巷に騒がれる、斉藤由貴殿:言葉を交わす間もなく決まった大役と、役から離れがたくなった半年について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1966年9月10日、神奈川県のお生まれ
- 1984年、第3回ミスマガジンにてグランプリに選ばれる
- 1985年2月、『卒業』にて歌手としてデビューされる
- 1985年、『スケバン刑事』にて連続ドラマ初主演を果たされる
- 1986年、連続テレビ小説『はね駒』にてヒロインを務められる
- 2016年、大河ドラマ『真田丸』に出演される
- 2023年、ドラマ10『大奥』にて春日局を演じられる
【斉藤由貴の朝ドラはね駒-2言3言で決まったヒロイン】
斉藤由貴殿の朝ドラは、1986年度前期の『はね駒』でござる。
演じられたのはヒロインの橘りん――のちの小野寺りんじゃ。
福島は相馬の生まれで、思い立てばすぐ動く質ゆえ、
周りから「はね駒」――おてんば――と呼ばれておった娘でござる。
……さて、この大役が転がり込んだ時期が、また早い。
「デビューして1年半でヒロイン・橘(小野寺)りんに抜擢いただきました」
――デビューして1年半。
歌でお出ましになったのが1985年の2月。その翌年には朝の顔でござる。
そして、その決まり方が凄まじい。
ご本人の記憶では、話を頂いたというよりオーディションを受けたという感覚であったという。
ある日、マネージャーと共にNHKへ出向き、作り手である岡本由紀子殿と向き合われた。
そこで起きたことが、これでござる。
「岡本さんとお会いして、2、3言葉を交わし、私のことを上から下まで見つめて、「はい、わかった」とおっしゃったことを覚えています」
お主、ここでござる。
――2、3言葉を交わし、上から下まで見つめて、「はい、わかった」。
芝居を見せた訳でもない。台詞を読んだ訳でもない。
ただ向き合うて、二言三言。それで終いでござる。
そして数日の後。
「それから数日後に、朝ドラのヒロインが決まったとマネージャーから連絡がありました」
……半年を背負う大役が、この短さで定まった訳でござる。
当のご本人も、後にこう受け取っておられる。
「なので、岡本さんの方法で私という人間を見て、選んでいただいたのだと思っています」
――私という人間を見て。
技ではなく、人そのものを見抜く目が、確かにあったのでござろう。
見る者が見れば、二言三言で足りるということでござる。
……ちなみに、りんという娘が歩む道もなかなかのものでござった。
男女は同じ権利を持つという教えに触れて女学校へ入り、
そこで出会うた小野寺源造(渡辺謙殿)と所帯を持つ。
明治の世に、己の頭で考えて道を選んでゆく娘でござる。
――思い立てばすぐ動く「はね駒」であればこそ、歩けた道でもあろう。
【樹木希林から学んだこと-突然の紙袋】
さて、この現場でこの御方が一番学ばれたのは、共演の先達からでござった。
りんの母・橘やえを演じたのは樹木希林殿。
並んでおる時間は長かった。だが、その間柄は独特であったという。
「希林さんは容易に人を懐に入れない方。共演者との距離感を一定に保った女優さんで、いつも緊張感を感じていました」
――容易に人を懐に入れぬ。
劇中では母娘でござる。だが幕の外では、一定の間合いが保たれておった。
……そして、二十歳前のこの御方が、そこから引き出した学びが良い。
「なので、制作の現場で必ずしもコミュニケーションを取る必要はないのだと学ばせていただきました」
――必ずしも打ち解けねばならぬ訳ではない。
若い身であれば、懐に入れてもらえぬことを寂しがってもよさそうなものじゃ。
だがこの御方は、それを一つの流儀として受け取られた。
「また、彼女を常に観察して、演技や現場でのたたずまいを勉強させていただきましたね」
……そして、この話には続きがある。撮影も後半に入った頃でござる。
「撮影の後半に突然、希林さんから「これあげる」といきなり紙袋をいただいたことがありました」
――いきなり紙袋。
中身は何であったか。
「中には、靴とワンピースが入っていて、希林さんが私のためにロサンゼルスのお店で買ってきてくださったものでした」
……海の向こうで、この娘のために選んで買うてこられたのでござる。
「とても素敵な柄で、私に似合うものを考えてくださったのだと思うととてもうれしかったですね」
――間合いは保つ。だが、見ておらぬ訳ではない。
距離を置きながら、その者に似合うものを選べるほど見ておられた訳でござる。
……これほど雄弁な「紙袋」も、なかなかござるまい。
【未来予想図-役を魂で感じてしまわれる御方】
さて、ここまでを一度まとめておこうぞ。
――斉藤由貴殿の朝ドラは1986年の『はね駒』。ヒロインの橘りんでござった。
デビューして1年半、二言三言を交わしただけで大役が決まった。
母役の樹木希林殿からは「必ずしもコミュニケーションを取る必要はないのだ」と学び、
終盤には、海の向こうで選ばれた靴とワンピースを手渡された。
さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、役を魂で感じてしまわれる御方だとみる。
根拠は、半年を終えた折の言葉でござる。
「長い期間1つの役を向き合ったことで、私はりんという役を演じるというよりも、りんの人生を魂で感じるみたいな感覚に陥りました」
――演じるのではなく、魂で感じる。
そして、その果てがこれじゃ。
「この作品の撮影が終わる時は、本当に悲しくて。りんという役から離れなければいけないということに、身をもがれるような思いになったことを覚えています」
――身をもがれるような思い。
……役が終われば、演者は次へ移る。それが生業でござる。
だがこの御方は、りんという娘と別れることに、体を裂かれるような痛みを覚えられた。
思えば、選ばれ方も同じ筋でござった。
技を見せて選ばれたのではない。人そのものを見られて選ばれたのじゃ。
人ごと見込まれた者が、人ごと役に入ってゆく。順序としては、まことに自然でござる。
ゆえに吾輩はこうみる。
この御方が四十年を経てなお大きな役を任されておられるのは、
毎度こうして身を削って役に入っておられるからでござろう。
……別れが痛い仕事ほど、見る者の胸にも残るものでござるよ。
別れが痛いほど深く入った役こそ、見る者の胸に残る
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【朝ドラのヒロインは2言3言で!?はいわかったについてのまとめ】
今回は斉藤由貴殿について調査してみた!
一つ。斉藤由貴殿の朝ドラは1986年の『はね駒』。ヒロインの橘りんを演じられた。
二つ。「デビューして1年半でヒロイン……に抜擢いただきました」という早さであった。
三つ。選ばれた折は「2、3言葉を交わし、私のことを上から下まで見つめて、「はい、わかった」とおっしゃった」とのこと。
四つ。母役の樹木希林殿からは「制作の現場で必ずしもコミュニケーションを取る必要はないのだと学ばせていただきました」という。
五つ。終えた折は「りんという役から離れなければいけないということに、身をもがれるような思いになった」と語っておられる。
吾輩は斉藤由貴殿に対して、人ごと見込まれて選ばれ、人ごと役に入ってゆかれる御方、と思ったんだがお主は斉藤由貴殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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