巷に騒がれる、高橋大輔殿:好みの噂は辿れず。ならば残された記録を並べようについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1986年3月16日、岡山県倉敷市のお生まれ
- 四人兄弟の、末の子でござる
- 9歳の折、近所の氷の場で滑り始められた
- 2002年、世界ジュニア選手権にて日本男子初の優勝
- 2006年、トリノの五輪に出られ、総合8位に入られた
- 2010年、バンクーバーの五輪にて銅の栄誉を得られる
- 2010年、世界選手権にて日本男子初の頂に立たれた
- 2012年、グランプリファイナルにて日本男子初の優勝
- 2014年、ソチの五輪に出られ、一度退かれる
- 2018年、四年ぶりに氷の場へ戻ってこられた
- 2022年、四大陸選手権のアイスダンスにて2位
- 2023年、競技から退き、作る側へ回られた
【きつめが好みという話は、辿れなんだ】

吾輩が今宵成敗いたすは、高橋大輔殿にまつわる噂でござる。
――旧い読み物には、好みの姿かたちが書かれておった。
きつめの面立ちを好まれる、という話でござる。
――だが、その出どころが辿れなんだ。
いつ、どこで語られたのかが分からぬのじゃ。
――ゆえに、この稿では取り下げる。
そもそも、こういう書き方は好ましくござらぬ。
――人の顔立ちを、好む好まぬで並べることになるゆえな。
名を挙げられた側にも、迷惑が及ぶ話でござる。
――辿れぬのであれば、なおさら書くべきではござらぬ。
恋の話も、同じ稿に並んでおった。
――こちらも、すべて出どころが知れなんだ。
私事は、ご本人だけのものでござる。
――外の者が、先回りして書くことではござらぬ。
ゆえに、この稿では中身を入れ替えた。
――その代わり、確かな話をたっぷり並べよう。
この御方には、書くべきことが山ほどあるのでござる。
――何しろ、日の本で初めてという記録が並んでおるのじゃ。
まず、始まりから申そう。
――お生まれは、岡山県倉敷市でござる。
四人兄弟の、末の子であられた。
――そして、始まりは意外なものでござってな。
幼き頃は、気の弱い質であられたそうな。
――それを案じたご両親が、様々な稽古をさせられた。
拳法、野球、氷の上の球技。
――だが、どれも続かなんだ。
痛いことと怖いことが、苦手であられたのじゃ。
――後に氷の上で頂に立つ御方が、でござるよ。
そして9歳の折、近所の氷の場で滑り始められた。
――家のすぐ近くにあった場でござる。
たまたま近くにあった。それだけの縁でござる。
――人の道とは、実に分からぬものでござるな。
この御方の始まりには、まだ続きがござってな。
――決して裕福な家柄ではなかったと伝わっておる。
氷の上の稽古は、銭のかかるものでござる。
――靴も、氷の場の借り賃も、遠出の費えもでござるからな。
そこで、家の者が一丸となって支えられた。
――さらに、町の者まで動いたのでござる。
地元の商店街に、志ある者が箱を置かれてな。
――その名を「大輔ボトル」と申したそうな。
町ぐるみで、一人の子を送り出したのでござる。
――これは、実に良い話でござろう。
ご本人も、できることをしておられた。
――正月にもらう銭を、すべて稽古に充てておられたのじゃ。
子どもの楽しみを、氷の上に注がれた。
――九つの頃から、覚悟が違うのでござるな。
ちなみに、幼馴染にも面白い御方がおられる。
――後に球蹴りで日の本を代表される御方でござる。
保育園から小中まで、同じ学び舎であられたそうな。
――同じ町から、二人の代表が出たのでござる。
旧い読み物の書きぶりについても、申しておこう。
――三つの節の全てが、恋の話でござった。
好み、恋の見方、そして所帯の見方でござる。
――その全てに、出どころが無かったのじゃ。
一本まるごと、辿れぬ話であった。
――これは、なかなか珍しいことでござるよ。
しかも、この御方は競技の者でござる。
――残っておる記録が、山ほどあるのでござるからな。
