巷に騒がれる、ケンドーコバヤシ殿:大喜利の催しで五度も頂を取られた話と、芸名の由来の話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1972年7月4日、大阪府のお生まれ
- 本名は小林友治と申される
- 芸名は、プロレスラーのケンドー・ナガサキ殿に因んだものだという
- 高校ではラグビーの部で主将を務めておられた
- 1992年4月、大阪の養成の場に入られる
- 在学中からグループを作り、後に解散される
- 同期の者と別のグループを作るも、2000年3月に解散される
- 以後は、一人での活動に転じられる
- 2002年、R-1グランプリの第一回で決勝に進まれる
- 大喜利の催し『ダイナマイト関西』では、参加の者の中で最多の五度の頂を取られる
- 2001年、『オールザッツ漫才』の勝ち抜きで頂を取られる
- 2008年より、千原ジュニア殿との『にけつッ!!』が始まる
【二度の解散を経て】
巷でケンドーコバヤシ殿と申せば、話の巧さで知られる御仁として覚えておる者が多かろう。
1972年7月4日、大阪府のお生まれ。
本名は小林友治と申される。
まず、この芸名の由来から語ろうぞ。
――プロレスラーのケンドー・ナガサキ殿に因んだものだという。
お主、これは分かりやすい由来でござるな。
そして高校では、ラグビーの部で主将を務めておられた。
――体を張る競技でござる。
そして1992年4月、大阪の養成の場に入られた。
その同期には、
――後に名を成す者が数多くおられたという。
そしてこの御仁は、在学中からグループを作られた。
だがその芸風が、実に変わっておった。
突っ込みにドロップキックなどのプロレスの技を使い、
――芸をしながら互いに技を掛け合うという有様じゃ。
――なんとも、荒っぽい芸でござるな。
そして将来を嘱望された時期もあった。
だが、『松口VS小林』というグループ名の通り対立に発展し、
――1995年に解散されたのでござる。
お主、二度もグループを失うというのは
――なかなか、堪えることでござるぞ。
一度目は、方向の違いから。
二度目は、相方がこの道を去られたゆえ。
――どちらも、己ではどうにもならぬ理由じゃ。
そして一人になられた。
笑いの道では、一人は不利と申す。
――掛け合いが、できぬのでござる。
だがこの御仁は、そこで花開かれた。
――一人だからこそ、活きる才があったのじゃ。
その場で答えを返す芸でござる。
――グループでは、できぬ芸でござろう。
お主、これも巡り合わせでござるな。
グループを失うたことが、
――かえって道を開いたのでござる。
【大喜利で五度の頂】
そして同期の村越周司殿と、『モストデンジャラスコンビ』を作られた。
だがこのグループも、また変わっておった。
この御仁は突っ込みを担われたが、
――ボケと突っ込みの区別がつかぬ芸であったという。
お主、それは芸として成り立つのでござろうか。
だが当時の劇場の賑わいに乗り、
そして先達の後押しもあって活躍された。
――実力を、認める者はおったのじゃ。
だが2000年3月、このグループも解散する。
――相方が、この道を辞めることを望まれたゆえじゃ。
お主、二度でござるぞ。
――二度、グループを失われたのでござる。
そしてこの御仁は、一人での活動に転じられた。
そこからが、この御仁の本領でござる。
――大喜利の催し『ダイナマイト関西』でござる。
これは、その場でお題に答える芸でござる。
――台本など、無い。
頭の回転と、言葉の引き出しが全てじゃ。
そしてこの御仁は、その催しに初回から出られ――
――参加する者の中で最多の、五度の頂を取られた。
お主、五度でござるぞ。
――これは、頭の切れが尋常ではない証でござる。
さて、大喜利という芸について
少し語らせてもらおうかのう。
お題が出される。
そして、その場で答えを返す。
――台本など、無いのでござる。
つまり、頭の中身が全て出る。
――誤魔化しが、効かぬのじゃ。
そして言葉の引き出しが多くなければ、
――同じような答えばかりになる。
そしてこの御仁は、その催しで五度の頂。
――参加する者の中で、最多でござる。
お主、これは何を意味するか。
――頭の回転が、群を抜いておるということじゃ。
そして知識も、相当にお持ちなのでござろう。
格闘の技にも、
アニメにも、
――実に詳しいと聞く。
――その全てが、言葉の材料になっておるのじゃ。
【未来予想図-十七年続く長寿の番組】
さて、この御仁の全国への広まりを語ろうぞ。
2001年、『オールザッツ漫才』の勝ち抜きで頂。
そして2002年、R-1グランプリの第一回で
――決勝に進まれた。
そこからは、次々と番組に呼ばれるようになる。
だが面白いのは、
――一度、全ての定めの番組を降ろされたことでござる。
2004年、『オールザッツ漫才』で披露された芸が原因であったという。
――さすがに、やりすぎたのでござろうな。
そしてこの御仁は、都へ逃げ込まれた。
だが――
