巷に騒がれる、赤西仁殿:落ちたはずの選びが、番号札一枚でひっくり返った話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1984年7月4日のお生まれでござる
- 実弟も、歌い手にして演じ手であられる
- 1998年11月8日、事務所の選びを受けられた
- その選びの結果は、不合格でござった
- だが番号札を返した相手が、社長のジャニー喜多川氏であった
- 番号札が1番ゆえ、残るよう言われたという
- 2001年、堂本光一殿の後ろで踊るグループに選ばれた
- それが、KAT-TUNの始まりでござる
- 2005年、『ごくせん』の第二で広く知られた
- 2006年3月、KAT-TUNとして正式にCDデビュー
【選びに応じた訳は、錦戸亮殿の歌う姿と言われる】
さて、まずは全ての始まりから参ろうではないか。
――そもそも、なぜ選びを受けられたのか。
その訳が、実に面白いのでござる。
――巷では、番組で錦戸亮殿が歌う姿を見られたゆえと言われておる。
同じようなことがしたい、と思われたと伝わる。
――もしそうなら、たったそれだけの動機でござる。
壮大な志でも、家の事情でもござらぬ。
――画面の中の同年代を見て、羨ましく思われただけでござる。
だが、人が動く時とはそういうものでござる。
――難しい理屈より、素直な憧れの方が強いのでござるよ。
そしてこの縁、後に思わぬ形で戻ってくる。
――2019年12月、その錦戸亮殿と共同のプロジェクト「N/A」を始められたのでござる。
憧れて入ったと言われる世界で、その相手と並ばれた。
――時を経ての、実に見事な巡り合わせでござるな。
お主も、誰かに憧れて始めたことはござろう。
――その憧れは、いつか形になるやもしれぬのでござる。
さて、幼き頃の話をもう少し掘ってみよう。
――実は、この御方の弟君も同じ道を歩んでおられる。
歌い手にして、演じ手であられる。
――兄弟揃って、表に立つ道を選ばれたのでござるな。
家に、そういう気風があったのでござろう。
――兄が先に行けば、弟も続きたくなるものでござる。
【番号札が1番、そして逆転の合格】
さて、ここからが此度の題の核心でござる。
――1998年11月8日、事務所の選びを受けられた。
――そして結果は、なんと不合格でござった。
落ちたのでござる。夢はそこで終わるはずであった。
――ところが、ここから話がひっくり返るのでござる。
帰り際、付けていた番号札を返されたそうな。
――その返した相手が、たまたま社長その人であられた。
そして、その番号札に書かれた番号が問題でござった。
――番号が、1番であったのでござる。
それを見たジャニー喜多川氏が、こう言われたという。
――「ユーも残っちゃいなよ」と申されたそうな。
落ちた者が、番号札一枚で残ることになったのでござる。
実に、出来すぎた話ではござらぬか。
――運とは、こういう形で降ってくるものなのでござるな。
もしその時、別の者に番号札を返しておられたら。
――もし番号が2番であったなら、今は無かったやもしれぬ。
そう思うと、人の道とは実に危ういものでござる。
――紙一重どころか、番号札一枚でござるからな。
そこから2000年、Jr.の番組『ザ少年倶楽部』が始まり、人気が一気に高まったという。
――そして2001年、大きな転機が訪れるのでござる。
堂本光一殿の後ろで踊るグループが、作られたのでござる。
――そのグループこそが、後のKAT-TUNでござった。
つまり、初めは専属の踊り手の集まりであった。
――そこから、頂を取る集いへ育っていくのでござる。
さて、番号札の話をもう少し味わってみようではないか。
――まだ少年の身で、選びに落ちたのでござる。
その場の空気を、想像してみられよ。
――周りには受かった者が居り、己は落ちておる。
帰るしかない。番号札を返して、帰るしかないのでござる。
――その最後の一手が、運命を変えたのでござる。
誰に返すかなど、普通は考えぬ。
――目の前に居た大人に、渡しただけでござろう。
それが、たまたま社長その人であられた。
――そして、その番号札が1番であった。
一番若い番号ということは、早く来た者でござろうか。
――それとも、たまたま配られた順やもしれぬ。
いずれにせよ、その数字が目に留まったのでござる。
実に、あの御方らしい一言でござるな。
――この逸話は、ご本人が語っておられるものでござる。
――2001年には、専属の踊り手のグループに選ばれる。
そのグループが、後に頂を取る集いになるのでござる。
――落ちた少年が、やがてCDを出して世に出られたわけでござる。
【未来予想図-自らの旗印で歌い続けられる】
さて、この御方の歩みをもう少し辿ってみよう。
――2005年、『ごくせん』の第二で広く知られた。
同じ集いの亀梨和也殿と共に出られたのでござる。
――あの作から、一気に世が沸いたのを覚えておる。
