巷に騒がれる、阿部寛殿:車ほしさに応募された話と、三年の不遇を越えられた話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1964年6月22日、神奈川県横浜市のお生まれ
- 三人兄弟の末の子であられる
- 神奈川県立白山高等学校を経て、一浪しておられる
- 中央大学理工学部の電気工学科を卒業される
- 1985年、在学中に集英社のオーディションで頂を取られる
- 以後、雑誌の看板モデルとして活躍される
- 1987年、映画『はいからさんが通る』で役者として歩まれる
- 1993年、舞台『熱海殺人事件』で主演を務められる
- 2000年、『TRICK』にて再び大きく注目される
- 2012年、『テルマエロマエ』で数多の賞を受けられる
- 2018年、台湾の地震に際して一千万円を寄せられる
- 2022年、ニューヨーク・アジアン映画祭で日本人初の「スター・アジア賞」を受けられる
【車ほしさに応募される】

巷で阿部寛殿と申せば、堂々たる体躯の役者として知らぬ者はおるまい。
1964年6月22日、神奈川県横浜市のお生まれ。
三人兄弟の末の子であられる。
そしてこの御仁、学びの経歴が意外なのでござる。
――中央大学の理工学部を出ておられる。
しかも学ばれたのは、電気の工学でござる。
――理の道の御仁なのじゃ。
ちなみに一年、浪人もしておられる。
――苦労も、なさっておるのでござる。
さて、この道へ入られた切っ掛けが
――なんとも、身も蓋もないのでござる。
1985年、大学に在学中のこと。
姉上に勧められて、ある選考に応じられた。
そしてその動機が――
――頂の賞品である車が欲しかったから、でござる。
お主、笑うたか。
――志も何も、あったものではござらぬな。
だがこの御仁は、その選考で頂を取られた。
そして雑誌の看板の手本として、一気に売れられる。
1987年には、映画で役者としても歩み始められた。
1988年には、歌の盤まで出しておられる。
――順風満帆に見えたのでござる。
身の丈は、一八九センチ。
――画面に映えぬはずがなかろう。
お主、車ほしさに応募という話は
――なんとも人らしくて良いのう。
高い志など、無かったのでござる。
そして姉上に勧められて、応じられた。
――己から望んだのではないのじゃ。
だがそれで、頂を取ってしまわれた。
――人の道とは、実に妙なものでござるな。
そして中央大学の理工学部でござる。
電気の工学を学ばれた。
――役者とは、まるで違う道じゃ。
そのまま進んでおれば、
――技術者になっておられたであろう。
そして父君も、技術者であられたという。
世界でも指折りの大きな車の建造に関わられたとか。
――その道を、継ぐ手もあったのでござる。
だがこの御仁は、この道へ来られた。
――車一台のために、でござる。
お主、笑うたか。
――だが、これが縁というものでござろう。
【三年の不遇の日々】

だが、ここからが厳しかった。
――この御仁には、長い不遇の時期がござる。
モデルの出という肩書きと、
整った顔立ちのため、
――ありきたりな二枚目の役しか回ってこなかった。
本人は当時をこう振り返っておられる。
――「フェラーリで乗り付けるような」役ばかりであった、と。
そのうえ、背が高すぎることも仇となった。
――女優と並ぶと、画が収まらぬのじゃ。
そして次第に、仕事が減っていく。
――三年もの間、仕事に恵まれなかったという。
その間の暮らしは、
――玉を弾く遊びで立てておられたそうじゃ。
お主、これは苦しかろう。
かつて一世を風靡した男が、でござる。
さらに追い討ちがあった。
「かつての有名人を捜す」という趣向の番組に、
――捜される側として取り上げられたのでござる。
お主、これは堪えたであろう。
――忘れられた者、と言われたに等しい。
だがこの御仁は、そこで一念発起された。
1992年、名優が主演する劇があると聞くと、
――名も付かぬ端役でも出たいと望まれたという。
何か一つでも学ぼうとしてのことでござる。
――そこまで、落ちておられたのじゃ。
そしてこの頃、古の武術も始められた。
――これが後に、仕事へ繋がるのでござる。
さて、三年の不遇について
もう少し語らせてもらおうかのう。
顔立ちが良すぎたゆえ、役が限られた。
――これは、贅沢な悩みに聞こえよう。
だが本人にとっては、深刻でござる。
――同じ役ばかりでは、飽きられるのじゃ。
そして背が高すぎることも、仇となった。
――画に、収まらぬのでござる。
そして仕事が、無くなった。
三年でござるぞ、お主。
――玉を弾く遊びで、食うておられたという。
そして「かつての有名人」として捜される番組に。
――これは、心を折るには十分でござろう。
だがこの御仁は、そこで折れなかった。
名優が主演する作と聞けば、
――名も付かぬ端役でも出たいと望まれた。
お主、これでござるよ。
かつて主役を張った者が、端役を望むのじゃ。
――誇りを、捨てられたのでござる。
そして学ぼうとされた。
――そこから、道が開けたのじゃ。
そしてこの頃に始められた古の武術が、
――後の仕事に繋がっていく。
――苦しい時期にも、蓄えておられたのでござる。
【未来予想図-三枚目で蘇る】

