巷に騒がれる、磯村勇斗殿:好きなタイプと恋愛観、そして嫉妬を要らぬと言い切られた話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1992年9月11日のお生まれ、静岡県沼津市の出
- 中学二年の頃、自ら短き映しの作を撮っておられる
- 高校二年で、故郷の劇の集まりに入られた
- 17の齢にて、初めて舞台に立たれておる
- 学び舎は二年半で退き、独りで働き始められた
- 2014年、舞台の縁で事務所に入られる
- 2015年、仮面の勇者の作にて世に知られるようになられた
- 2017年、朝の連なる作にも出ておられる
- 2022年、第45回の日本の賞にて新人の俳優の賞を得られた
- 2023年、月を題した作をはじめ多くの作に出ておられる
- 2024年3月、第47回の日本の賞にて最優秀の助演男優に選ばれた
- 同じ頃、他の映しの賞でも助演の賞を重ねておられる
【「嫉妬は邪魔なだけ」と言い切っておられる】

「磯村勇斗殿の好きなタイプは何か」——これを調べに来られた御方へ。
この御方の言葉は、他の御方とはずいぶん毛色が違うておってな。まず、これを置く。
「嫉妬は邪魔なだけ」
言い切っておられる。
嫉妬というものは、恋の話になると必ず出てくる。嫉妬深いと明かす御方もおれば、それを愛情の証だと語る御方もおられる。
ところがこの御方は、邪魔だと断じておられるのじゃ。
愛情の裏返しでもなく、仕方のないものでもない。ただ邪魔。ここまではっきり切って捨てた御方を、吾輩は他に知らぬ。
恋を「一緒に作り上げていくもの」と捉えておられる
では、嫉妬が邪魔だとして、その代わりに何を置いておられるのか。
こう語っておられる。「仕事も恋愛も一緒に作り上げていくもの」だと気づいた、と。
作り上げていくもの——ここが肝じゃな。
恋を、与えたり奪ったりするものとして見ておらぬ。二人で何かを組み立てていく作業として捉えておられる。
そう考えれば、嫉妬が邪魔だという言い分にも筋が通る。
共に何かを作っておる最中に、相手を疑ったり束縛したりすれば、作業そのものが止まってしまう。邪魔とは、そういう意味でござろう。
中学の頃に自ら短編を撮り、劇団から役者の道へ進まれた御方でござる。何かを作ることに慣れておられる。その見方が、恋の場にもそのまま出ておるように吾輩には思える。
求めるのは、溜め込まずに言い合える相手
求める相手についても、はっきりしておられる。
思いを溜め込まずに言い合える相手と一緒にいたい——と。
これも、先の「作り上げていく」と地続きじゃ。
共に何かを作るなら、思うたことはその場で言わねばならぬ。溜め込まれては、どこで噛み合わなくなったのかも分からぬ。
そして一方で、こういう話もある。触れ合い方について問われて、こう答えておられるのじゃ。
「手繋ぐよりはハグしてたりの方が好き」
吾輩はこの一言に、なるほどと思うた。
手を繋ぐのは、並んで歩くための形でござる。抱き合うのは、向き合って止まる形じゃ。
言い合える相手がよい、と言う御方が、向き合う形を好まれる。ここも噛み合うておる。
【合わせられる。ただし自分の時も欲しい】

