巷に騒がれる、羽生結弦殿:英語力と英語学習方法、そして分からぬままYESと返した頃の話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1994年12月7日、宮城県仙台市のお生まれ
- 姉上の影響で、四つの齢から氷の上に立たれる
- 九つの齢で、初めての金を手にされた
- 2011年、仙台で東日本大震災に遭われる
- 2012年、指南役をブライアン・オーサー殿に変え、拠点をカナダのトロントへ移された
- 15歳の折、「僕は英語が苦手なんですよ」と語っておられた
- 師のオーサー殿は、分からぬまま「イエス」と返すこともあったと明かしておる
- 五輪にて二度、頂に立たれた
- 男子として史上初めて、主な大会の冠を全て制される
- 2022年7月、プロスケーターとして立つことを表明された
- 2023年2月、フィギュアスケーターとして初の東京ドーム単独公演『GIFT』を果たされる
- 2026年3月に『notte stellata 2026』、4月に『REALIVE』を宮城で行われた
【四つの齢から、氷の上におられた】
吾輩が今宵成敗いたすは、羽生結弦殿の英語についてでござる。
――氷の上での功は、もはや語るまでもござらぬ。
五輪にて二度の頂、そして史上初の全ての冠でござる。
――だが今宵語りたいのは、その言葉の話でござる。
生まれは1994年12月7日、宮城の仙台でござる。
――姉上の影響で、四つの齢から氷の上に立たれた。
そして九つの齢には、もう金を手にしておられる。
――九つでござるよ、お主。
だが、順風ばかりではござらなんだ。
――途中で、他の競いをやりたいと思われた時もあったという。
それでも、己で決めたことは通すという質であられた。
――そして、氷の上に留まられたのじゃ。
2011年3月には、仙台のリンクで練習中に東日本大震災に遭われておる。
――続けるかどうか、真剣に悩まれたと伝わっておってな。
その折、周りの支えもあって決意を新たにされた。
――己にできることを、ひたすらやるほかない、と。
そして2012年、大きな決断をされる。
――指南役をブライアン・オーサー殿に変え、拠点をカナダのトロントへ移されたのじゃ。
これが、初めての長き海外の暮らしでござった。
――お主、ここで大事なことがござる。
その二年前、15歳の折には「僕は英語が苦手なんですよ。これから世界に出ていくのに、話せるようにならないとだめなんですよ」と語っておられた。
――十七、八の齢で、言葉の通じぬ土地へ渡られたのでござる。
しかも、遊びに行かれたのではござらぬ。
――世界の頂を取るために、行かれたのじゃ。
稽古の中身は、全て英語で伝えられる。
――それが分からねば、上達などあり得申さぬ。
つまり、言葉が競技そのものに直に関わるのでござる。
――ここが、この御方の切実なところでござった。
順に、見てゆこうではないか。
――師が明かした話が、また正直で良いのでござる。
【分からぬまま、YESと返した頃】
師のオーサー殿が、2017年にこう明かしておられる。
――「時々、彼は質問内容を理解せずに、イエスとノーを言ってきたこともある」と。
お主、これは間近で見てきた師ならではの言葉でござるぞ。
――「ハイ、ハイ、ハイ」と返す時は分かっておらぬ印ゆえ、言い換えて伝えるとも申されておるのじゃ。
分からずとも、YESでござるよ。
――何を言われても、はいと答えるほかなかったのでござろう。
分かっておらぬのに、頷いてしまう。
――海外に出た者なら、誰しも覚えのある話でござる。
吾輩も、そういう時期を過ごし申した。
――分からぬと言うのが、恥ずかしいのでござるよ。
だが、この御方はそこで止まっておられなんだ。
――そして、この御方が選ばれた道が見事でござってな。
至って地道な道でござる。
――英語の学びを、やめずに続けるというただそれだけでござった。
やがて、海外の記者にも通詞を介さず英語で答えられるようになったのじゃ。
――お主、これは相当な覚悟でござるぞ。
頼れる者がおれば、人は必ず頼るのでござる。
――その方が速く、間違いも少ないゆえな。
だが、それでは己の言葉は育ち申さぬ。
――この御方は、その楽な道を選ばれなんだのでござる。
師のオーサー殿も、2017年にこう語っておられる。
――「今、彼は時間をかけて質問を考え」て、己の思いを説明してくれる、と。
すると、使う時は自ずと積み上がってゆく。
――語学は、使うた時に比例するものでござるからな。
しかも、この御方は完璧を求める質であられた。
――その御方が、下手なまま口を開かれたのでござる。
これは、並の勇気ではござらぬぞ。
――完璧を好む者ほど、間違えるのを嫌うゆえな。
だが、間違えねば直され申さぬ。
――直されねば、いつまでも同じところで止まるのでござる。
この御方は、そこを乗り越えられた。
――分からぬままのYESから、少しずつ言葉を積まれたのじゃ。