――それが、都での成功に繋がったのでござる。
お主、これも分からぬものでござるな。
――追い出された先で、花開かれたのじゃ。
そして2008年、
千原ジュニア殿との二人だけの番組が始まった。
台本も、客もおらぬ。
――ただ、二人が話すだけの番組でござる。
そしてこれが――
――十七年以上続く長寿の番組となったのでござる。
お主、話すだけで十七年でござるぞ。
――よほどの話芸が無ければ、続くまい。
そして声の仕事も、役者の仕事もされる。
さらに漫画の編集にまで携わっておられるという。
――実に、幅の広い御仁でござる。
ちなみに己の俳優の仕事を、
――「人妻の危険なアルバイト」と称しておられるとか。
――なんとも、この御仁らしい言い回しでござるな。
最後に、吾輩の思うところを述べさせてもらおう。
台本も客もおらぬ番組が、十七年。
――これは、途方もないことでござるぞ。
二人が、ただ話す。
それだけでござる。
――面白くなければ、一年ももつまい。
それが十七年でござる。
――よほどの話芸でなければ、続かぬのじゃ。
そしてこの御仁は、声の仕事もされる。
役者としても、次々と作に出ておられる。
――いくつの顔をお持ちなのでござろうな。
そして芸名の由来は、格闘家に因んだもの。
――好きなものを、名にされたのじゃ。
そして高校ではラグビーの部の主将。
――元より、体を張る御仁でござった。
お主も、この御仁の行く末を見守られよ。
そして最後に、もう一言だけ添えておこう。
この御仁は、一度全ての定めの番組を降ろされた。
――芸が、過ぎたのでござろう。
そして関西から、都へ逃げ込まれた。
だがその都で、成功されたのでござる。
――追い出された先が、活躍の場となった。
お主、これは面白い話ではないか。
――しくじりが、道を開くこともあるのじゃ。
そして後には、その番組の顔として戻られた。
――降ろされた場に、また呼ばれたのでござる。
――実力があれば、そうなるものじゃ。
そして子どもの頃のあだ名は「カレーボーイ」であったとか。
――なんとも、可笑しな話でござるな。
そして体を鍛えるため、いまも稽古場へ通っておられるという。
――五十を過ぎてなお、でござるぞ。
話芸だけでなく、体も鍛えておられる。
――元より、ラグビーの主将であられたからのう。
お主も、この御仁の行く末を見守られよ。
この御仁の芸は、実に自在でござる。
話も、間も、そして例えも。
――全て、その場で組み立てておられる。
台本を覚える芸とは、まるで違う。
――その場で作る芸でござる。
そしてそれを、三十年以上続けてこられた。
――引き出しが、涸れておらぬのじゃ。
お主、これは驚くべきことでござるぞ。
――常に、何かを仕入れておられるのでござろう。
そして格闘の技にも、アニメにも詳しいという。
お主も、この御仁の話を一度聞いてみられよ。
――言葉の速さに、驚かされるはずでござる。
そして二度グループを失うても、
――この道を辞められなかった。
――そこに、この御仁の芯がござる。
そして先達からも、実力を認められておられた。
グループが解散した後も、
――先輩たちが後押ししてくれたという。
――人に好かれる御仁なのでござろう。
お主、これも大事なことでござるぞ。
腕があっても、人に嫌われては続かぬ。
――この道は、人の縁で回っておるのじゃ。
そして一人となってからも、
先達との縁は続いておられる。
――いまも共に番組をされておるほどじゃ。
そして役者としても、次々と作に出ておられる。
――笑いの者が、真面目な役も務められるのじゃ。
――実に、器の広い御仁でござる。
そして一人での芸を競う戦いの第一回で、
――決勝にも進まれた。
――グループを失うた直後の話でござるぞ。
――転んでも、すぐ立ち上がられたのじゃ。
お主も、この御仁の粘りを見習われよ。
――二度失うても、三度目に立てばよいのでござる。
そして声の仕事もされ、
司会の仕事もされ、
そして漫画の編集にまで関わっておられる。
――よほど、好奇の心が強いのでござろう。
――そういう者の話は、面白いのじゃ。
そして芸の道に入られて、三十余年。
――いまも第一線におられるのでござる。
笑いの道は、移り変わりが激しい。
――十年残る者すら、稀でござる。
――それが、三十年でござるぞ。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【大喜利で五度の頂!?芸名の由来についてのまとめ】
今回はケンドーコバヤシ殿について調査してみた!
吾輩はケンドーコバヤシ殿に対して、二度の解散を経て一人となり、大喜利で五度の頂を取り、長寿の番組を築かれたと思ったんだがお主はケンドーコバヤシ殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
NIKKEI STYLE(2018年6月22日)高校ではラグビー部(副主将の話)
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