もう一つ、正直な言葉が残っておる。
共に過ごす時間について問われて、こう答えておられる。
「いや、全然いいんですよ。もし女性と何かあったら全然そっちに合わせることもできる。ちょっと間には自分の時間は欲しいけど、いくらでも一緒にいられます」
合わせられる、と言うておられる。だが自分の時も欲しいと、ちゃんと付け足しておられるのが良い。
ここを言わずに「いくらでも一緒にいられます」だけで終える御方も多かろう。そのほうが聞こえは良いからのう。
だがこの御方は、但し書きのほうを省かなかった。
後で困らぬように、先に申し上げておく。これは、先の「溜め込まずに言い合える」という求め方と同じ姿勢でござる。自分がまず、溜め込まずに言うておられるのじゃ。
「好きなタイプ」を探しに来られた御方へ。この御方が語られたのは、顔立ちや性分の話ではなかった。その相手と、何かを一緒に作れるかどうか——ただそれだけでござる。
吾輩は、そちらのほうが余程その人となりを表しておると思うのじゃが、お主はどう見るかな。
この構えは、他の御方と比べると際立つ
この御方の構えは、他の御方と並べるといっそう際立つ。
たとえばSnow Manの岩本照殿は、自らを嫉妬深いと認め、その訳を「自信がないから」と語っておられる。好いた相手が男の友と食事に出ると聞けば気になってしまう、と。
JO1の白岩瑠姫殿は、さらに強い。「壊れるくらい人を愛してみたい」と語り、相手が自分を120%考えていないと嫌だと言うておられる。
この二人にとって、嫉妬は恋に付いてくるものじゃ。認めるか、抱え込むかの違いはあれど、無くせるものだとは思うておられぬ。
ところが磯村勇斗殿は、邪魔だから要らぬと切って捨てておられる。
この違いはどこから来るのか。
吾輩の読みでは、恋を何だと思うておるかの違いでござろう。
恋を、手にしたり失ったりするものだと見れば、嫉妬は避けられぬ。失う恐れがあるからのう。
だが恋を二人で作り上げていく作業だと見れば、話は変わる。作業に嫉妬を持ち込む理由が、そもそも無いのじゃ。
どちらが正しいという話ではない。だが、この御方の見方は珍しい。そこは書き留めておきたい。
引いた言葉の出どころ
【未来予想図-共に作るという構えは、仕事の方でも同じ】

さて、ここからはこの御方の仕事の方を見ておこうぞ。恋の構えと、見事に重なっておるのでござる。
この御方は「仕事も恋愛も一緒に作り上げていくもの」と語っておられた。この「一緒に作り上げていく」という言葉が、この御方の歩みそのものなのでござる。
そもそも、この御方が芝居の道へ入られた入口が変わっておる。学び舎の頃、自ら短編の映しを撮っておられたのじゃ。演じる側からではなく、作る側から入られたということでござる。
そして静岡は沼津の劇団から、この道へ進まれた。都から始めたのではない。郷里の舞台から積み上げてこられたのでござる。
役作りも、実に徹底しておられる。荒々しい役を演じる折には、日頃の歩き方まで、その者に変えてしまわれるという。
……お考えいただきたい。撮りの刻など、一日のうちの僅かでござる。残りの大半は、己に戻ってしまうもの。だがこの御方は、その残りまで役でおられるのじゃ。
考えずとも体が動くようになって、初めて本物。そこへ至るには日頃から浸すほかない。――これは恋の話にも、そのまま当てはまるのではござらぬか。
嫉妬は邪魔だと言い切り、思いを溜め込まず言い合える相手を望まれる。そういう御方が、役に入るときは日常ごと明け渡してしまわれる。
そして助演で賞を重ねてこられた。脇に回れる者は、仕事が絶えぬのでござる。主役の座は年に幾つも無いが、脇の役はあらゆる作に要るゆえな。
数をこなせば腕は上がり、上がった腕が次の機を呼ぶ。この御方は、その良い巡りの中におられる。
さらに行き先も定めておられる。海の外の作に立つという一点でござる。そのために、店では自ら英語で話しかけておられるという。
……行き先の定まった者は、目の前の恥が小さく見えるのでござるよ。これも、溜め込まずに言う人の構えでござろう。
【好きなタイプ!?嫉妬は邪魔なだけについてのまとめ】
今回は磯村勇斗殿について調査してみた!
まず「嫉妬は邪魔なだけ」と言い切っておられること。愛情の裏返しでもなく、仕方のないものでもない。ただ邪魔だ、と。
その代わりに置いておられるのが、「仕事も恋愛も一緒に作り上げていくもの」という捉え方でござる。作業の最中に相手を疑えば、作業そのものが止まる。だから邪魔なのじゃな。
求めるのは思いを溜め込まずに言い合える相手。触れ合い方も「手繋ぐよりはハグしてたりの方が好き」と、向き合う形を挙げておられる。
そして「ちょっと間には自分の時間は欲しいけど、いくらでも一緒にいられます」。但し書きのほうを省かなかった——自分がまず、溜め込まずに言うておられるのでござるよ。
吾輩は磯村勇斗殿に対して、恋を、二人で作り上げていく作業として見ておられる御方、と思ったんだがお主は磯村勇斗殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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