巷に騒がれる、大倉忠義殿:実家の鳥貴族と、父君が「継がせない」と決めておられた訳について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1985年5月16日、大阪府のお生まれ
- 2004年、「浪花いろは節」にてCDにて世に出られる
- 2007年と2009年、ドラマ『必殺仕事人』の続き物に出られた
- 2010年、映画『大奥』に出られる
- 2013年、映画『100回泣くこと』にて映画の単独初主演を務められた
- 2013年、ドラマ『Dr.DMAT』にて民の放送の連続ドラマ初主演
- 2018年、ドラマ『モンテ・クリスト伯』に出られる
- 2020年、映画『窮鼠はチーズの夢を見る』に出られた
- 2024年2月、グループ名が関ジャニ∞からSUPER EIGHTへ改まる
- 2026年8月8日、父君とバラエティーで初めて並ばれた
【実家は鳥貴族。だが「継がせない」と言われて育たれた】
先に、お主が知りたいであろうことを申そう。大倉忠義殿の実家は、居酒屋「鳥貴族」を興した家でござる。父君の大倉忠司殿が、その創業者じゃ。
在り処や身代については、ご本人も述べておられぬ。……だが、その店がどう大きゅうなったかは、はっきりしておる。
2024年7月29日、日本テレビ『しゃべくり007』でのことでござった。この日、父君から初めて顔を出しての言伝が届いてな。グループの面々が「肉声初めて聞くわ!」と沸いたそうな。
そこで語られた数が、なかなか凄まじゅうござる。『鳥貴族』の一号店が開いたのは、この御方が生まれた年。小学校の頃で三、四店舗。……そしていまは600店舗を超えておるという。
お主、これは息子から見れば妙な景色でござろう。己が育つのと同じ速さで、家の商いが大きゅうなってゆくのじゃ。……齢を重ねるたび、店が増えておる。
さて、ここからが今宵の肝でござる。長男であるこの御方が二代目になる道は、初めから絶たれておった。
「昔から『継がせない』と言われてた。(当時は)『3店舗で言われても…』って思ってたんです。『焼き鳥屋になりたないし』と思ったけどなんで継がせてくれへんかったんやろ」
吾輩は、ここで思わず笑うてしもうたわ。――継ぎたくもないのに、継がせぬと言われて腹を立てておられる。「焼き鳥屋になりたないし」と思いながら、「なんで継がせてくれへんかったんやろ」でござるよ。
その理由を、父君はこう述べておられたという。「だいたい息子に継いでいくと会社って衰退していく」――と。実際、兄弟の誰も継いでおられぬ。
では、この道への進みには何と言われたか。「夢を追いかける仕事という意味ではすごく応援してくれました」「ただ辞めるというのはいうなと。お父さんも夢を追いかけてるから応援するし、というスタンス」
――辞めるとは言うな。商いを一代で六百店まで広げた御方の言葉じゃ。……重みが違い申す。
そして下積みの頃、仕事が無うて大学へ行こうかと迷われた折には、こう励まされたという。
「あきらめるな。今あきらめると人生全部あきらめられることになっていっちゃうから、気の済むまでやれ」
……人生全部あきらめられることになっていっちゃう。一つ諦めた者は、次も諦める。商いを続けてきた御方だけが言える言葉でござろうな。
もっとも、優しいばかりの父君ではござらぬ。幼き頃のこの御方は優秀で「反抗期もなかった」そうでな。習い事は「塾、そろばん、勉強ですかね」であったという。
その塾を、一度だけサボられた。……ところがサボり慣れておらぬゆえ、言い訳が思いつかぬ。そこで捻り出したのが「不良にからまれた」という嘘でござった。
ここからが可笑しゅうござる。この御方は「多分あの中学やわ、名札が後ろについたわ」と付け足された。……小学生の拵えた話にしては、細かすぎる。
そして父君は、これを信じてしもうた。「その中学に行こう」と言い出されたのじゃ。
――お主、これはもう逃げ場がござらぬな。行けば嘘が露見する。観念して白状したこの御方に、父君はこう言われた。
「『家出ろ』って言われました。勘当で育てられへんって」
……勘当。塾を一度サボった嘘で、家を出ろでござる。そして幼いこの御方が取った手が、これでござった。
「土下座しました」
――土下座。吾輩は、この一言に家の厳しさを見たわ。嘘そのものより、嘘をついたことを許さぬ家であったのじゃ。
夢は応援する。だが辞めるとは言うな。商いは継がせぬ。だが嘘は許さぬ。――この二つが、この御方の実家でござる。
【大倉忠義が絶句した、令和8年8月8日】
「大倉忠義殿と父君は、テレビで並ばれたのか」——これを調べに来られた御方へ。
並ばれた。……2026年8月8日のことでござる。
令和八年の八月八日。
……お主、数が揃うておるのに気づかれたか。
グループ名にも「八」が入っておるゆえ、そこに合わせた日取りでござろう。
その日、関西の局で特別な番組が放たれた。
『SUPER EIGHTと8人の関西大物MCたち』と申す作りでな。
グループの面々が、世に出る前を過ごした大阪を車で巡るという趣向じゃ。
そして一行が訪れたのが、東大阪にあるある店でござった。
……「鳥貴族 俊徳店」。
この御方の父君が興された商いの店でござる。
そこでこの御方は、案内役を務められた。
地上波の笑いの番組で、その店から中継されるのは初めてであったという。
そして、食べ物の伝え方を競う勝負が始まる。
相手は、関西で“ロケの神様”と呼ばれる御方じゃ。
……そこへ、裁く役として一人の男が現れた。
父君・大倉忠司殿でござる。
……知らされておらなんだ。
この御方も、グループの面々も、皆が驚かれたという。
そして、口から出たのがこれでござった。
「ほんとにいましたね…」
……ほんとにいましたね。
続けて、こうも言うておられる。
