巷に騒がれる、木竜麻生殿:父が守らせた一つの家訓と、スカウトから5年を待った新潟の家の話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1994年7月1日、新潟県のお生まれ
- 中学2年の14歳の頃、東京の原宿で今の事務所からスカウトされる
- 2013年春、大学進学を機に上京(文学部国文学科)
- 2014年、映画『まほろ駅前狂騒曲』で映画デビュー
- 2018年、映画『菊とギロチン』で映画初主演、『鈴木家の嘘』でヒロインを務められる
- 2018年の2作の演技で、毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞やキネマ旬報ベスト・テン新人女優賞などを受けられた
- 2019年3月、文春オンラインの取材で、スカウトから本格的な仕事までの5年を語られた
- 2025年、主演ドラマ『いつか、無重力の宙で』が放送。映画『見はらし世代』『秒速5センチメートル』に出演
- 2026年2月13日、連続テレビ小説『ブラッサム』への出演が発表された(角田忍役)
【木竜麻生の実家は新潟-父が守らせた一つの家訓】
木竜麻生殿は、1994年7月1日、新潟県のお生まれでござる。
映画の新人賞を次々と受けた翌年の2019年、ご本人は子どもの頃の自分をこう振り返っておられる。
「新潟の普通の女の子だったので……」
……だが、その「普通の家」には、一つだけ固い決まりがあった。
父君が子らに「絶対に守らなくてはいけない」と、唯一言うておられたことじゃ。
「1回始めたことを途中でやめない」
ご本人は笑って「家訓みたいなもの」と申されておる。
中学で部活を始めたなら、3年生の引退まではきちっとやりきりなさい——やめることはいつでもできるのだから、と。
お主、短いが重い言葉でござろう。
この家訓が、後に木竜殿の歩む道の順番を決めることになるのじゃ。
家の中は、映像の好きな家でもあった。
木竜殿は3人きょうだいの真ん中で、兄君と弟君がおられる。
母君と兄君は、よく映画を観る方であったという。
そして父君の好みが、また良い。
「父は宮藤官九郎さんの脚本が好きで、「池袋ウエストゲートパーク」とか「木更津キャッツアイ」などのドラマを家族でよく観ていました」
夕方5時ごろの再放送も好きで、母君の世代が観ておった『きらきらひかる』『ケイゾク』を、家のテレビで観ておられたそうな。
……家族そろってクドカン脚本を観る家。女優になる前から、物語は茶の間にあったのでござるな。
もう一つ、母君から受け継いだ習いがござる。
木竜殿は高校の頃から、自分の弁当を自分で作っておられた。
「母の高校時代の真似っこなんですけど(笑)」
母君から「あとあとになって、すごく楽だったからやってみれば?」と勧められ、母君の横で作るようになったのだという。
上京して一人で暮らし始めても、それは続いた。
「「あまった卵焼きは夜ご飯にしよう」とか考えながら(笑)」
父君の家訓と、母君の台所。新潟の家で身についたものは、どちらも「続ける」力でござった。
【原宿でスカウト-社長が車で5時間かけて実家へ】
転機は、中学2年、14歳の時に訪れた。
母君と、新体操をしておった幼なじみの娘御、その母君との4人で、東京へ遊びに来ておられたのじゃ。
前の日には、もともと好きだった関ジャニ∞のライブにも行っておられる。
「年相応にミーハーな感じでした」
そして原宿の竹下通りで、クレープを食べてぶらぶらしておった折、今の事務所から声がかかった。
名刺を渡されたのは、一緒におった母君でござる。
……ところが、ここで家訓が立ちはだかる。
当時の木竜殿は、新体操部の真っ最中。始めたことは、途中でやめてはならぬ。
後日、事務所の社長が、なんと車で5時間かけて新潟の実家まで挨拶に来られた。
迎えた父君の様子を、木竜殿はこう語っておられる。
「あんなにピリピリした父を見たのは、後にも先にも一回きりです」
お主、娘を東京の芸能の事務所に預けるかどうか、という席でござる。
父君が張り詰めるのも、無理はあるまい。
だが、父君は頭ごなしに断ったのではなかった。社長に、こう告げられたのじゃ。
「東京へ出るときに、本人にやりたい気持ちがあればお預けします」
……吾輩は、ここが見事だと思う。
断りもせず、急がせもせぬ。決めるのは、東京へ出る時の本人の気持ち——そう線を引かれたのでござる。
木竜殿は新潟の高校へ進み、事務所には名前だけを置いて、ずっと待ってもろうた。
たまに東京へ行けば、事務所の方に近況を伝える。それくらいであったという。
