巷に騒がれる、山崎育三郎殿:実家が男四兄弟であることと、歌を教えてくれた母上と祖母上について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1986年1月18日、東京都のお生まれ
- 男四兄弟で育たれた
- 幼き頃、母上とは童謡を、祖母上とはカラオケで昭和の歌を歌っておられた
- 子どもの頃はシャイであられたという
- 12歳でミュージカルの主役に抜擢される
- 10代の頃、祖父母と三人で暮らしておられた
- 2007年、ミュージカル『レ・ミゼラブル』に出演される
- 2021年、NHK大河ドラマ『青天を衝け』にて伊藤博文を演じられる
- 2024年10月17日、テレビ朝日系『徹子の部屋』に出られる
- 2026年6月22日、『24時間テレビ49』の会見にて10代の頃を語られる
【山崎育三郎の実家は、男四兄弟であった】
「山崎育三郎殿の実家は金持ちではないか」と、よう検索されておる。
――先に申しておく。身代については、本人も何一つ述べておられぬ。住まいの土地も書かぬ。
だが、この家がどういう家であったかは、はっきりしておる。
男四兄弟でござる。
――男の子が四人じゃ。お主、その家の朝を想像してみられよ。
本人も「ケンカもたくさんした」と述べておられる。
そして、こうも言うておられるのじゃ。
――今になって、母上の大変さが分かると。
男四人を育てるということが、どれほどのことか。……子の頃には見えなんだものが、大人になって見えたのでござろう。
さて、ここからがこの稿の勘所でござる。
この御方は「ミュージカル界の貴公子」と呼ばれる歌い手でござる。……その歌が、どこから来たか。
――母上と、祖母上でござった。
母上とは、子どもの頃から童謡を一緒に歌っておられた。
そして祖母上とは――カラオケで昭和の歌じゃ。
お主、この取り合わせが良かろう。
童謡と、昭和歌謡。……どちらも稽古ではござらぬ。遊びでござる。
教室に通うたのでもなければ、才を見出されたのでもない。……家で、身内と歌うておっただけなのじゃ。
しかも、この御方は子どもの頃シャイであられたという。
――人前に出る質ではなかった。だが、家では歌うておった。
そして12歳で、ミュージカルの主役に抜擢される。……そこで世界が一変されたそうな。
家で歌うておった子が、舞台の真ん中に立ったのでござる。
お主、ここが面白いところでござるぞ。
歌の道へ入る子には、たいてい「習わせた親」がおる。……幼き頃から教室へ通わせ、稽古を積ませる、という筋でござる。
ところがこの御方の場合、出てくるのは童謡とカラオケじゃ。
――どちらも、上手くなるために歌うのではない。楽しくて歌うのでござる。
そして四人の男の子が騒ぐ家で、母上は童謡を歌うてくれた。……祖母上は、孫を連れてカラオケへ行かれた。
――この家には、いつも歌が鳴っておったのでござろう。
稽古の場ではのうて、暮らしの中に歌があった。……それが土台になっておるのじゃ。
【90代の祖母上が、岡山の客席に居られた】
さて、その祖母上の話でござる。
この御方は全国27カ所を回る巡業をしておられた。
そして岡山の公演には、90代の祖母上が客席に来ておられたという。
――90代。お主、これは並のことではござらぬぞ。
劇場まで足を運び、席に座って、孫の歌を聴かれたのじゃ。
しかも、それだけではない。
祖母上の部屋には、孫のポスターが貼ってあるという。
お主、この絵が浮かぶか。
カラオケで昭和の歌を一緒に歌うておった祖母上が、……いまはその孫のポスターを部屋に貼り、劇場まで見に来ておられる。
――教えた側が、客席に回ったのでござる。
吾輩は、ここに、この家の姿を見た。
身代の話は分からぬ。だが、90代の祖母が孫の舞台へ足を運ぶ家であることは確かでござる。
そして、この御方が母上に向けて口にされたのが感謝の言葉であった。
――男四人を育て、童謡を歌うてくれた母上へ。
「今になって大変さが分かる」――それを口に出せるのが、この御方の質でござろう。
【未来予想図-支えられた側が、支える話をする】
さて、ここからは吾輩の見立てを申し上げようぞ。
この御方には、もう一つ語っておられることがある。
2026年6月22日、『24時間テレビ49』の会見でのことじゃ。
その年の題は「わたしの家族の話」でござった。……この御方は、その担い手の一人に選ばれておられる。
そこで、こう明かされた。
「僕も実は10代の時に脳梗塞の祖父母と3人暮らしをしていて、今でいう『ヤングケアラー』だった」
――十代で、祖父母と三人暮らし。
そして、その先に添えられた言葉がこれでござる。
「家族を支える、サポートするということを自分からの目線で言葉で伝えていけたらと思います」
お主、ここで先の話に戻ってみられよ。
この御方に歌を教えたのは、母上と祖母上でござった。……童謡と、カラオケの昭和歌謡じゃ。
そして十代のこの御方は、その祖父母と三人で暮らしておられた。
――教わった相手を、今度は支える側に回られたのでござる。
吾輩の見立てを申そう。
この御方が「家族を支える話を、自分の目線で伝えたい」と言われるのは、……支えられた記憶と、支えた記憶の両方をお持ちだからでござろう。
童謡を歌うてもろうた子が、……やがてその人たちの傍らで暮らすことになった。
そして90代になられた祖母上が、いまは客席から孫を見ておられる。
――行って、帰って、また行っておるのじゃ。
もっとも、これは吾輩の勝手な図でござる。……ご本人がそう結びつけて述べられたわけではない。
ただ、男四兄弟の三男坊が「今になって母の大変さが分かる」と言い、祖母の部屋にポスターが貼ってあることを人に話す。
――それだけで、どういう家か十分に伝わってこよう。
PR(広告を含みます)
【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は男四兄弟!?歌は母と祖母からについてのまとめ】
今回は山崎育三郎殿について調査してみた!
一つ。山崎育三郎殿の実家は男四兄弟であられた。「ケンカもたくさんした」といい、今になって母上の大変さが分かると語られた。
二つ。歌を好きになったのは母上と祖母上の影響でござる。
三つ。母上とは童謡を、祖母上とはカラオケで昭和歌謡を歌うておられた。……稽古ではのうて、遊びでござった。
四つ。子どもの頃はシャイであられたが、12歳で主役に抜擢され世界が一変。
五つ。全国27カ所の巡業のうち、岡山公演には90代の祖母上が来られた。祖母上の部屋には孫のポスターが貼ってあるという。
六つ。2026年、この御方は「僕も実は10代の時に脳梗塞の祖父母と3人暮らしをしていて、今でいう『ヤングケアラー』だった」と明かされた。
★身代についても住まいの土地についても、本人は述べておられぬ。。
吾輩は山崎育三郎殿に対して、教わった相手を、今度は支える側に回られた御方、と思ったんだがお主は山崎育三郎殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
マイナビニュース(山崎育三郎、12歳でミュージカル主役に抜てき
オリコンニュース(山崎育三郎、「ヤングケアラー」だった・2026年6月22日/日本テレビ系『24時間テレビ49』制作発表会見)
関連記事

