巷に騒がれる、信子殿:中学の頃に三種目で県を制された話と、学び舎を巡る来し方について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1992年8月1日のお生まれ
- 本名は大野信子と申される
- 大分県大分市のご出身
- 大分市立上野ヶ丘中学校を出ておられる
- 中学では陸上の部に入り、三種目で県の大会を制された
- 中学三年では部の頭領を務め、選手宣誓もされたという
- 大分県立大分南高等学校は、中退された
- 笑いに惹かれたのは『吉本新喜劇』がきっかけであった
- ワタナベコメディスクール24期のご出身
- 2021年4月、ぱーてぃーちゃんを正式に結成された
- 2025年3月7日、大分市の魅力を伝える顔役に就かれる
- 2026年4月13日、学び直したいとして高校に入り直された
【中学では、三種目で県を制しておられた】

まずは、この御仁の学び舎から参ろう。
――大分市立上野ヶ丘中学校を出ておられる。
そして、ここでの働きが凄まじい。
――陸上の部で、三つの種目にて県の大会を制された。
走り幅跳び、砲丸投げ、そして継走。
――跳ぶ、投げる、走る――全て違う力でござる。
お主、これがどれほどのことか分かるか。
――跳ぶ者は跳ぶ、投げる者は投げるのが常でござる。
使う体の場所も、鍛え方も違う。
――それを、三つとも県の頂まで持っていかれた。
よほど、体が良く出来ておられたのでござろう。
――これは、生まれ持ったものでござる。
しかも、それだけではない。
――中学三年では、部の頭領を務めておられる。
しかも、部の者の多数決で満場一致であったという。
――元の同級生が、そう証しておられる。
満場一致でござるぞ。
――一人の反対も無かったということでござる。
学年の中でも、真ん中に立つ人であられた。
――引っ張る力も、あったのでござろう。
そして、地方の大会では選手宣誓もされたという。
――あの、皆の前で手を挙げて叫ぶ役でござる。
お主、あれは度胸が要るぞ。
――今の芸風の元は、案外ここにあるのかもしれぬ。
人前に立つことを、恐れておられぬ。
――中学の頃から、そうであられたのでござる。
さて、この御仁の身体の能力について、もう少し。
――走り幅跳びでは、Jr.オリンピックにも出ておられる。
ただし、その記録などの詳しい数は残っておらぬ。
――ゆえに、そこは伝聞として申しておく。
だが、県の大会を三種目で制されたのは確かでござる。
――これだけでも、十分に凄まじい。
跳ぶ競いは、瞬発の力を要する。
――投げる競いは、体幹と腕の力でござる。
そして継走は、速さと持久が要る。
――全く違う三つを、同じ体でこなされたのでござる。
お主、これは相当に鍛えておられた証でござる。
――才だけでは、こうはならぬ。
毎日、砂場と土の道を行き来しておられたはずでござる。
――そういう日々が、あの度胸を作ったのでござろう。
笑いの世は、実は体力の世でござる。
――舞台に立ち、収録に走り、深夜まで稽古する。
中学で鍛えた体が、今も効いておるはずでござる。
――お主、体は裏切らぬのでござる。
そして、頭領を務められた話も忘れてはならぬ。
――引っ張る力は、笑いの世でも武器になる。
三人組の中で、この御仁は右の端に立たれる。
――色は、青でござる。
覚えてもらうために、そう決められたという。
――計算して立っておられるのでござる。
ちなみに、この御仁は元々一人で立つ気であられた。
――笑いの学び舎の頃は、そう志しておられたそうな。
だが、周りから「二人で組んだら面白い」と言われる。
――そこから、今の道が始まったのでござる。
己の志と、周りの目。
――時には、周りの目の方が正しいこともある。
お主、頑なになりすぎるでないぞ。
――乗ってみるのも、一手でござる。
【高校は中退。そして33歳で入り直された】