「来てるはずないよなと思いながら」
……お主、これは良い言い方ではないか。
心のどこかで、来ておるかもしれぬと思うておられたのじゃ。
……そして、打ち消しておられた。
絶句した令和8年8月8日……来てるはずないと打ち消しながら、心のどこかで思うておられたのでござる。
【一号店を再現した店を、己で発案された】
さて、その店について書いておかねばならぬことがござる。
訪れた「鳥貴族 俊徳店」は、ただの店ではないのじゃ。
……創業した当時の一号店を、再現した店でござる。
そして、ここでござる。
その店は、この御方の発案によって作られたものだという。
お主、これは重い話でござるぞ。
父君が興された商いの、いちばん初めの姿。
……それを、息子の側が「もう一度作ろう」と言い出されたのじゃ。
普通、親の仕事に口を出す子は多くない。
ましてや、己は別の道を歩んでおる身でござる。
……それでも、残そうとされた。
そして当日は、その店で自ら案内役を務められた。
地上波の笑いの番組で、その店から中継するのは初めて。
……つまり、これまでは避けてこられたということでもござろう。
親の商いを、己の名で使わぬ。
……そういう構えの御方であったのではあるまいか。
その線を、この日は越えられた。
そして父君も、テレビでの共演についてこう語っておられる。
「他人に見えますよね」
……他人に見える。
画面の中の息子は、知らぬ男に見えると申されておるのじゃ。
そして、こう続けられた。
「テレビに出てる息子は息子じゃない。(普段は)アホですね」
……お主、笑うたか。
褒めておるようで、最後にきちんと落としておられる。
商いを一代で興された御方の、間の取り方でござるな。
一号店を再現した店……親の商いのいちばん初めの姿を、息子の側が残そうと言い出されたのじゃ。
【未来予想図-他人に見える、と言われた御方】
さて、ここからは吾輩の見立てを申し上げようぞ。
父君の「他人に見えますよね」という一言でござる。
吾輩は、これを聞いて唸った。
普通、親が子の仕事を語れば「立派になった」と言うところでござろう。
……だがこの御方の父君は、そう言うておられぬ。
他人に見える、と言われたのじゃ。
吾輩は見る。
……これは、認めておられるということではあるまいか。
身内として見えぬということは、
……そこに立っておるのが一人の仕事人だということでござる。
親の目で見れば、いつまでも子でござろう。
その目で見えなくなるほど、画面の中の姿が別物だということじゃ。
そして、すぐに「普段はアホですね」と落とされる。
……褒めっぱなしにはされぬのでござる。
ここに、この親子の間合いが出ておると吾輩は見る。
そしてもう一つ、良いと思うたことがござる。
この御方は、一号店を再現する店を発案された。
……親の商いの、始まりの姿でござる。
己は別の道を歩みながら、その始まりを残そうとされた。
これは、親の仕事を認めておるということでござろう。
……つまり、この親子は互いを認め合うておるのじゃ。
そして、それを口では言わぬ。
片方は店を作り、片方は「アホですね」と言う。
……なんとも、良い間合いではござらぬか。
吾輩の見立てでは、この御方はこれからも己の名で立たれる。
親の名を使わずにここまで来られた御方でござるゆえな。
その上で、こういう日を作れるようになった。
……それが、四十を過ぎるということでござろう。
他人に見える、と言われた御方……身内として見えぬということは、一人の仕事人だということでござる。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は鳥貴族!?父が「継がせない」と決めた訳についてのまとめ】
今回は大倉忠義殿について調査してみた!
一つ。2026年8月8日、この御方は父君と初めてテレビで並ばれた。
令和八年の八月八日。グループ名の「八」に合わせた日取りでござろう。
二つ。訪れたのは東大阪の「鳥貴族 俊徳店」。
……創業当時の一号店を再現した店で、この御方の発案によるものじゃ。
三つ。そこへ、裁く役として父君が現れた。知らされておらなんだ。
「ほんとにいましたね…」「来てるはずないよなと思いながら」と絶句された。
四つ。父君はテレビでの共演を「他人に見えますよね」と語られた。
そして「テレビに出てる息子は息子じゃない。(普段は)アホですね」と落とされる。
……お主、この親子をどう見られたか。
吾輩が唸ったのは、「他人に見える」という一言でござる。
身内として見えぬということは、そこに立っておるのが一人の仕事人だということじゃ。
親の目で見れば、いつまでも子でござろう。
……その目で見えなくなるほど、画面の中の姿が別物なのでござる。
そして息子の側は、親の商いの始まりの姿を残そうと言い出された。
互いを認め合いながら、それを口では言わぬ。
片方は店を作り、片方は「アホですね」と言う。
身内として見えぬということは、一人の仕事人だということでござるよ。
吾輩は大倉忠義殿に対して、身内として見えぬということは、一人の仕事人だということでござる、と思ったんだがお主は大倉忠義殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
大倉忠義、『鳥貴族』会長の父から「昔から『継がせない』と言われてた」 その理由も明かす(オリコン 2024年7月29日/日本テレビ系『しゃべくり007』同日放送)
SUPER EIGHT大倉忠義、「鳥貴族」会長の父から“勘当”されかけたエピソード明かす「土下座しました」(オリコン 2024年7月29日/同放送)
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