう見ておらねばならぬ。
――毎日の食卓が、話芸の稽古場でござったのでござる。
高校大学の七年間は、駅までの送り迎えの車中でも続いた。
――片道二十分の「今日でき」でござる。
後の芸人への道も、この車中で何度も語り合われた。
――反対しておった父上も、最後には許してくださったのでござる。
親子の対話とは、これほどの力を持つのでござる。
――お主の家の食卓にも、「今日でき」を置いてみてはどうか。
ここで、この習慣の深さをもう少し。
――父上は地元の青少年の指導員を務めた方でござった。
子の話を聞くことを、心掛けておられたのでござる。
――聞いてもらえる子は、話す力が育つのでござる。
中三の時、父上は勤めを辞めて工房を開かれた。
――結果は楽にならず、されど親子の時間は増えたのでござる。
送り迎えの車中の対話は、そこから七年続いた。
――貧しさより、対話の豊かさが娘を育てたのでござるな。
さらに、観察眼と芸の関わりを。
――この御仁の芸は、人間観察の塊でござる。
米国の女優の癖、政治家の間、隣のおばちゃんの口調。
――見て、写し取り、誇張する芸でござる。
その目は、毎晩の食卓で鍛えられた。
――「今日でき」は、最高の芸の英才教育でござったのでござる。
親は子に、財より習慣を残すべしと申す。
――この父娘が、その証でござる。
そして、この習慣の続きの話も。
――夜遅く帰った父上は、寝ておる娘たちを揺すって起こしに来られたそうな。
会いたさゆえの、可愛らしい親心でござる。
――娘たちも、帰宅の音に飛び付いておられた。
この温かさが、あの芸の底にあるのでござる。
――人を笑わせる芸は、愛された記憶から生まれるのでござるな。
加えて、脱サラの父上の言葉も可笑しくて温かい。
――「今よりもお金持ちになって犬も飼えるぞ」と説得されたのでござる。
結果は逆で、犬も飼えなんだそうな。
――だがこの顛末を、娘は笑いの種として語れるのでござる。
家の苦労を笑いに変える力も、この家で育った。
――笑いは、家族の強さの形でもあるのでござるな。
いま一つ、対話の家の強さも。
――反対する親と、諦めぬ娘が、車中で何年も話し合うたのでござる。
喧嘩ではなく、対話で道を決めた家でござる。
――「今日でき」の積み重ねが、最後の説得も支えたのでござるな。
最後の最後に、この習慣の贈り物を数えよう。
――話す力、観る力、そして親子の信でござる。
銭のかからぬ、最高の教育でござった。
――食卓の五分から、始められるのでござるよ。
【未来予想図-段取り力で関大からNSC首席へ】

さて、学びの道の見事な段取りでござる。
――高校は、奈良県立高田高等学校でござった。
水泳部で毎日泳ぎ、文化祭では一人の芸を披露された。
――この頃には、道は心に決まっておったのでござる。
そして受験でも、底力を見せられた。
――塾へ行かず、関西大学文学部に受かられたのでござる。
大学では、無駄な時間が一つもなかった。
――片道三時間の通学は、映画のDVD鑑賞に充てられた。
一発ギャグ大会には女性でただ一人参加し、二位。
――卒業に要る単位は、三年生までに全て取り切られたのでござる。
そしてNSCの入学金は、内緒のアルバイトで貯められた。
――大学四年から、大阪NSC35期生として通われたのでござる。
2013年、卒業公演で優勝し首席で卒業。
――翌月の予定は、全て仕事で埋まったのでござった。
学芸会の快感から、NSC首席まで一本道でござる。
――夢は、段取りで叶えるものと教えてくれる道のりでござる。
ここで、高三の可愛らしい話も一つ。
――野球部の年下の子に、片想いをされたのでござる。
会いたい一心で、受験勉強を名目に毎朝早く登校された。
――教科書を開きながら、練習を見守る日々でござった。
やがて失恋し、その悔しさでさらに勉強された。
――そして関西大学に、受かってしまわれたのでござる。
恋の力とは、恐ろしいものでござるな。
――失恋まで、学びの燃料に変えられたのでござる。
さらに、この道のりの締めくくりを。
――卒業後は瞬く間に頭角を現し、三冠を取られた。
そして2024年12月、ロサンゼルスへ移住されたのでござる。
――吉野の学芸会から、世界の舞台まで繋がった。
食卓の習慣、学芸会の快感、車中の対話。
――小さな日常の積み重ねが、大きな道になったのでござる。
お主の日常にも、種は転がっておるぞ。
――拾うて育てるかどうかだけでござる。
そして、締めの言葉でござる。
――学歴の欄には、吉野中、高田高校、関西大学と並ぶ。
だが本当の学び舎は、食卓と車中と学芸会でござった。
――日常こそ、最強の学校なのでござる。
加えて、水泳部の日々も一言。
――県大会の自由形で、七人中五位でござった。
華々しくはない、実に正直な順位でござる。
――だが毎日泳ぎ込んだ体力は、後の舞台を支えたのでござる。
順位より、続けた日々が財産でござる。
――部活とは、そういうものでござるな。
最後にもう一つ、三時間の通学の話を。
――片道三時間、往復六時間の通学でござった。
嘆く者なら、ただの苦行でござる。
――この御仁は、それを映画学校に変えられたのでござる。
時間は、使い方で価値が決まる。
――お主の通勤時間も、何かの学校にできるはずでござるよ。
吉野の山道も、笑いの道への花道でござった。
――道のりの長さは、夢の妨げにならぬのでござる。
【父との「今日でき」!?学歴と芸の原点についてのまとめ】
今回はゆりやんレトリィバァ殿について調査してみた!
吾輩はゆりやんレトリィバァ殿に対して、食卓の習慣から、世界へ羽ばたかれた御仁と思ったんだがお主はゆりやんレトリィバァ殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
関連記事

