巷に騒がれる、原田美枝子殿:若き者に試練を課す役を演じながら、己が叱られた昔を思い出された話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1958年12月26日、東京都のお生まれ
- 1974年、映画にてデビューされる
- 1975年、連続テレビ小説『水色の時』に出演される
- 2001年、大河ドラマ『北条時宗』に出演される
- 2009年、スペシャルドラマ『坂の上の雲』に出演される
- 2018年、ドラマ10『透明なゆりかご』に出演される
- 2022年、連続テレビ小説『ちむどんどん』にて大城房子を演じられる
【原田美枝子の朝ドラちむどんどん-銀座の店を構えた女主人】
原田美枝子殿の朝ドラは、2度ござる。
1975年の『水色の時』と、2022年の『ちむどんどん』じゃ。
談話が残っておるのは後の方ゆえ、そちらを追ってみようぞ。
演じられたのは大城房子。
ヒロインの暢子(黒島結菜殿)が働く銀座のイタリア料理店「アッラ・フォンターナ」の主でござる。
この人物の来し方が、なかなかのものじゃ。
横浜に生まれた沖縄二世で、戦後の闇市から身を起こし、
イタリアへ渡って学び、銀座に己の店を構えた。
……つまり、何ひとつ譲り受けておらぬ。
ご本人も、そこに目を留めておられる。
「房子は働く女性が少なかった時代に結婚もせず、自分自身の力で生き抜いてきた女性ですから、いろいろな壁にぶつかってきたのだろうと想像します」
「相当な覚悟を持った潔くてカッコいい女性ですよね」
――潔くてカッコいい。
そして、その覚悟は他人にも向く。房子は暢子に容赦がない。
初日からいきなり十日続けての勤めを申し渡すような女主人でござる。
だが、この御方はその厳しさをこう読んでおられる。
「それだけに厳しさもあり、暢子にも多くの試練を与えますが、すべて暢子への期待と愛情があればこそなんですよ」
……さて、この役には細かな仕掛けも詰まっておる。
房子はいつも着物姿じゃが、これには裏の設えがあるという。
「留学して海外から日本を見たときに、自分は日本の文化を何も知らなかったことに気づいて着るようになったという裏設定があるんです」
――外へ出て初めて、己の国を知らぬと気づいた。
ゆえに帰ってから着物を着るようになった訳でござる。
羽織にも意味がある。
「着物の上に羽織っている長羽織は男性がフォーマルで着るジャケットの替わり。お客様に接する際の制服のような役割です」
……男の礼装に当たるものを、女主人が羽織って客の前に立つ。
台詞ひとつ無しに、この人物の来し方を語る衣装でござるな。
店の設えにも遊びがある。卓の上の小さな花瓶じゃ。
「フォンターナの頭文字であり、房子のイニシャルでもある「F」の文字があしらわれているんですよ」
【辞めてしまえと言われた若き日-役を通して思い出したもの】
さて、この稿で一番の一言が、ここで出る。
厳しい女主人を演じるにあたり、この御方が思い出したものでござる。
「私も先輩から「役者なんて辞めてしまえ」と叱咤された若いころを思い出しました」
お主、ここでござる。
――役者なんて辞めてしまえ。
今や誰もが認める大女優が、若き日にそう言われておる。
しかも、その言葉を苦い思い出として封じておらぬ。
若い者に試練を課す役を引き受けた折に、自ら引っ張り出してこられたのじゃ。
……つまり、この御方は房子の厳しさを他人事として演じておらぬ。
かつて己が受けた側に立ち、その痛みごと引き受けて、言う側に回っておられる。
「期待と愛情があればこそ」という読みも、そこから出ておるのでござろう。
言われた当座は、ただ辛いだけじゃ。
それが期待であったと分かるのは、ずっと後になってからのこと。
……そして、もう一つ。この御方は年を重ねた者の実感を、実に正直に口にしておられる。
「この年になると優しいお母さんやおばあちゃんの役が増え、演じる役の選択肢が狭まってきたと感じます」
――役の選択肢が狭まってきた。
これは、なかなか言えるものではござらぬ。
第一線に立ち続けておる御方が、己に回ってくる役の幅が細っておると認めておられるのじゃ。
だからこそ、房子という役どころが効いた。
「そんななかで房子役はその設定や背景が独特で面白く、楽しんで演じさせていただいています」
優しい母でも祖母でもない。
戦後の闇市から身を起こし、生涯連れ合いを持たず、店を構えた女でござる。
……年を重ねた役者に、こういう役が回ってくることの方が珍しい。
それを「面白い」「楽しんで」と受け取っておられるところに、この御方の飢えが見える。
【未来予想図-狭まる持ち場を正直に言える御方】
さて、ここまでを一度まとめておこうぞ。
――原田美枝子殿の朝ドラは2度。『水色の時』と『ちむどんどん』でござる。
後者で演じたのは、闇市から身を起こして銀座に店を構えた大城房子。
若いヒロインに試練を課す厳しい女主人じゃ。
その役を演じながら、この御方は「役者なんて辞めてしまえ」と言われた己の若き日を思い出された。
さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、狭まる持ち場を正直に言える御方だとみる。
根拠は、あの一言でござる。
「演じる役の選択肢が狭まってきたと感じます」
……半世紀を第一線で過ごし、数々の賞を受けてこられた御方の言葉でござるよ。
普通は言わぬ。言えば、衰えを認めたように取られかねぬ。
だがこの御方は、そこを隠さぬ。隠さぬからこそ、
面白い役に当たった時の喜び方が本物になる。
そして、その正直さは芝居の側にも通じておる。
厳しい役を「厳しい人」として演じれば、それで済む。
だがこの御方は、そこへ己が言われた日を重ねられた。
……言う側の顔をしながら、言われた側の痛みを覚えておる。
だからこそ房子の厳しさは、ただの意地悪に見えぬのでござろう。
ゆえに吾輩はこうみる。
この御方はこの先も、回ってくる役が細ることを嘆きながら、
回ってきた一つひとつには己の来し方を全部注がれる。
……それが、半世紀途切れずに立ち続けてきた御方の仕事の仕方でござる。
言われた痛みを覚えておる者だけが、言う側に回っても慕われる
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【朝ドラで厳しい女主人!?辞めてしまえと言われた日についてのまとめ】
今回は原田美枝子殿について調査してみた!
一つ。原田美枝子殿の朝ドラは2度。1975年『水色の時』と2022年『ちむどんどん』でござる。
二つ。後者で演じた大城房子は、闇市から身を起こし銀座に店を構えた「潔くてカッコいい女性」であった。
三つ。厳しさについては「すべて暢子への期待と愛情があればこそなんですよ」と語っておられる。
四つ。その役を演じながら「私も先輩から「役者なんて辞めてしまえ」と叱咤された若いころを思い出しました」という。
五つ。「この年になると優しいお母さんやおばあちゃんの役が増え、演じる役の選択肢が狭まってきたと感じます」とも述べておられる。
吾輩は原田美枝子殿に対して、言われた痛みを覚えたまま、言う側に回っておられる御方、と思ったんだがお主は原田美枝子殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
NHKアーカイブス(原田美枝子/連続テレビ小説『ちむどんどん』)
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