記録があるのに、噂を書く。
――これほど惜しい書き方も、ござらぬ。
ゆえに、この稿では中身を入れ替えた。
――記録の方を、しかと並べたのでござる。
【日本初、そしてアジア初がいくつも】

さて、ここからが本題でござる。
――日の本で初めて、という記録を並べてゆこう。
まず2002年でござる。
――世界ジュニア選手権にて、優勝を果たされた。
日の本の男子としては、初めてのことでござった。
――十六の齢でござる。
次は2005年でござる。
――大会の演目にて、最も高い評価を得られた。
足さばきの部分で、でござる。
――一人で滑る者としては、世界で初めてのことでござった。
日の本で初めて、ではござらぬ。
――世界で初めて、でござるよ。
そして2010年、二つの大きな記録が重なる。
――まず、バンクーバーの五輪でござる。
総合で三位に入られ、銅の栄誉を得られたのじゃ。
――その差は、四位の御方と0.51点でござった。
髪の毛ほどの差でござるよ。
――そしてこれが、日の本とアジアの男子で初めての栄誉でござった。
五輪の男子の一人滑りで、アジアから初めてでござる。
――百年近い歴史の中で、初めてでござるよ。
しかも、この年はそこで終わらなんだ。
――五輪の一月後、世界選手権が控えておった。
そこで、この御方は完全な優勝を果たされる。
――短い演目も、長い演目も、共に一位でござった。
日の本とアジアの男子として、初めての世界の頂でござる。
――五輪の銅と、世界の頂を同じ年に取られたのでござる。
この時の演目も、また凄まじくてな。
――回る技も足さばきも、すべて最高の評価を得られた。
一人で滑る者としては、これも初めてでござった。
――記録ずくめの一年でござるな。
そして2012年、また一つ看板が増える。
――グランプリファイナルにて、優勝を果たされたのじゃ。
こちらも、日の本の男子としては初めてでござった。
――しかも、七度目の挑みでの優勝でござる。
六度届かず、七度目で掴まれた。
――これが、この御方の粘り強さでござるよ。
ここで、この御方の評も並べておこう。
――同じ道の先達である荒川静香殿の言葉でござる。
感じ取る力が群を抜いておられる、と評されておってな。
――どんな演目でも、自分の世界で表せる、と。
さらに、こうも申されておる。
――共に滑っておると、哀しくなるほどの才だ、と。
哀しくなるほど、でござるよ。
――同じ道の頂に立った御方が、そう申されるのでござる。
海の外の解説の者からも、踊り手のようだと讃えられておった。
――跳ぶ技だけの御方ではないのでござる。
そして、忘れてはならぬ一場面がござる。
――2010年、バンクーバーの五輪でのことでござった。
共に四回転の技に挑んだ、かの国の強者がおられてな。
――その御方から、こう讃えられたのじゃ。
「You are my hero.」でござる。
――そして、固い握手を交わされた。
競い合った相手から、英雄と呼ばれる。
――これ以上の褒め言葉が、ござろうか。
ここで、災難の話も一つ添えておこう。
――2011年の世界選手権でのことでござる。
長い演目の冒頭、四回転の技で着氷を誤られてな。
――その折、靴の留め具が外れたのでござる。
滑る者にとって、靴は命でござる。
――それが、演目の最中に壊れたのじゃ。
二分ほど中断し、留め直して再び滑り始められた。
――普通なら、そこで気持ちが切れよう。
結果は、総合で五位でござった。
――だが、最後まで滑りきられたのでござる。
そして、この五位が次を生む。
――沈んだことで気持ちが吹っ切れ、続けると決められた。
うまく行かなんだ日が、道を決めることもある。
――この御方の歩みは、それを何度も教えてくれるのう。
【未来予想図-氷の上を作る側へ】

さて、高橋大輔殿の現在(いま)でござる。
――いまは、氷の上を作る側へ回っておられる。
順を追って申そう。
――2014年、一度は競技から退かれた。
ソチの五輪に出られた後のことでござる。
――三度続けての五輪出場でござった。
