巷に騒がれる、上白石萌歌殿:己の名の一字がそのまま役の名に入っておった。
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 2000年2月28日、鹿児島県のお生まれ
- 姉君は俳優の上白石萌音殿であられる
- 小学1年から3年までの3年間、メキシコで暮らされた
- 2011年1月、10歳で第7回東宝シンデレラオーディションのグランプリに選ばれる
- 2018年、映画『羊と鋼の森』に出演される
- 2019年、同作にて第42回日本アカデミー賞 新人俳優賞を受けられた
- 2019年9月、adieuの名で音楽活動を本格に始められる
- 2021年6月、連続テレビ小説『ちむどんどん』への出演が公にされる
- 2022年度前期、連続テレビ小説『ちむどんどん』にて比嘉歌子役を務められる
【上白石萌歌の朝ドラは歌子役-名の一字が重なった】
2021年6月、報せが出申した。
翌年前期の連続テレビ小説『ちむどんどん』でござる。
――朝ドラ第106作目。沖縄の四兄妹が本土復帰からの五十年を歩む物語じゃ。
そこに上白石萌歌殿が出られることになった。
――朝の連続ドラマは初めてでござる。
演じられたのは比嘉歌子。
役どころは、こう記されておる。
「比嘉家の末娘であり暢子の妹・歌子。幼いころから病気がちで、強烈にシャイな性格」
「歌をこよなく愛して、父から唄三線の手ほどきを受けるが、恥ずかしいので家族以外の前ではなかなか歌えない」
――家族以外の前ではなかなか歌えないでござる。
歌を愛しておるのに、人前では歌えぬ娘じゃ。
さて、お主。この役の名にお気づきか。
歌子――そして演じる御方の名は萌歌。
本人も、そこに驚いておられた。
「長年の夢であり目標であった連続テレビ小説で私の名前の一部である“歌”のつく役を演じさせていただけること、なにか大きな運命を感じます」
後に、こうも述べておられる。
「自分の名前にある漢字がそのまま役に繋がることは今までなかったので、今まで以上に役へのシンパシーを感じました」
――重なりは、名だけではござらぬ。
「歌子は幼いころから体が弱く恥ずかしがり屋、一方で歌を心の底から愛している女性です」
「私も歌子も歌によって生かされているということから、深く繋がっていけそうな予感が今からしています」
――歌によって生かされているでござる。
この御方は、別の名で歌の道も歩んでおられる。
その御方が、歌う娘の役を得たのじゃ。
そしてもう一つ。
この前の期の朝の連続ドラマでは、姉君が主役を務めておられた。
――姉妹で続けて朝に立たれたのでござる。
作への構えも、静かで良い。
「連続テレビ小説の世界で生きる人物たちは、誰もがひたむきで目の奥に光を感じます。今までも数々の作品に、何度も心を灯してもらってきました」
「私も生き生きとした光を纏えるよう、1日の始まりの活力をお届けできるよう、誠心誠意この作品に向き合って参ります」
【役として歌うのは、己で歌うのと違うた】
さて、実際に演じてみての話でござる。
まず、長さが違うた。
「同じ役と1年間向き合うという経験は今までなかったので、長距離走というかまだまだゴールが先にあって、そこに向かってどうやって自分とリンクさせていくか」
――長距離走でござる。
そのうえ、撮る順が入り組んでおる。
「午前中は16歳だったのに午後は28歳というように時系列も結構バラバラに撮るので、年齢感の難しさというか、自分の年齢を超えた役をやることの難しさを色々感じています」
――朝は十六、昼過ぎには二十八でござる。
そして、この稿の肝はここじゃ。
歌う御方が、歌う役を演じる。
――同じことのようで、まるで違うたという。
「普段、自分が歌う時は限りなく自分に近いと思って歌っているんですけど、やっぱり役として歌う時はその役の心情の延長線に歌があるので、普段歌っている時とは自分の中では全然違うなと思っていて」
しかも、演じる歌子は人前で上手く歌えぬ娘でござる。
「(歌子は)緊張して上手く歌えないことがあるので、足先から肩にのぼってくるようなガチガチの緊張と歌を上手く両立させるためにはどうしたらいいのかというのを自分なりに考えて研究して」
お主、これは難儀でござろう。
上手く歌える者が、上手く歌えぬ様を歌わねばならぬ。
――しかも下手に歌えばよい、という話ではござらぬ。
