巷に騒がれる、林芽亜里殿:父母が付けた名の由来と、石川から通うた日々の涙について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 2005年11月5日、石川県のお生まれ
- 原宿で声を掛けられたのを切っ掛けに芸能の道へ入られる
- 2015年、第4回プチモオーディションにてグランプリを受けられる
- 同年、小学4年にて雑誌「ニコ☆プチ」の専属モデルとなられる
- 小学6年の折、企画委員会の委員長を務められる
- 2019年、雑誌「nicola」の専属モデルとなられる
- 中学を出て石川から上京し、東京の高校へ進まれる
- 2022年11月、雑誌「non-no」の専属モデルに決まられる
- 2024年1月、ドラマ『先生さようなら』のヒロイン役でドラマデビュー
- 2025年10月、ドラマ『推しの殺人』にてトリプル主演を務められる
- 2025年11月5日、20の齢を迎えられる
- 2026年10月8日、MBS『おかえり、初恋。』にてW主演を務められる
【林芽亜里の実家は石川-名の由来と父母の言葉】
林芽亜里殿の実家は、石川県でござる。
2005年11月5日のお生まれじゃ。
まず、名の話から始めよう。
――芽亜里。これは本名でござる。
父母がどういう思いで付けられたか、本人はこう語っておられる。
「アジア(亜細亜)の里から芽が出る子……ということで付けたと聞きました」
お主、ここでござる。
――亜細亜の里から芽が出る子じゃ。
「メアリ」と読めば、欧米の名にも通ずる。
聞き手がそれを問うと、この御方はこう返された。
「それも言ってましたけど、後付けだと思います(笑)」
……父母の言い分を、娘御があっさり後付けと見抜いておられる。
英語の授業でメアリの名が出てくると「えっ、私?」と思うておられたそうじゃ。
この家の空気が、よう伝わる話でござる。
そして父母は、娘御の恋の相手についてもこう言うておられる。
「母や父には「笑いのツボが一緒の人がいいよ」と言われています」
――笑いのツボでござる。
家柄でも、稼ぎでもござらぬ。一緒に笑えるかどうかじゃ。
本人も、己のツボはだいぶ浅いと笑うておられる。
木村拓哉殿と共演したCMが流れた折の話も、また家らしい。
「「木村さんと⁉」ということで、私以上に大喜びしてくれました(笑)」
――娘御より先に、父母が舞い上がっておられるのでござる。
【石川から通うた日々-家で泣いた夜と上京】
さて、この御方がモデルになられたのは小学4年の年でござる。
2015年、第4回プチモオーディションでグランプリを受け、「ニコ☆プチ」の専属となられた。
ただし、住まいは石川のままじゃ。
――地方から通うモデルでござった。
そして始めの頃は、こうであったという。
「「ニコ☆プチ」での最初の頃は同期がたくさん紙面に出ている中、私は撮影が少なく、撮影候補日のキープしていたスケジュールがほとんどバラし(撮影なし)と連絡がきていた時期はバラしになるたび家で泣いていました」
お主、ここで手を止められよ。
――家で泣いていました。
取り置いた日が「撮影なし」と知らされるたびに、石川の家で泣いておられた。
だが、この御方の返しは前を向いておる。
「いま思えば最初に悔しい思いをできたのはすごく良かったのかもしれません」
学校でも、じっとしておられる子ではなかった。
小学6年では企画委員会の委員長を自ら選び、「これやろう! 私も一緒にやるから!」と皆を引っ張られた。
中学は受験して私立へ。始めは人見知りで、給食の牛乳を一緒に取りに行った子に、階段で「お友だちになろう」と声を掛けられたという。
そこへ、コロナ禍が来る。
「コロナが流行りはじめて、地方のモデルは撮影に参加できない日々が続き、撮影大好き人間の私にとってはとんでもなく寂しく悲しい期間でした」
「「もし東京に住んでいたら少しは撮影できたのかな」」
――地方という一語が、ここで重うなる。
そして、この期間がこう働いた。
「この期間が、より自分を奮い立たせるきっかけや上京するきっかけにもなったと思います」
