巷に騒がれる、諸星和己殿:番組にて語られた言葉から、その恋愛観と結婚観を読み解く話についてについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1970年8月12日、静岡県富士市のお生まれ
- 1987年、十六の齢で組の一人として世に出られる
- 組の中では、桃色を担い中心に立ち続けられた
- 1991年、歌の芝居にて初めて主役を務められる
- 1994年、独りでの盤も幾つか出しておられる
- 1995年の組の解散の後、事務所から独り立ちされた
- その後、紐育へ拠点を移されておる
- 2000年、己の音曲の版元を立ち上げられた
- 2009年、独り立ちしてより初めて歌の芝居の主役を務められる
- 2014年、映しの作にて主役を務められた
- 2020年8月、ハワイに住まうことを公にされる
- 人とつきあうのが怖い、と番組にて語っておられる
【本人が語られた、重い言葉】
吾輩が今宵語るは、諸星和己殿の恋愛と結婚への構えでござる。
――だが初めに、断っておかねばならぬことがござってな。
出どころのはっきりせぬうわさの類は、一切扱い申さぬ。
――手がかりとするのは、ご本人が語られた言葉だけでござる。
さて、その言葉が実に重いのでござってな。
――ある番組に出られた折、こう語られたと伝えられておる。
人とつきあうのが怖い、と。
――本当にこの者でよいのか、と思うてしまうのだと。
そして、こうも続けられてな。
――いろんな者が去った。昨日と明日が違う、と。
さっといなくなる。きついぞ、とも述べておられるのでござる。
――お主、これを聞いてどう思われるかな。
なかなかに、重い言葉でござろう。
――そしてこれは、うわさではないのでござるよ。
ご本人が、公の場で口にされた言葉でござるからな。
――この短い言葉の中に、幾つもの中身が詰まっておってな。
一つは、本当にこの者でよいのか、という迷いでござる。
――これは、誰にでもある心持ちでござろう。
だがもう一つが、重いのでござってな。
――いろんな者が去った、という所でござる。
ここに、この世界の難しさが表れておるのでござるよ。
――十六で世に出て、爆発する人気を得られた御方でござる。
人気があるうちは、多くの者が周りに集まるのでござってな。
――だが、風向きが変われば一斉にいなくなることもあるのじゃ。
昨日と明日が違う、という言葉は、まさにそれを指しておるのでござろう。
――華やかな世の裏には、こういう重さがあるのでござる。
お主、ここで想像してみられよ。
――十代の頃、周りは常に人で溢れておったのでござる。
それが、ある日から潮が引くように減ってゆく。
――そして誰が本物であったのか、分からなくなるのでござるよ。
【16で頂に立つということ】
さて、この御方の歩んでこられた道を見ておこうぞ。
――1987年、十六の齢で組の一人として世に出られた。
滑る靴を履いて歌い踊るという型は、当時まことに斬新でござってな。
――誰も見たことのない光景であったのじゃ。
その中でこの御方は、桃色を身につけ中心に立ち続けられた。
――盤の絵や貼り紙でも、中心に置かれることが多うてな。
装いも、他より一工夫された物を身に着けておられた。
――まさに、組の顔であったのでござるよ。
だがお主、ここを考えてみられよ。
――こういう立ち位置は、大きな誇りでござろう。
だが同時に、大きな重圧でもあったはずでござってな。
――中心におるということは、何が起きても真っ先に矢面に立つのじゃ。
うまく行っておる時は、皆が讃えるのでござる。
――だが行かなくなれば、真っ先に責められるのでござるよ。
しかもそれを、十代で味わわれたのでござってな。
――常の者であれば、学び舎に通うておる齢でござる。
そして1995年、組は解散となり申した。
――この御方が、二十五になろうという頃でござる。
十代の全てと、二十代の前半をそこで過ごされたことになってな。
――その後の物の見方に、影響せぬはずがござらぬのじゃ。
お主、十六から二十四まででござるよ。
――常の者が、学び舎に通い、勤めを始める時期でござる。
その全てを、頂の上で過ごされたのでござってな。
――そして頂の上には、常に人が集まるのでござる。
だがその人々が、己を見ておるのか、頂を見ておるのか。
――それは、分からぬのでござるよ。
そして頂を降りて初めて、それが分かるのでござってな。
――怖い、という言葉は、そこから来ておるのやも知れ申さぬ。
