巷に騒がれる、戸田恵梨香殿:テレビに初めて出た枠へ、十九年かけて戻られた話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1988年8月17日、兵庫県のお生まれ
- 実家は神戸。兄君と妹御がおられ、真ん中の長女であられる
- 父君は少林寺拳法の師範をしておられた
- 2000年、NHK連続テレビ小説『オードリー』にてテレビに初めて出られる
- 16歳で上京。学校には入らず、この道へ進まれる
- 2006年、映画『デスノート』に弥海砂役で映画初出演を果たされる
- 2018年12月、連続テレビ小説『スカーレット』のヒロインとして会見に立たれる
- 2019年9月30日、同作の放送が始まる
- 2020年3月28日、同作が全150回をもって終わる
- 2026年5月22日、『徹子の部屋』にてデビュー作を語られる
【戸田恵梨香の朝ドラは逃げ腰だった-19年後に主役】
2019年9月30日から2020年3月28日まで、全150回。
連続テレビ小説『スカーレット』でござる。NHKで101作目じゃ。
ヒロイン川原喜美子を演じられたのが、戸田恵梨香殿でござる。
戦後の大阪から滋賀・信楽へ移り、女の陶芸家として生きる役。
――しかも15歳から50歳頃までを一人で演じる。
さて、この御方はこの枠について、決まった折にこう語っておられる。
「自分が“朝ドラ”のヒロインを引き受けるなんて夢にも思っていなかった」
「若い頃は自分という存在に対しても自信がなかったので、逃げ腰だった」
お主、ここで唸られよ。
――逃げ腰だったでござる。
多くの若き役者が目指す座じゃ。
そこから、この御方は逃げておられた。
理由も、はっきり言うておられる。
――自分という存在に自信がなかったゆえじゃ。
ここで、一つ知っておいてほしいことがござる。
この御方がテレビに初めて出たのも、連続テレビ小説であった。
2000年の『オードリー』でござる。まだ小学校を出るか出ぬかの頃じゃ。
――そこから19年でござる。
同じ枠に、今度は主役として戻られた。
後年、『徹子の部屋』で『スカーレット』をこう振り返っておられる。
媒体が見出しに掲げた言葉が、これじゃ。
「全てのことは出し切った」
「悔いは残らなかった」
そして、初めて出た折の芝居についてはこうでござった。
「本当に嫌でした」
――大竹しのぶ殿の幼き頃を演じた、台詞の無い役であったという。
逃げ腰の始まりは、案外このあたりにあったのでござろう。
【吹き替え無しで作陶-粘土を練れなかった】
さて、この稿の山でござる。
陶芸家の役ゆえ、土を捏ねねばならぬ。
撮影に入る約三か月前から稽古を始められた。
そして、ぶつかった。
「陶芸指導の先生が普段使っている粘土を、私は練ることもできなかったんです。力が足りなくて。体重をかけても練り切れない」
お主、ここで唸られよ。
――体重をかけても練り切れないでござる。
手の力ではなく、体の重さをかけてなお足りぬ。
そこで、この御方はある得心に至られた。
「女性陶芸家は少ないと聞いていて疑問に思っていたんですが、実際に稽古を始めると本当に体力仕事なんだなと感じました」
「その時に、男の仕事の世界なんだなと実感して甘くないと思いましたし、喜美子が陶芸家としてやっていこうと決めた勇気に改めて驚きました」
――なぜ女の陶芸家が少ないのか。
その答えを、土を捏ねながら体で知られた。
そして、演じる相手への驚きに変わっておる。
さらに、この作には逃げ道が無かった。
「女性陶芸家が少なく私の手に似た方が見つからないので『ご自身で作陶していただけますか』と言われた時には度肝を抜かれました(笑)」
――吹き替え無しでござる。
手元だけ別の者が演じる、という手が使えぬ。
手の似た女の陶芸家が、そもそも居られなかったのじゃ。
そして、この一節が可笑しい。
「なにかフォローはあるかもしれないという淡い期待はあったのですが、そういうのも全然なくて(笑)、本当に全部自分でやってるんです」
――淡い期待じゃ。
覚悟はしておったが、少しは助けがあると思うておられた。
無かった。
備えは、それだけではござらぬ。
この御方が最初に演じたのは15歳の喜美子でござる。
三十を過ぎた身で、十五を演じるのじゃ。
「15歳らしい体の丸みがほしくて、撮影に向けて、お米を1合半食べるなど、炭水化物をより多く摂るようにしていました。お腹がムカムカするくらい食べて、運動しました」
――お腹がムカムカするくらい食べてでござる。
痩せるのではない。丸みを付けるために食うておられる。
そして、その進め方が実に整っておる。
