巷に騒がれる、広瀬アリス殿:みんなを跳ね除けて生きていた、という日々について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1994年12月11日、静岡県のお生まれ
- 小学六年の折、地元の祭りで声を掛けられる。その頃はバスケットボールに夢中であられた
- 2009年、雑誌『Seventeen』の「ミスセブンティーン2009」に選ばれる
- そこから、専属モデルとして働かれる
- 2012年、妹君も同じ雑誌に加わられる
- 2015年、その雑誌を卒業し、演じる道に専らとなられる
- 2017年、NHK連続テレビ小説『わろてんか』に出られる
- 2024年4月、フジテレビ系『366日』にて月9の初主演を務められる
- 2025年3月26日、日本テレビ系『世界頂グルメ 最終回SP』にて暗黒期を語られる
【広瀬アリスが明かした、暗黒期という言葉】
2025年3月26日でござる。
日本テレビ系『世界頂グルメ 最終回SP』という番組でな。
広瀬アリス殿が、若き日の胸の内を明かしておられる。
その言葉が、なかなかに重かった。
「すごいやっぱりショックを受けてた時期もあったし、本当『暗黒期』と呼ばれてる時期があって」
……お主、聞かれたか。
暗黒期でござる。
しかも「呼ばれてる」と申されておる。
己の中で、その名がすでに定まっておるのでござろう。
では、その頃はどのような有様であったか。
この御方は、こうも述べておられる。
「当時なんかずっとおかしかったの、もうみんなを跳ね除けて生きてた」
……みんなを跳ね除けて。
吾輩はここで、しばし黙り込んだ。
落ち込んで塞ぎ込む、という形ではないのでござる。
「本当に反抗しまくってたんです」とも申されておる。
そして、それを「おかしかった」と己で言い切っておられる。
十年ほど経ってから、ようやくそう呼べるようになったのでござろう。
その最中には、おかしいとは思えぬものでな。
その頃の胸の内を、この御方はこうも明かしておられる。
番組で挙げられたのは、妹君のことでござった。
「(妹と)比べてすっごい劣等感持ってた時期があった」
……妹君と比べて、でござる。
この御方の妹君は、広瀬すず殿じゃ。
2012年、姉妹で同じ雑誌の専属モデルとなられた。
……並んで始まったのでござる。
並んで始まって、片方が先へ行く。
これほど身近で分かりやすい比べ方も、そうはあるまい。
【売れるなと思った、そしたらすんごい勢いで】
そして、この御方の告白で吾輩が最も唸ったのはここじゃ。
「最初思ってましたよ私も、『売れるな』って、そしたらすんごい勢いで」
……お主、聞かれたか。
妹君に「売れないで」と思うたことはあるか、と問われての答えでござる。
売れるな、と願うておられたのでござる。
己より先へ行かんでくれ、という心持ちじゃ。
だが、その願いは届かなんだ。
しかも「すんごい勢いで」でござる。
吾輩は、ここが一番正直なところだと思う。
身内の成功を、素直には喜べぬ時があった。
……それを己の口で認めるのは、易しいことではござらぬ。
願うた通りにはならず、妹君は先へ行かれた。
そういう形の悔しさでござる。
そして、この御方を支えた者がおられた。
「『うわ~』って泣いてて、母親も泣きながら頭ガシって捕まれて『私は味方だから』」
……頭をガシと捕まれて、でござる。
撫でるのでも、抱きしめるのでもない。
捕まれた、と申されておる。
そして、その一言が「私は味方だから」じゃ。
吾輩は、この場面が目に浮かんだ。
泣いておる娘と、泣いておる母。
……慰めの言葉でも、励ましでもない。
味方である、と宣言しておられるだけでござる。
だが、比べられておる者に要るのは、まさにこれではなかろうか。
「あなたも凄い」でも「気にするな」でもない。
何があっても側におる、という一言じゃ。
この御方は、その言葉に救われたと述べておられる。
……一人でも味方がおれば強い、とな。
【未来予想図-比べる概念が消えた御方】
さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
広瀬アリス殿という御方は、これから先どう進まれるか。
吾輩は、この御方の強さは、辛かった時期を己の言葉で語られたところにあると見る。
辛い時期を、辛い時期のまま抱えておる者は多い。
……この御方は、それを人前で、己の口で語られた。
言葉にするというのは、己の手で掴み直すということでござる。
あれは暗黒期であった、と口にするには、それだけの時が要ったはずじゃ。
時を経たからこそ、番組で語れたのでござろう。
この御方は、比べる概念そのものが無くなったとも述べておられる。
……消したのではなく、無くなったのでござる。
歩みを見れば、その理由が分かる。
1994年12月11日、静岡県のお生まれじゃ。
小学六年の折、地元の祭りで声を掛けられた。
……その頃はバスケットボールに夢中で、この道に興味は無かったという。
2009年、雑誌『Seventeen』の「ミスセブンティーン2009」に選ばれる。
そこから専属モデルとして働かれた。
2015年、その雑誌を卒業し、演じる道に専らとなられる。
2017年、NHK連続テレビ小説『わろてんか』にて、のちに漫才師となる芸人・秦野リリコを演じられた。
……ここが、この御方の分かれ道でござる。
同じ物差しで比べれば、切りが無い。
だが、笑わせる力は別の物差しじゃ。
そして2024年4月、フジテレビ系『366日』にて月9の初主演を務められた。
三十の年でござる。
では、これから何が起きるか。
吾輩の見立てでは、この御方は笑いのほうでさらに伸びる。
比べる概念が無くなった、と言える御方じゃ。
……比べぬ者は、振り切った役を怖がらぬ。
誰かと並べて己を測らずに済むゆえな。
そしてもう一つ。
吾輩は、この御方の話が同じ立場の者に効くと見る。
身近な誰かと比べられて苦しむ者は、世に多い。
……姉妹でも、同期でも、同じ年頃の者でもよい。
その者たちに、この御方はこう示しておられる。
跳ね除けて生きた時期があってもよい。
そして、味方が一人おれば歩いてゆける、とな。
辛かった時期を己の言葉で語れる。それが、この御方の強さでござる
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【暗黒期があった!?妹への劣等感を明かすについてのまとめ】
今回は広瀬アリス殿について調査してみた!
一つ。2025年3月26日、日本テレビ系『世界頂グルメ 最終回SP』にて広瀬アリス殿が若き日を明かされた。
二つ。「本当『暗黒期』と呼ばれてる時期があって」ご本人の口から出た言葉でござる。
三つ。「当時なんかずっとおかしかったの、もうみんなを跳ね除けて生きてた」
四つ。番組で挙げられた訳は「(妹と)比べてすっごい劣等感持ってた時期があった」2012年に姉妹で専属モデルとなられた。
五つ。支えは母君の一言。「母親も泣きながら頭ガシって捕まれて『私は味方だから』」
吾輩は広瀬アリス殿に対して、辛かった時期を己の言葉で語った御方、と思ったんだがお主は広瀬アリス殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
モデルプレス(広瀬アリス、妹・広瀬すずの活躍ぶりに「劣等感持ってた」涙の“暗黒期”支えた存在明かす・2025年3月27日)
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