緊張の中で、それでも歌おうとする姿を出さねばならぬのじゃ。
そして、この一言が良い。
「役としてセリフを発するよりも歌の方が本音な所があったりするので、役の中で歌うということを一番大事にしています」
――歌の方が本音でござる。
人前では話せぬ娘が、歌でだけ本当のことを言う。
そういう役だと掴んでおられたのじゃ。
唄三線にも、初めて触れられた。
「今まで一度も触れたことがなかったので、未知というか、最初は触っているだけで不安になっていたし、三線を弾きながら歌うというのはすごく難しくて」
沖縄ことばにも苦労された。
「なんせ私、鹿児島県出身で沖縄の方言は結構鹿児島弁と似ているので、『鹿児島弁を喋ってしまわないか?』っていう心配はあった」
――似ておるがゆえに、危ういのでござる。
そんな折、沖縄でこういうことがあったという。
「海の近くで三線の練習をしていたら地元の自転車に乗ったおじいさんが『おお、よう頑張ってるな』と言ってくれた」
【未来予想図-本音を歌に預ける者】
ここまでを、一度まとめておこう。
――上白石萌歌殿は2022年度前期の『ちむどんどん』にて比嘉歌子役を務められた。
朝の連続ドラマは初めてで、姉君に続いての出演でござった。
己の名の一字が、そのまま役の名に入っておった。
そして歌う御方が、人前で歌えぬ娘を演じられた。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、本音を歌に預ける型だとみる。
根拠は、あの一言でござる。
「役としてセリフを発するよりも歌の方が本音な所があったりする」
これは歌子の話をしておるようで、この御方自身の話でもござろう。
考えてもみられよ。
この御方は十の齢で審査に受かり、世に出られた。
――そして芝居とは別に、名を変えて歌う道も持っておられる。
なぜ、別の名が要るのか。
――言葉では出せぬものを、歌でなら出せるからではなかろうか。
だからこそ「歌によって生かされている」という言い方が出てくる。
生きるために歌う、ではない。歌に生かされておる、でござる。
そしてもう一つ、この御方の芝居の作り方が面白い。
上手く歌えぬ娘を演じるにあたり、
「足先から肩にのぼってくるようなガチガチの緊張」を作りに行かれた。
――巧さを捨てるのではなく、緊張のほうを作っておられる。
下手に歌えばよいと考えなんだのじゃ。
そこに、この御方の律儀さが出ておる。
沖縄ことばで「鹿児島弁を喋ってしまわないか」と案じたのも同じ。
――近いものほど、丁寧に分けようとされる。
名の一字が重なった役に、これほど噛み合う御方もそうはおられまい。
言葉で出せぬものを持つ者には、歌という逃げ道が要る
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【朝ドラは名に「歌」の字!?姉に続く出演についてのまとめ】
今回は上白石萌歌殿について調査してみた!
一つ。上白石萌歌殿は2022年度前期の連続テレビ小説『ちむどんどん』にて比嘉歌子役を務められた。朝ドラ第106作目、沖縄の四兄妹の物語でござる。
二つ。朝の連続ドラマは初出演で、前の期には姉君の上白石萌音殿が主役を務めておられた。姉妹で続けての出演でござった。
三つ。「私の名前の一部である“歌”のつく役を演じさせていただけること、なにか大きな運命を感じます」と語り、「私も歌子も歌によって生かされている」と述べておられる。
四つ。歌子は「恥ずかしいので家族以外の前ではなかなか歌えない」役。「足先から肩にのぼってくるようなガチガチの緊張と歌を上手く両立させる」ために研究したという。
五つ。「役としてセリフを発するよりも歌の方が本音な所があったりするので、役の中で歌うということを一番大事にしています」とのことでござる。
吾輩は上白石萌歌殿に対して、本音を歌に預けられる御方、と思ったんだがお主は上白石萌歌殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
モデルプレス(<上白石萌歌「ちむどんどん」インタビュー>黒島結菜ら4兄妹との関係性は「本当の兄妹になってきています」歌手ならではの歌の魅せ方とは)
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