巷に騒がれる、武藤潤殿:子の頃から10年続けた稽古と、いまに残るものについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 2001年8月18日、東京都のお生まれ
- 子の頃より空手を始め、10年にわたり続けられる
- 小学6年の折、稽古にて巻藁を折られたことがある
- 黒帯を取られ、その帯はいまも手元に置いておられる
- 2019年10月、原因は自分にある。の一員としてCDデビュー
- 7人の中では最年長を務めておられる
- 2026年6月10日、初のソロ写真集『燕飛』を出される
- 題名の『燕飛』は空手の型の名であり、鳥好きにも由来する
- 2026年、ドラマ『ふったらどしゃぶり メロウレイン』に出演される
【武藤潤が10年続けたもの】
「武藤潤殿の実家はどうなのか」――そう思うて来られた御方もおろう。
先に申しておく。
ご家族について語られた話は、辿ることができなんだ。
――無いものを、あるように書くわけには参らぬ。
だが、子の頃のことなら語っておられる。しかも、これが良い。
この御方は、空手を10年続けておられた。
2026年6月、初のソロ写真集『燕飛』を出された折の会見でのことでござる。
この題名が、まず面白い。
「空手を10年やっていたんですが、『燕飛』は空手の型の名前なんですよ」
――型の名でござる。
そして、こう続く。
「それと僕は鳥が好きということもあり、この『燕飛』というタイトルを選びました」
空手の型と、鳥好き。二つが一つの言葉で重なっておる。
お主、初めての写真集にこの題を選ぶというのが、なかなかでござろう。
普通なら、いまの己を出す題を選びそうなものじゃ。
――だがこの御方は、子の頃からのものを引っ張り出してこられた。
その訳を、こう語っておられる。
「25年生きてきた中で、自分が長く取り組んできたのが空手。そこで培った武道の教えは自分の心の中にずっとあるものだから、『空手を10年習ってきた』という経験は最初の写真集の中に残しておきたいと思っていました」
そして、この一言でござる。
「使っている黒帯も、自分自身のものです」
――借り物ではない。己の帯じゃ。
10年かけて締めてきた帯を、そのまま持ってこられたのでござる。
撮りの場も、また凄まじい。
雨の降る極寒の海辺であったという。
「でも、それが逆にいい味を出してくれました」
――寒かったであろうに、そう言うてのけられる。
考えてもみられよ。
写真集というのは、いまの己を見せるものでござる。
――売れておる時の、一番良い姿を残すのが常じゃ。
そこへ道着を持ち出し、極寒の海へ入る。
見栄えだけを考えるなら、選ばぬ道でござろう。
だがこの御方は、そこに己の根があると見ておられた。
【小学6年の折、巻藁を折った】
さて、この御方が語られた子の頃の稽古が、実に生々しい。
「正座をずっとするのは大変だった思い出ですし、あとは永遠に巻藁への正拳突きをする練習もありました」
――永遠に、でござる。
巻藁と申すのは、拳を鍛えるために叩く藁の束じゃ。
それを、ひたすら突く。何百、何千と。
子にとっては、退屈で辛い稽古でござろう。
そして、ここで事が起きた。
「小6のときかな。一度、巻藁を折ったことがあって」
――折った、でござる。
小学6年の子が、突き続けて藁の束を折ったのじゃ。
その時の様子が、また良い。
「(正拳突きに)集中していたら急にバキっと折れて『こんなことがあるんだ』って」
お主、ここでござる。
誇るでも、驚かせるでもない。「こんなことがあるんだ」でござる。
己がやったこととして受け止めておらぬ。
――続けておったら、そうなった。そういう言い方じゃ。
そしてこの御方は、この一件から何を学んだか。
「同じことをずっと繰り返すことの大切さを学んだ経験です」
――繰り返すことの大切さ、でござる。
折れた瞬間が凄いのではない。折れるまで突き続けたことが凄いのじゃ。
そこを本人が、ちゃんと分かっておられる。
ちなみに海辺での演武は、10年やって初めてのことであったという。
「よく、空手の先生に『大地を感じながらやれ』と言われていたので。本当に海辺の岩場で自然に触れながらやる演舞はすごく楽しかったです」
――道場で言われた言葉を、十年越しに海辺で確かめておられる。
先生の言葉というのは、言われた時には分からぬものでござる。
「大地を感じながら」と言われても、道場の板の間では実感がわくまい。
――それが、岩場に立って初めて腑に落ちた。
十年寝かせた言葉が、そこで効いたわけじゃ。
【未来予想図-待てる者が残る】
問いに、答えをまとめておこう。
――ご家族についての話は、公にされておらぬ。
だがこの御方は子の頃から10年、空手を続けておられた。
小学6年の折には稽古で巻藁を折り、繰り返すことの大切さを学ばれた。
黒帯はいまも手元にあり、初めての写真集に持ち込まれておる。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方の芯は、待てるところにあるとみる。
芸能の場で生きておる空手の教えを問われ、この御方はこう答えておられる。
「忍耐力かなと思います」
そして、こう続けられた。
「この世界でよく言われるのは『新人は待つのが仕事』ということ。忍耐力を道場で学べたことは、よかったなと思うことです」
――待つのが仕事、でござる。
お主、これは厳しい言葉でござるぞ。
呼ばれるまで、何もできぬということじゃ。
しかもいつ呼ばれるかは、己では決められぬ。
――巻藁を突き続けるより、よほど辛かろう。
だがこの御方には、下地がござった。
正座を続け、同じ突きを繰り返した10年でござる。
――待つことに慣れておられるのじゃ。
そしてもう一つ。この御方は組を「帰る場所」と呼んでおられる。
「僕にとって、原因は自分にある。はツバメにとっての巣と同じ、大切な帰る場所なんです」
――巣、でござる。
飛び立って、また帰る。そのための場所を持っておられる。
待てる者が、帰る場所を持つ。これは強い。
7人の中では最年長を務めておられるという。
――待ち方を知っておる御方が上におるのは、下にとって心強かろう。
焦る者ばかりの群れは、疲れて崩れる。
折れるまで突き続けた者は、呼ばれるまで待つこともできる。稽古とは、そういうものでござる
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【空手を10年!?小6で巻藁を折った日についてのまとめ】
今回は武藤潤殿について調査してみた!
一つ。武藤潤殿のご家族についての話は公にされておらぬ。辿れぬゆえ書かぬ。
二つ。だが空手を10年続けておられ、写真集の題『燕飛』もその型の名から採られた。
三つ。「使っている黒帯も、自分自身のものです」と語っておられる。
四つ。小学6年の折、稽古で巻藁を折ったことがあり「同じことをずっと繰り返すことの大切さを学んだ」という。
五つ。芸能の場で生きておる教えを問われ「忍耐力かなと思います」と答えておられる。
吾輩は武藤潤殿に対して、折れるまで突き続けられる御方、と思ったんだがお主は武藤潤殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
音楽ナタリー(原因は自分にある。武藤潤、1st写真集は25年の人生の“総集編”
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