そして2006年3月、CDを出して正式に世に出られた。
――『Real Face』でござる。実に懐かしいのでござるな。
ところが同じ年の10月、休みに入られる。
――語学の学びのため、と発表されたのでござる。
そして2007年4月、ロサンゼルスから戻られた。
――帰国の会見では、留学の成果を「人生勉強になった」と語られておる。
この頃から、海の向こうへの志が見えておったのでござる。
――そして2010年7月、集いを離れる旨が発表された。
理由は「方向性の違い」と報じられた。
――同じ年12月の会見では、英語で「日本のアーティストとしてより大きなオーディエンスに向かっていきます」と語っておられる。
そして2011年、独りの歌い手として世に出られる。
――同じ年の11月、米国での曲が配信のランキングで1位を取られた。
――2014年には事務所を離れ、己の足で歩き始められた。
2017年、自身のレーベル「Go Good Records」がUNIVERSAL MUSIC JAPANと業務提携を結ばれる。
――落ちたはずの少年が、ここまで来られたのでござる。
さて、この御方の海の向こうへの志を語ろう。
――2006年10月、語学の学びを理由に休みに入られた。
頂に立った年に、休まれたのでござる。
――普通なら、絶対に休まぬ時期でござろう。
それでも行かれた。この胆力は大したものでござる。
そして2010年、五つの町を巡る米国の巡業を行われる。
――合わせて一万五千の人を集められたという。
日の本の歌い手が、海の向こうで一万五千でござる。
――これは、当時としては大変な数でござった。
2011年11月には、米国の曲が配信のランキングで1位を取られる。
――2011年には、映画の選びにも受かっておられる。
キアヌ・リーヴス殿の主演作『47RONIN』でござった。
――2015年には、北京の催しで二つの賞も受けられた。
日の本の者としては、初めての受賞であったという。
――番号札一枚から、ここまで来られたのでござる。
そして今も、自らの旗印で歌い続けておられる。
――落ちた者が、最も遠くまで行かれたのでござるよ。
念のため、この稿の締めくくりを申しておこう。
――一度は落ち、番号札一枚で拾われ、やがて世に出られた。
そして海を渡り、独りで歩む道を選ばれた。
お主も、一度落ちたくらいで諦めてはならぬ。
――番号札一枚で、道は変わるものでござるからな。
ちなみに、2008年には映画の声も当てておられる。
――『スピード・レーサー』の日の本の版でござった。
その前年、2007年には、連続の物語で初めて単独の主演も務められた。
――『有閑倶楽部』でござる。覚えておられる方も多かろう。
2010年1月には、映画『BANDAGE バンデイジ』で、映画の初主演を務められた。
――その作の中のバンドの名「LANDS」で、主題歌『BANDAGE』のCDも出されておる。
曲も、映画も、声も。手広く挑んでおられたのでござる。
――一度は落ちた少年とは、とても思えぬ働きでござるな。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【番号札が1番で逆転合格!?「ユーも残っちゃいなよ」についてのまとめ】
今回は赤西仁殿について調査してみた!
吾輩は赤西仁殿に対して、番号札一枚で運を掴み、そこから世界へ出て行かれた勇者と思ったんだがお主は赤西仁殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
Real Sound(2020年12月27日)番号札を返した相手がジャニー喜多川で“1番”札だったことを理由に合格
女子SPA!(2020年4月28日)番号札を渡した相手がジャニーさんで「ユーも残っちゃいなよ」
Sirabee(2025年8月7日)1998年11月8日、亀梨和也・中丸雄一と同日に入所
日刊スポーツ(2008年4月28日)06年10月から07年4月までロスへ留学・「有閑倶楽部」で初の単独主演
BARKS(2010年12月9日)「方向性の違い」を理由に脱退・全米5カ所で1万5000人
Rolling Stone Japan(2020年4月21日)「TEST DRIVE」がiTunes Storeダンスチャート1位
シネマトゥデイ(2011年4月14日)自ら挑んだオーディションで『47RONIN』に
オリコンニュース(2015年12月7日)北京の授賞式で日本人初の2つの賞
シネマトゥデイ(2017年10月17日)Go Good RecordsがUNIVERSAL MUSIC JAPANと業務提携
音楽ナタリー(2025年6月22日)N/Aは2019年12月に始動
シネマトゥデイ(2017年1月20日)俳優・歌手として活動する弟・礼保
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