お主、ここで一つ考えてみてほしい。
――この御方は、氷の上では世界の頂に立つ御方でござる。
その御方が、言葉では何もできぬ側に回られたのじゃ。
――これは、なかなか堪えるものでござろう。
得手の場では褒められ、言葉の場では子ども扱いされる。
――多くの者は、そこで通詞に逃げるのでござる。
だが、この御方は逃げられなんだ。
――氷の上と同じ構えで、言葉にも挑まれたということじゃ。
できぬことを、できるまで繰り返す。
――氷の上で、毎日やっておられることでござろう。
跳べぬ技を、跳べるまで跳び続けるのと同じでござる。
――稽古の理は、どの道でも変わらぬということじゃ。
――この御方の強さは、そこにあるのでござろう。
【未来予想図-通詞を介さず英語で答える】
その後のこの御方の英語は、松岡修造殿も褒めておられる。
――平昌五輪では海外の記者に「つねに英語で受け答えをしていて」素晴らしい、とな。
しかも、松岡殿はそこに人柄まで見ておられる。
――「自立心や決断力、自分の可能性を高める姿勢」が演技にも表れておる、と。
お主、ここが大事なところでござるぞ。
――言葉の上手さと、人柄は別のものではござらぬ。
覚悟のある者は、覚悟のある言葉を選ぶのでござる。
――氷の上を離れても、その質は変わらぬということじゃ。
そして2022年7月、この御方は大きな決断をされる。
――競技を退き、プロスケーターとして立つと表明されたのじゃ。
そして2023年2月には、前代未聞の催しを果たされる。
――フィギュアスケーターとして初めて、東京ドームで単独の公演『GIFT』でござる。
あの広さを、独りで満たされたのでござるよ。
――お主、これは想像を絶する話でござる。
その後も、この御方の歩みは続いておってな。
――2026年の3月には『notte stellata 2026』、4月には『REALIVE』を宮城で行われた。
故郷の地で、氷の上に立ち続けておられるのじゃ。
――災いに遭われた、あの土地でござる。
さて、この御方から汲めるものを並べておこうぞ。
――一つ、分からぬと認めて学び続けることでござる。
分からぬと認めたうえで、学びをやめなんだ。これが全ての始まりでござった。
――続けた者だけが、通詞を介さず語れるようになるのでござる。
二つ、完璧を捨てて口を開くことでござるな。
――15歳で「英語が苦手なんですよ」と口に出し、そこから積まれたのじゃ。
三つ、言葉には人柄が出るということでござるよ。
――覚悟は、どの言葉でも通じるのでござる。
お主も、まずは通詞に頼らぬ場を一つ作られよ。
――そこからしか、己の言葉は育たぬのでござるからな。
分からぬままのYESを、笑うてはならぬ。
――そこから始めた者だけが、次の年を迎えられるのでござる。
【英語力と学び方!?分からぬままYESと返した頃についてのまとめ】
今回は羽生結弦殿について調査してみた!
カナダへ渡ってのちも、分からぬまま「イエス」と返すことがあったと師は明かす。
それでも学びを続け、海外の記者にも通詞を介さず答えるまでになられた。
15歳で「英語が苦手」と語った御方が、でござる。
いまでは、時をかけて問いを考え、己の思いを英語で語っておられる。
吾輩は羽生結弦殿に対して、分からぬままYESと返した頃から、通詞を介さず語るまで積み上げられた御方でござると思ったんだがお主は羽生結弦殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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【吾輩からの一言】
今宵の話にも、海を渡る件が出てきたでござろう。お主も、いつかは……と思われたのではないかな。
だが、いきなり決める要はござらぬ。まずは相談だけしてみられよ。銭はかから申さぬのでござるからな。
行くと決めてから調べるのではのうて、調べてから決めればよいのでござるよ。
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Let’s Enjoy the Festival in English: 祭りに関する英語単語集
引いた言葉の出どころ
THE ANSWER(2017年4月8日)オーサー氏「時々、彼は質問内容を理解せずに、イエスとノーを言ってきたこともある」
withnews(2018年12月23日)15歳の羽生選手「いや、僕は英語が苦手なんですよ」
withnews(2019年7月13日)海外記者とのやりとりも通訳を介さず英語で対応
オリコンニュース(2018年4月22日)松岡修造「つねに英語で受け答えをしていて」
khb東日本放送(2026年1月14日)4月に宮城で単独公演『REALIVE』
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