「自分の体質を調べて、自分に合った方法で食生活を変えました。週2でジムに通って、週2で陶芸の稽古を続けて撮影に入りました」
――週二でジムへ通い、週二で陶芸の稽古。
土を捏ねる力と、十五の体つき。両方を同時に作っておられる。
そして陶芸そのものについては、こう見ておられた。
「手の指の力の入れ方一つで、土の表情が変わるんです」
「自分のその時の体調や感情でも変わってきます」
【未来予想図-自信の代わりに手順を積まれる御方】
ここまでを、一度まとめておこう。
――戸田恵梨香殿は2019年の連続テレビ小説『スカーレット』にてヒロイン川原喜美子を演じられた。第101作、全150回でござる。
だがこの枠については「逃げ腰だった」と語っておられる。
テレビに初めて出たのも連続テレビ小説で、そこから19年後の主役であった。
陶芸は吹き替え無し。三か月の稽古を経ても、粘土は体重をかけて練り切れなかった。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、自信の代わりに手順を積まれる御方だとみる。
根拠は、備えの並べ方でござる。
――体質を調べる。食を変える。週二で鍛錬。週二で稽古。
どれも、気持ちの話ではござらぬ。
手順でござる。
そして思い出されよ。この御方が逃げておられた理由じゃ。
「若い頃は自分という存在に対しても自信がなかった」
――自信が無い者が、大役を引き受けるとどうなるか。
気合で埋めようとすれば、続かぬ。半年の枠でござる。
だがこの御方は、埋め方を変えられた。
信じられぬ己の代わりに、数えられる手順を置いたのじゃ。
週に二度、と決めれば、気分の良い日も悪い日も同じだけ積める。
土は嘘をつかぬ。練れるようになったかどうかは、手が知っておる。
――自信より、手応えのほうが当てになる。
そしてもう一つ、この御方が支えにしておられたものがござる。
「台詞の量が膨大で追い詰められる時もあるんですけど、共演者の皆さんとスタッフさんの顔を思い出すとそれだけで頑張れる自分がいて、人の力ってすごいなと日々感じています」
――己の内ではなく、人の顔を思い出すと言われる。
自分を当てにせぬ御方が、外に足場を置いておられるのじゃ。
その果てが「全てのことは出し切った」「悔いは残らなかった」でござる。
そして、この御方が最も好んだ台詞がこれであった。
「子どもの頃の喜美子が言うんです。『女にも、意地と誇りはあるんじゃあ!』と。そのせりふが大好きで、その言葉を屈託なく言える強さ、無敵さが喜美子の魅力」
――屈託なく言える強さ。
自信が無かったと言う御方が、そこに惹かれておられる。
持っておらぬものを、演じることで手に入れておられたのでござろう。
信じられぬ己の代わりに、数えられる手順を置く。土は嘘をつかぬ
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【朝ドラは逃げ腰だった!?19年後に主役を張るについてのまとめ】
今回は戸田恵梨香殿について調査してみた!
一つ。戸田恵梨香殿は2019年の連続テレビ小説『スカーレット』にてヒロイン川原喜美子を演じられた。第101作、全150回で、15歳から50歳頃までを一人で演じておられる。
二つ。決まった折は「自分が“朝ドラ”のヒロインを引き受けるなんて夢にも思っていなかった。若い頃は自分という存在に対しても自信がなかったので、逃げ腰だった」。
三つ。テレビに初めて出たのも連続テレビ小説『オードリー』(2000年)で、そこから19年後の主役であった。
四つ。陶芸は吹き替え無し。「陶芸指導の先生が普段使っている粘土を、私は練ることもできなかったんです。力が足りなくて。体重をかけても練り切れない」という。
五つ。備えは「自分の体質を調べて、自分に合った方法で食生活を変えました。週2でジムに通って、週2で陶芸の稽古を続けて撮影に入りました」でござった。
吾輩は戸田恵梨香殿に対して、信じられぬ己の代わりに、数えられる手順を置かれる御方、と思ったんだがお主は戸田恵梨香殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
リアルサウンド(戸田恵梨香、陶芸と演技は「自分との見つめ合い」『スカーレット』は泥臭く愛おしい“朝ドラ”・2019年9月30日)
オリコンニュース(【スカーレット】戸田恵梨香、本気の役作り「体質を調べて食生活から変えた」・2019年9月29日)
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