巷に騒がれる、竹野内豊殿:「人生は喜ばせごっこや」を言うために、腹に沈めたものについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1971年1月2日、東京都のお生まれ
- 1994年、俳優として世に出られる
- 2002年、NHK大河ドラマ『利家とまつ』に出られる
- 2019年、NHK大河ドラマ『いだてん』に出られる
- 2022年、京都国際映画祭にて三船敏郎賞を受けられる
- 2025年、連続テレビ小説『あんぱん』にて柳井寛を演じ、朝ドラに初めて出られる
【竹野内豊の朝ドラはあんぱん-31年で初の出演】
竹野内豊殿の朝ドラは、2025年度前期の『あんぱん』でござる。
演じたのは柳井寛。主人公・柳井嵩(北村匠海殿)の伯父で、嵩と弟の千尋を育てた町医者じゃ。
そして、これが初めての朝ドラでござった。
マイナビニュースによれば、この御方には朝ドラに「いつかチャンスがあったら参加してみたい」「ご縁があったら出演したい」という思いがあった。
されど意外にもオファーは無く、1994年に俳優として世に出てから31年目の2025年、ようやく叶った訳でござる。
お主、ここでござる。
――31年。
大河には『利家とまつ』『いだてん』と出ておられる御方が、朝の枠にだけは縁が無かったのじゃ。
では、待ちに待った役をどう演じたか。この御方は寛をこう読んでおられる。
「寛は誰に対しても分け隔てなく広い心を持つ人格者。それはおそらく、今までの人生が希望に満ちた明るい面だけでなく、暗闇や絶望も経験しているからこそなのではないかと思います」
そして、演じる時の心構えがこの稿の題でござる。
「いつも“絶望”の部分を自分の腹の底に置くイメージを持って演じていました」
――絶望を腹の底に置く。
明るく励ます医者を演じるのに、腹には暗いものを沈めておく。逆さの手でござる。
訳は、医者という仕事にあった。NHK公式の談話ではこう述べておられる。
「寛は医師としてこれまで多くの人と出会い、さまざまな人生のあり方や終わり方を見届けたことで、自分なりの死生観を持っていると思います」
しかも、寛には実在のモデルがおったが、手がかりが乏しかった。
「記録がほとんど無いんです。残されている情報は、やなせたかしさんの自伝に登場するほんの一部分だけです」
……資料の無い男を、腹の底の絶望から組み立てていかれた訳でござる。
【人生は喜ばせごっこや-子役から教わったこと】
寛には、見る者の心に残る台詞が多かった。この御方が最も共感したのは、この一言じゃ。
「人生は喜ばせごっこや」
撮る前の心持ちを、こう明かしておられる。
「このセリフを撮る前は『うまく言えたらいいな、ちゃんと伝えられたらいいな』と思っていました」
――31年の役者が、たった一言の前でうまく言えたらいいなと願う。
ところが、悩みを解いてくれたのは子役であった。
「この言葉は子供たちに本当に伝わるのかなと不安でしたが、子役の子たちが本当に素晴らしくて、対峙したときに子供から教わることがとても多かったです」
――子供から教わる。
そして、己の芝居の組み立て方についても、こう正直に言うておられる。
「どの作品でも、台本を読んで頭でっかちに考えていたお芝居のプランは、現場でほとんど役に立たないことが多いんです。今回もまさにそうでした」
NHK公式でも、寛は「その場から生まれた空気感によって皆んなと作り上げていくイメージで演じました」と語っておられる。
……31年の経験を、現場で捨てられる御方なのじゃ。
育てた兄弟を演じた若い二人には、すっかり情が移ったそうな。
「まるで本当の息子のようにかわいい子たちだなと思って、一緒にお芝居するのがすごく楽しかったです」
そして、初めての朝ドラの手応えはこうであった。
「反響は想像していた以上に大きかったです。行く先々で『朝ドラ見てるよ』という温かい言葉をいただけて、これだけ毎朝多くの人々に楽しんでもらえてうれしいです」
「人生は喜ばせごっこや」については、世に広まることまで願っておられる。
「今の時代にこういう精神が日本に広まっていけば素晴らしい国になると思いますし、1人でも多くの人がそのような意識を高めることができれば、きっと素晴らしい未来が約束される気がします」
さらに、寛が一度だけ叫んだ「たまるかー!」と両方、流行語大賞になってほしい――と笑っておられたそうな。
NHK公式の談話では、この作が今の時代に送り出されることを「なんとなく必然的な感じがしているんです」とも述べておられる。
【未来予想図-明るさの底に暗さを置く御方】
ここまでを、一度まとめておこう。
――竹野内豊殿の朝ドラは『あんぱん』の柳井寛。俳優になって31年目、初めての朝ドラでござる。
人格者の町医者を演じるのに、「“絶望”の部分を自分の腹の底に置く」と心がけられた。
「人生は喜ばせごっこや」を「うまく言えたらいいな」と願い、子役から「教わることがとても多かった」と語られた。
反響は「想像していた以上に大きかった」とのこと。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、明るさの底に暗さを置いて人物を立てる御方だとみる。
根拠は、寛の演じ方の順番でござる。
人を喜ばせよ、と言う男の言葉は、軽く言えば説教になる。
この御方は、そこに説得力を持たせるために、先に腹の底へ絶望を沈めた。
――暗闇を知っておる者が「喜ばせごっこ」と言うから、見る者の胸に届く。
しかも、その暗さを表に出さぬ。表では子どもたちと笑い、息子のように可愛がる。
資料がほとんど無い男を、この二重の手つきで、見る者に「名言」を残す人物にまで押し上げられたのでござる。
31年待って初めて立った朝の枠で、この御方は明るさだけで勝負なさらなんだ。
腹に沈めた陰こそが、朝の茶の間で一番効く武器になったのでござる。
ゆえに吾輩はこうみる。
この御方がこの先演じる明るい役ほど、見る者は目が離せなくなろう。
その笑顔の底に何が沈んでおるか、見る者は知らずとも感じ取ってしまうからでござる。
腹の底に暗さを沈めた者の「喜ばせよ」は、説教ではなく祈りとして届く
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【31年で初の朝ドラ!?腹の底に絶望を置くについてのまとめ】
今回は竹野内豊殿について調査してみた!
一つ。竹野内豊殿の朝ドラは『あんぱん』、主人公を育てた町医者・柳井寛役でござる。
二つ。1994年に俳優となってから31年目で初めての朝ドラであった。
三つ。演じる時は「いつも“絶望”の部分を自分の腹の底に置くイメージを持って演じていました」とのこと。
四つ。最も共感した台詞は「人生は喜ばせごっこや」。子役から「教わることがとても多かったです」と語っておられる。
五つ。反響は「想像していた以上に大きかったです」と述べておられる。
吾輩は竹野内豊殿に対して、腹の底に暗さを沈め、その上で人を喜ばせる言葉を届けられる御方、と思ったんだがお主は竹野内豊殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
マイナビニュース(『あんぱん』竹野内豊、朝ドラ初出演の反響に驚き 寛役から多くの学び・2025年5月26日)
NHKアーカイブス(竹野内豊|人物・連続テレビ小説『あんぱん』)
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