中学を出て、この御方は石川を離れ、東京の高校へ進まれた。
しかも、上京が変えたのは住まいだけではござらぬ。
「気持ちが動いたのは、石川から上京を決めたタイミング。せっかく東京に来たからには、演技もやらなくちゃいけないかな、やってみようと思い」
――それまで「私はモデルをやっていくので」と断っておられた芝居に、ここで手を伸ばされたのでござる。
【未来予想図-願うたことを一つずつ形にされる御方】
ここまでを、一度まとめておこう。
――林芽亜里殿の実家は石川県。名は父母が「亜細亜の里から芽が出る子」として付けた本名でござる。
父母は「笑いのツボが一緒の人がいいよ」と言い、CMの共演には娘御以上に喜ばれた。
小学4年から石川より通うモデルで、撮影が無くなるたびに家で泣き、コロナ禍では地方ゆえに撮影に出られなんだ。
それが上京の切っ掛けとなり、上京が芝居を始める切っ掛けとなった。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、願うたことを一つずつ形にされる御方だとみる。
根拠は、20の齢を迎える直前の言葉と、この秋の仕事でござる。
まず、誕生日の過ごし方をこう語っておられた。
「父も地元・石川から来てくれることになっていて、初めてのお酒は父と、という願いも叶いそうです」
――願いと言うておられる。
しかも「石川は日本酒も有名だから、日本酒にも興味津々です!」と、話がちゃんと故郷へ戻る。
同じ取材で、こうも述べておられた。
「ハタチになって、大学生や会社員役を演じる日もいつか来るのかな……と今からワクワクしています」
お主、ここでござる。
2026年10月8日、MBSにて『おかえり、初恋。』が始まる。
樋口幸平殿とのW主演で、この御方が演じるのは会社員の山根詩織でござる。
高校の同窓会で、10年ぶりにかつての同級生と再会する役じゃ。
――「会社員役を演じる日もいつか来るのかな」と言うてから、一年も経たぬうちにその役が決まったのでござる。
思い返せば、ずっとこの形であった。
「ニコ☆プチ」の次は「nicola」、その次は「ずっと憧れの存在」であった「non-no」。
学園ものに出たいと言えば、高校のうちに『先生さようなら』でそれが叶うた。
――願いを口に出し、その場で泣いたり笑うたりしながら、一つずつ形にしてこられた。
ゆえに吾輩はこうみる。
この御方の次の願いも、また口に出したところから動き出すのでござろう。
願いを口に出す御方は、口に出した分だけ前へ進む
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は石川!?名は亜細亜の里から芽が出る子についてのまとめ】
今回は林芽亜里殿について調査してみた!
一つ。林芽亜里殿の実家は石川県。2005年11月5日のお生まれでござる。
二つ。芽亜里は本名で、「アジア(亜細亜)の里から芽が出る子……ということで付けたと聞きました」と語っておられる。
三つ。父母からは「笑いのツボが一緒の人がいいよ」と言われているとのこと。
四つ。小学4年から石川より通うモデルで、始めは撮影が無くなるたびに「家で泣いていました」。コロナ禍で地方ゆえに撮影に出られなんだことが上京の切っ掛けになったという。
五つ。20の齢の誕生日には「初めてのお酒は父と」という願いを語り、2026年10月8日からは『おかえり、初恋。』で会社員役のW主演を務められる。
吾輩は林芽亜里殿に対して、願いを口に出し、一つずつ形にしてこられた御方、と思ったんだがお主は林芽亜里殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
モデルプレス(“ティーンの憧れ”林芽亜里「non-no」専属モデル抜擢「とんでもなく寂しく悲しい」時期乗り越え“夢の場所”に辿り着けた秘訣・2022年11月18日)
映画ナタリー(「おかえり、初恋。」に高尾颯斗・朝倉あき・藤林泰也ら5名、樋口幸平の金髪カットも到着・2026年9月10日)
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