「きちんとお仕事をさせていただいたのは、大学生になった19歳。スカウトから5年後です」
中学の部活を引退までやりきり、新潟の高校を終え、大学進学で上京してから。家訓どおり、順番を守られたのじゃな。
そして周りが就職活動を始める頃、木竜殿は心を決められた。
「今面白いと思っているお仕事をとことん頑張ってみたい」
父君の出した条件——「本人にやりたい気持ちがあれば」に、ご自分で答えを出されたわけでござる。
それでも、2019年の取材ではこう漏らしておられた。
「いまだに地元や実家は恋しいです」
【未来予想図-朝ドラ『ブラッサム』で反骨の同級生へ】
上京から10年あまり。2025年10月の取材でも、木竜殿の足場は変わっておらなんだ。
「私は10年ちょっと東京に住んでいますが、新潟県出身ですし、家族もみんな地元にいます」
そして、東京という街への思いをこう言い表しておられる。
「「住んでいる場所」というよりも、「出てきている場所」という感覚が強いんです」
……お主、なかなか言えぬ言葉でござるぞ。
帰る場所は新潟、東京は仕事をしに出てきておる場所。十年経っても、根は実家に置いたままなのじゃ。
2019年にも、新潟の家族から届く成長の記録を眺めるのが癒やしの時間だと語り、こう続けておられた。
「次に帰省するときまで、がんばろう」
趣味のフィルムカメラも、写真を趣味にしておった祖父君から、昔のカメラを譲り受けたのが始まりでござる。
そして2026年2月13日、連続テレビ小説『ブラッサム』への出演が発表された。
朝ドラは、これが初めてじゃ。
演じるのは、ヒロイン・葉野珠(石橋静河殿)の女学校時代の同級生、角田忍。
反骨心が強く、行動力みなぎる、たくましい性格の娘でござる。
発表の折、木竜殿はこう喜びを語られた。
「長年テレビの前の皆さんの朝に寄り添ってきた連続テレビ小説に初めて参加させていただけること嬉しく思います」
「それが夜ドラで大変お世話になったNHK大阪局で、まるでご褒美をいただいているようです」
さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
反骨心の強い忍という役は、一見すると、落ち着いた佇まいの木竜殿とは離れて見えよう。
だが吾輩は、よう似合うと見ておる。
2019年、これからやりたいことを問われた木竜殿は、こう答えておられた。
「もうちょっと暴れていこう」という気持ちがあるんですよ
しかも「丁寧にやりながら、だけどあまり窮屈にならないように」と添えてな。
同じ取材では、経験を積むなかで「『もう限界』って思ったところからあと2つくらいは人間がんばれるかもな」と思うようになったとも明かしておられる。
始めたことは途中でやめぬ。限界の先で、もう二つ粘る。そして丁寧に、暴れる。
……新潟の家で父君に守らされた一つの家訓は、反骨の娘を演じる芯になるのではなかろうか。
吾輩は、秋からの朝に、忍の暴れぶりを楽しみに待つことにいたそう。
さても、一本筋の通った家の話でござった。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は新潟!?父がピリピリした一度きりの日についてのまとめ】
今回は木竜麻生殿について調査してみた!
木竜麻生殿は1994年生まれ、新潟県の出身。3人きょうだいの真ん中で、家族はいまも地元に暮らしている。
父君が唯一「絶対に守らなくてはいけない」と言うた家訓は「1回始めたことを途中でやめない」であった。
中学2年の14歳で原宿でスカウトされ、社長が車で5時間かけて新潟の実家へ挨拶に来た。その日の父君を「あんなにピリピリした父を見たのは、後にも先にも一回きり」と語っている。
父君は「東京へ出るときに、本人にやりたい気持ちがあればお預けします」と答え、本格的な仕事は大学生になった19歳、スカウトから5年後であった。
2025年の取材では、東京は「出てきている場所」という感覚が強いと明かしている。
2026年秋の朝ドラ『ブラッサム』で、反骨心の強い同級生・角田忍を演じる。
吾輩は木竜麻生殿に対して、始めたことは途中でやめぬ。父の家訓どおり順を守り、根は新潟に置いたままの御方、と思ったんだがお主は木竜麻生殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
文春オンライン(“平成生まれっぽくない”女優の木竜麻生が、5年かけてお父さんにデビューを認めてもらうまで・2019年3月17日)
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