これも、日の本の氷の上の者としては初めてでござる。
――三大会続けては、この御方が初めてでござった。
ところが、話はそこで終わらなんだ。
――2018年、四年ぶりに戻ってこられたのじゃ。
三十を過ぎての、復帰でござるよ。
――そして、その戻り方がまた変わっておってな。
二季戦われた後、種目そのものを替えられた。
――一人で滑る種目から、二人で滑る種目へでござる。
これは、実に大きな決めでござる。
――跳ぶ技も、組み方も、まるで別物でござるからな。
三十を過ぎて、一から覚え直されたのでござる。
――そして2022年、四大陸選手権で二位に入られた。
ここでまた、記録が生まれておってな。
――この大会の複数の種目で栄誉を得た、史上初の者となられた。
一人で滑る種目でも、二人で滑る種目でも、でござる。
――これは、誰も真似のできぬ記録でござろう。
さらに全日本選手権でも優勝を果たされておる。
――そして2023年、競技から退かれた。
いまは、氷の上の催しを自ら作っておられる。
――演じるだけでなく、組み立てる側でござる。
歌舞伎との合わせ技の催しにも、出ておられるそうな。
――日の本の古い芸と、氷の上の芸を合わせるのでござる。
気の弱い子であった御方が、世界の頂に立たれた。
――そして今は、若い者の場を作っておられる。
噂よりも、こちらの方が余程面白い。
――吾輩は、そう思うのでござるよ。
ここまでの道は、決して平らではござらなんだ。
――2008年10月末、稽古の最中に転ばれてな。
右の膝を痛められたのでござる。
――調べてみると、膝の中の筋と軟骨を痛めておられた。
その季の大会は、すべて諦められた。
――そして11月、刀を入れられたのでござる。
戻られたのは、翌2009年の4月でござった。
――半年、氷から離れておられたのじゃ。
しかも、その翌年に五輪の銅を取っておられる。
――これは、並の戻り方ではござらぬ。
もう一つ、忘れてはならぬ日がござる。
――2013年12月の、全日本選手権でござった。
その前月に脚を痛めながら、押して出られてな。
――演目の途中で四回転に挑み、転ばれたのじゃ。
その折、右の指を切っておられた。
――血を流しながら、最後まで演じきられたのでござる。
順位は、五位でござった。
――演じ終えた後、涙ながらにこう語られておる。
自分の中では、五輪は無いのだろうと思っている、と。
――それでも、三枠目で代表に選ばれたのでござる。
その季の成績が、すべて三枠目の中で一番であったゆえな。
――血を流して滑った演目が、道を繋いだのでござる。
最後に、この御方の人気の広さも記しておこう。
――好かれる競技の者を選ぶ調べがござってな。
その男子の部で、十位までに入り続けられた。
――2010年から、五年続けてでござる。
五輪の後だけではござらぬ。
――五年、でござるよ。
それだけ、多くの者の心に残ったということでござろう。
――跳ぶ技だけでは、こうはならぬ。
足さばきと、表す力でござる。
――そこが、この御方の持ち味でござった。
そして今、その持ち味を若い者に手渡しておられる。
――氷の上の催しを、自ら組み立てておられるのでござる。
滑る側から、作る側へ。
――この移り方が、また見事でござるな。
この先どのような催しでお主らを驚かせるか。
――吾輩も、楽しみにしておるぞ。
PR(広告を含みます)
【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家でできる器も出ておってな。
楽天の番付で一位を取ったものがこれでござる。まずは見てみられよ。
▶ BIOAESTECH デュアルオーブディープリフト
(楽天ランキング1位)
【日本初がいくつも!?五輪の銅と世界の頂についてのまとめ】
吾輩は高橋大輔殿に対して、日の本で初めてという看板を、いくつも背負われた勇者と思ったんだがお主は高橋大輔殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
関連記事