無論、これは吾輩の推し量りでござる。
――ご本人が、そう語られたわけではござらぬのじゃ。
【未来予想図-推し量って書かぬということ】
さて、ここで一つ数を挙げておこうぞ。
――十六で世に出て、二十四で組が解散でござる。
つまり、八年でござってな。
――その八年が、人生で最も多感な時期でござったのじゃ。
常の者であれば、失敗しても許される時期でござる。
――だがこの御方には、その猶予が無かったのでござるよ。
一つの誤りが、世に広がる立場でござったからな。
――そういう八年を過ごせば、人を見る目も変わるのでござる。
さて、いまのお考えについてでござる。
――この御方は、いまも独りであると語っておられてな。
踏み切られぬ訳についても、先の言葉がそのまま答えでござろう。
――人が集まる時と、去る時の落差でござる。
その経験が、人を信じることへの慎重さに繋がっておるのでござろう。
――だがここで、一つ断っておきたいことがござってな。
こういう話は、外から見て決めつけられるものではござらぬのじゃ。
――ご本人が語られた以上のことを、推し量って書くのは筋が違うのでござる。
お主、ここが今宵いちばん大事な所でござるぞ。
――なぜ結婚されぬのか、と問う声は多いのでござる。
そして、勝手な理由を付ける者も多いのでござってな。
――だがそれは、書く側の想像でしかないのじゃ。
確かなのは、ご本人が怖いという言葉を選ばれたという一点でござる。
――その言葉の重みを、そのまま受け取っておきたいのでござるよ。
そして、その正直さこそが値打ちでござってな。
――怖いと言える者は、そう多くはござらぬのでござる。
特に、かつて頂に立った者であればなおさらでござろう。
――強がる方が、よほど楽でござるからな。
だがこの御方は、怖いと言われたのでござるよ。
――そこに、この御方の強さがあると吾輩は見ておる。
なお、若き日については様々な逸話が語り継がれておってな。
――だが、出どころを辿りきれぬものも多いのでござる。
当時の人気ぶりを示す語り草として、そのくらいに受け取っておこうぞ。
――事実として書くには、足りぬのでござるからな。
さて、ここでもう一つ考えておきたいことがござってな。
――なぜ、この御方は怖いと言えたのでござろうか。
吾輩が思うに、失うものが無くなったからでござろう。
――頂におる間は、弱みを見せられぬのでござるからな。
だが一度降りてしまえば、飾る必要が無くなるのでござるよ。
――そこで初めて、本当のことが言えるのでござってな。
つまり、あの言葉は降りた後だからこそ出たのでござる。
――そう考えると、降りることも悪くはござらぬのじゃ。
頂におる者は、常に何かを演じておらねばならぬのでござるからな。
――そして演じ続けるのは、疲れるのでござるよ。
この御方が海を渡られたのも、そこにあるやも知れ申さぬ。
――誰も知らぬ土地でなら、演じずに済むのでござるからな。
無論、これは吾輩の推し量りでござる。
――だが、そう考えると全てが繋がって見えるのでござってな。
さて、この御方から汲めるものを並べておこうぞ。
――一つ、怖いと言えることでござる。
強がる方が楽でござるが、それでは何も伝わらぬのでござるからな。
――二つ、集まる人が己を見ておるか問うことでござるな。
頂の上には、常に人が集まるのでござるよ。
――三つ、推し量って人の内心を書かぬことでござる。
語られた以上のことを、外から決めつけてはならぬのでござるからな。
――そして今ひとつ、語られた言葉をそのまま受け取ることじゃ。
解釈を足さず、重みだけを受け取るのでござるよ。
――千里の道も一歩から。まずは、飾らずに語ってみられよ。
【人とつきあうのが怖い!?本人が語った言葉についてのまとめ】
今回は諸星和己殿について調査してみた!
人とつきあうのが怖い――ご本人が番組にて語られた言葉でござる。
十六で世に出て、十代の全てを頂の上で過ごされておる。
頂の上には人が集まるが、己を見ておるかは分からぬのでござる。
語られた以上のことを、外から推し量って書いてはならぬのじゃ。
吾輩は諸星和己殿に対して、飾らずに、怖いと言える強さを持たれた御方でござる、と思ったんだがお主は諸星和己殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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