巷に騒がれる、小池栄子殿:初めての朝ドラから12年、受ける側から気遣う側へ回られた話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1980年11月20日、東京都のお生まれ
- 2003年、連続テレビ小説『こころ』にて山本投網子を演じられる
- 2005年、大河ドラマ『義経』に出演される
- 2008年、映画『接吻』にて数々の賞を受けられる
- 2015年、連続テレビ小説『マッサン』にて森野ハナを演じられる
- 2022年、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にて北条政子を演じられる
【小池栄子の朝ドラ1本目はこころ-祖父の店があった浅草】
小池栄子殿の朝ドラは、3度ござる。
2003年度前期の『こころ』、2008年の『瞳』、2014年度後期の『マッサン』じゃ。NHKに談話が残っておるのは『こころ』と『マッサン』ゆえ、その2本を追ってみようぞ。
まずは1本目、『こころ』の山本投網子でござる。
ヒロインのこころ(中越典子殿)の幼なじみで親友。船宿「山本屋」の娘じゃ。
亡き母に代わり、飲み歩いてばかりの父・万太郎(なぎら健壱殿)を支えるしっかり者でござる。
……さて、初めての朝ドラで、この御方が真っ先に嬉しがったのは何であったか。
己の手柄ではござらぬ。
「朝ドラに初めて出演できたことはもちろんですが、家族や親戚が大喜びしてくれたことがうれしかったです」
お主、ここでござる。
――家族や親戚が大喜びしてくれたこと。
朝ドラという看板の重みは、出る本人よりも、身内に効くものらしゅうござるな。
しかも、この作にはもう一つの縁があった。舞台が浅草だったのでござる。
「ドラマの舞台になった東京・浅草は私の祖父が小さいお店を開いていたことがある親しみのある街でしたので、ご縁を感じました」
――祖父が小さい店を開いていた街。
身内が喜び、その身内ゆかりの土地が舞台。二重の縁でござる。
そして現場へは、こう臨まれた。
「お父さん役がなぎら健壱さんだったのも楽しみで、プレッシャーというよりもワクワクして作品に挑んだのを覚えています」
――重圧ではのうて、わくわく。初めての大舞台で、この心持ちは得難い。
劇中では、浅草の娘らしく三社祭で神輿を担ぐ場面もあった。
「浅草っ子らしく三社祭で御神輿を担ぐシーンもあり、貴重な経験をさせていただいたと思っています」
……そして、この話には後日譚がござる。
放送が終わった後、浅草の友を訪ねて三社祭へ遊びに行かれた。
「そのとき撮影でお世話になった方と久しぶりに再会して、御神輿を担がせていただいて」
「朝ドラの後だったので、観客の皆さんに喜んでいただけたのもいい思い出です」
――劇中で担ぎ、本物の祭でも担ぐ。
祖父の店があった街で、役を終えた後まで迎えられた訳でござる。
【12年後のマッサン-気遣う側に回られた現場】
さて、3本目の『マッサン』は、それから12年後でござる。
演じたのは森野ハナ。ニシン漁の親方・熊虎(風間杜夫殿)の娘じゃ。
この作での語り口が、1本目とはまるで違うておる。
出てくるのは、己のことではのうて周りの人の話ばかりなのでござる。
まず父役の風間杜夫殿。
「風間さんとは父と娘の関係を作っていくような作業はなく、自由にお芝居をさせてくださるような感じで、これがベテランの域なのかと実感しましたね」
――関係を作る作業をせぬ。
段取りで親子を拵えるのではなく、ただ自由にやらせる。そこに年季を見ておられる。
「お芝居をしていても目が物語るような感じで感情が自然と引き出されました」
次は、夫となる俊夫を演じた八嶋智人殿じゃ。
「八嶋さんは人のリズムに合わせるのがとても上手な方」
「そして面白さを表現することに関しては抜群のセンスをお持ちなんです」
口喧嘩の場面なども、助言をもらいながら作っていったという。
そして、この御方は現場の外まで見ておられる。
「八嶋さんは現場のムードメーカーでもあり、撮影終わりにはよくご飯会をセッティングしてくださいました」
「そのおかげで……森野家チームでよく呑んだり食べたりして絆を深められたような気がします」
「まさにスタジオでの関係性をそのまま持っていったような雰囲気だったと思います」
……役の家族が、飯の席でもそのまま家族の顔をしておる。良い現場でござるな。
さて、この作のヒロインは日本語をほとんど解さぬ御方であった。
シャーロット・ケイト・フォックス殿でござる。小池殿は、その労を細かく見ておられる。
「ただでさえ、朝ドラのヒロインのセリフ量は膨大なのに、セリフを英語に訳して内容を理解し、その上で音を覚えてお芝居をされるのですから」
「その努力は並大抵のものではないと感じました」
そして――この稿で一番の一言が、ここで出る。
「彼女がホームシックになったとき、八嶋さんが気にしてフォローしていた姿を見て私もあんなふうでありたいと思わされました」
――私もあんなふうでありたい。
己の芝居の話ではない。人の振る舞いを見て、己の在り方を直そうとしておられるのでござる。
【未来予想図-人の振る舞いを盗んで持ち帰る御方】
さて、ここまでを一度まとめておこうぞ。
――小池栄子殿の朝ドラは3度。談話が残るのは2003年『こころ』の山本投網子と、2015年『マッサン』の森野ハナ。
1本目では家族や親戚が大喜びしてくれたことを真っ先に喜び、
舞台の浅草には祖父の小さな店があったという縁もあった。
『マッサン』では、語る中身が丸ごと周りの人の話に変わっておる。
さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、人の振る舞いを盗んで持ち帰る御方だとみる。
根拠は、12年で変わったものと、変わらなんだものでござる。
変わらなんだのは、喜びの置きどころじゃ。
1本目の喜びは、己が出られたことより身内が喜んだこと。
『マッサン』で語るのも、己の手応えより共演者の巧さと心遣い。
――どちらも、己の外に目が向いておる。
変わったのは、その先でござる。
1本目は「うれしかった」で終わった。だが『マッサン』では「私もあんなふうでありたい」まで進んでおる。
人の良い振る舞いを見て、感心して終わらず、己の手本として持ち帰った訳じゃ。
この御方が聞き手として重宝され、また演じ手として賞を重ねてこられたのも、
元をたどればこの目の向け方でござろう。
ゆえに吾輩はこうみる。
この御方はこの先も、現場に入るたび誰かの良いところを一つ持ち帰られる。
……そうやって拾い集めたものが、そのまま人柄になっておるのでござるよ。
良い振る舞いを見て「己もそうありたい」と言える者は、必ずそうなる
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【朝ドラは3度!?祖父の店があった街が舞台についてのまとめ】
今回は小池栄子殿について調査してみた!
一つ。小池栄子殿の朝ドラは3度。談話が残るのは2003年『こころ』の山本投網子と、2015年『マッサン』の森野ハナでござる。
二つ。初出演の折は「家族や親戚が大喜びしてくれたことがうれしかったです」と語っておられる。
三つ。舞台の浅草は「私の祖父が小さいお店を開いていたことがある親しみのある街」であったという。
四つ。劇中で三社祭の神輿を担ぎ、放送の後には本物の祭でも担がれた。
五つ。『マッサン』では共演者の心遣いを見て「私もあんなふうでありたいと思わされました」と述べておられる。
吾輩は小池栄子殿に対して、人の良い振る舞いを、感心で終わらせず持ち帰られる御方、と思ったんだがお主は小池栄子殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
MANTANWEB(マッサン:6年ぶり朝ドラの小池栄子/2014年10月14日)
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