そして1993年、転機が訪れる。
つかこうへい殿の書いた舞台で、
――主演を務められたのでござる。
しかも演じられたのは、
――それまでの二枚目とはまるで違う役であった。
翌1994年には、憧れておられた役所広司殿と共演。
――そしてこの年、映画の賞も受けられた。
そして1995年から、時代の劇にも出られるようになる。
大河にも、次々と重い役で出られた。
――脇を固める役者として、地歩を築かれたのじゃ。
だが真の再起は、2000年でござった。
『TRICK』という作でござる。
そしてこの作で、この御仁は
――徹底して三枚目を演じられた。
しかも劇中で、
――己の手本時代の写真を自虐の種にまでされたという。
お主、これでござるよ。
――己の過去を、笑いに変えられたのじゃ。
美しさで売れた男が、それを捨てて笑いを取る。
――これほど痛快な転身もあるまい。
そしてこの作は大いに当たり、
――この御仁は再び世に知られることとなった。
そして2012年、『テルマエロマエ』でござる。
古の羅馬の風呂の技師を演じられ、
――主演男優の賞を三つも受けられた。
さらに2022年には、
――日ノ本の者としては、初めてのことだという。
そしてこの御仁、情の深さでも知られておる。
2018年、台湾で地震が起きた折のこと。
――その地に滞在しておられたのじゃ。
そして千万を寄せると発表され、
――後日、手渡しで届けられたという。
――なんとも、真っ直ぐな御仁でござる。
最後に、吾輩の思うところを述べさせてもらおう。
この御仁の再起は、
――己を笑うことから始まった。
2000年の『TRICK』で、三枚目を徹底して演じられた。
しかも劇中で、
――手本時代の写真まで自虐の種にされた。
お主、これができるか。
――己の一番良かった頃を、笑い者にするのじゃ。
誇り高き者には、到底できぬ。
――だがこの御仁は、やられた。
そしてそこから、大きく蘇られた。
お主、ここに教えがござるぞ。
――守ろうとするものが多いほど、動けなくなるのでござる。
捨てられる者だけが、次へ行ける。
そして2012年、羅馬の風呂の技師の役。
――これも、笑いの中に真面目を貫く役でござった。
そして主演男優の賞を三つ。
――笑いで、頂に立たれたのでござる。
そして情の深さも、この御仁の持ち味じゃ。
台湾の地震の折、千万を寄せられた。
しかも――後日、手渡しで届けられたという。
――そこまでする者は、そうはおるまい。
お主も、この御仁の行く末を見守られよ。
そして最後に、もう一言だけ添えておこう。
この御仁は、いまも体を鍛えておられるという。
二十代の手本の頃から、
――週に一度は続けておられるそうじゃ。
四十年でござるぞ、お主。
――だからこそ、あの体躯が保たれておるのじゃ。
そして好物は、焼いた芋だという。
――一日に三、四本も食べられるとか。
お主、笑うたか。
――こういう話があるから、愛されるのでござる。
そして己の名を冠した場も持っておられる。
だがそれが、実に飾り気の無い作りだという。
――そして、途方もなく速く開くそうじゃ。
そのため、通信の速さを測る目安として
――使う者までおるとか。
お主、笑うたか。
――なんとも、面白い話でござるな。
そしてこの御仁ご自身も、
――その場を大層気に入っておられるという。
――飾らぬところが、この御仁らしいのでござる。
そして趣味は、庭球と古の武術だという。
――不遇の頃に始めた武術が、いまも続いておるのじゃ。
苦しい時に始めたものが、
――生涯の楽しみになることもござる。
――何が、どう転ぶか分からぬものでござるな。
お主も、この御仁の行く末を見守られよ。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家でできる器も出ておってな。
楽天の番付で一位を取ったものがこれでござる。まずは見てみられよ。
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【車ほしさに応募!?三年の不遇を越えてについてのまとめ】
今回は阿部寛殿について調査してみた!
吾輩は阿部寛殿に対して、車ほしさに応じた選考から始まり、三年の不遇を越えて、いまや日ノ本を代表する役者となられたと思ったんだがお主は阿部寛殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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