さて、ここからが学歴の肝でござる。
――この御仁、大分県立大分南高等学校を中退しておられる。
つまり、学び舎を途中で離れられた。
――中学であれほど輝いておられた御仁が、でござる。
何があったかは、吾輩には辿れなんだ。
――ゆえに、そこは書かぬ。
だが、この話には続きがある。
――しかも、実に良い続きでござる。
2026年4月13日のことでござる。
――この御仁、「学び直したい」として高校に入り直された。
お歳は、33でござった。
――十五年以上の時を経て、取りに戻られたのでござる。
お主、これがどれほどのことか分かるか。
――大人になってから学び舎へ戻るのは、恥ずかしいものでござる。
周りは、皆ずっと若い。
――しかも、この御仁は顔を知られておられる。
銭にもならぬ。名も上がらぬ。
――むしろ、時を取られるばかりでござる。
それでも、戻られた。
――そして、それを自ら公にされた。
黙って通うことも、出来たはずでござる。
――だが、堂々と報された。
誰かの背を押すことになると、思われたのでござろう。
――お主も、押されておるのではないか。
置いてきたものを、取りに戻る。
――これは、勇気の要ることでござる。
ところで、高校を中退される者は珍しくない。
――だが、十五年後に戻る者は珍しい。
多くは、そのまま忘れてしまう。
――いや、忘れたふりをするのでござる。
思い出すと、少し痛むゆえな。
――だからこそ、蓋をしてしまうのでござる。
この御仁は、その蓋を自ら開けられた。
――しかも、世に知られた身でありながら。
笑われるかもしれぬ。
――だが、笑われることを恐れておられぬ御仁でござる。
頭領を八分でクビになった話も、自ら語っておられる。
――突っ込みを辞めさせられた話も、同じでござる。
格好の悪い話を、隠されぬ。
――だからこそ、学び直しも堂々と報せたのでござろう。
格好をつける者は、戻れぬ。
――格好をつけぬ者だけが、取りに戻れるのでござる。
お主にも、置いてきたものはないか。
――大抵の者は、あるはずでござる。
資格、稽古、言葉、あるいは誰かへの詫び。
――取りに戻るのに、遅すぎるということはない。
33歳で学び舎へ戻られた御仁が、それを証しておられる。
――お主、格好など捨ててしまえ。
捨てた者から、前へ進むのでござる。
――吾輩は、そう思う。
ちなみに、笑いの世に入られたのは学び舎を離れた後でござる。
――ワタナベコメディスクールの24期に入られた。
そこで出会うた者と、後に組を作られる。
――学び舎を離れても、学びは続いておったのでござる。
場所が変わっただけ、ということでござる。
――そして今、また元の場所へ戻られた。
行って、帰って、また行く。
――人の道とは、まっすぐではないのでござる。
【未来予想図-学び直しの先にあるもの】

さて、笑いの道に入られたきっかけも語っておこう。
――毎週土曜の午後に放たれておった『吉本新喜劇』でござる。
学校が終わると、急いで家へ帰られた。
――そして、映し箱の前で待っておられたそうな。
その待つ時が、この御仁の道を決めた。
――お主にも、そういう時間があったのではないか。
そして、尊敬しておられるのは山里亮太殿。
――あの御仁のような突っ込みになりたくて、この道に入られた。
ところが、である。
――今の三人組になってから、突っ込みを辞めさせられたそうな。
志した役を、取り上げられたのでござる。
――だが、それを笑い話として語っておられる。
ワタナベコメディスクール24期のご出身でござる。
――そこで出会うた者と、後に組を作られた。
そして2021年4月、今の三人組が正式に成る。
――そこからは、実に早かった。
2022年の元日、正月の番組で世に知られる。
――そして2025年3月7日、大分市の顔役に就かれた。
中退した学び舎のある県から、名指しで求められる。
――これは、なかなか無い話でござる。
そして翌2026年、その学び舎へ戻られた。
――順序が、実に良いではないか。
先に故郷から認められ、それから学び直しへ。
――焦って戻られたのではないのでござる。
己の足で立ってから、取りに戻られた。
――お主、これが大人の学び直しでござる。
さて、締めに入る前にもう一つ。
――この御仁、一人で立つ時の名も持っておられる。
「アゲみざわ信子」と申されるそうな。
――R-1やTHE Wでは、この名で出ておられる。
組で立ち、一人でも立つ。
――備えを怠っておられぬのでござる。
そして、三人組の決めの型も凝っておる。
――指を組み合わせて、ある名高い紋を模されるのでござる。
これも、覚えてもらうために考え抜かれたもの。
――笑いの世で生き残るには、覚えてもらわねばならぬ。
その一点を、徹底しておられる。
――派手ないでたちも、色分けも、全て狙いでござる。
つまり、この御仁は考える人でござる。
――見た目に騙されてはならぬ。
中学で三種目を制し、部を率い、選手宣誓をされた御仁。
――その芯は、今も変わっておらぬのでござる。
そして、故郷の大分からも認められておられる。
――2025年3月7日、市の魅力を伝える顔役に就かれた。
故郷に恩を返し、そして学び舎へ戻る。
――お主、良い道行きではないか。
学び直しに、遅すぎるということはない。
――この御仁が、それを証しておられる。
最後に、一つ申しておこう。
――この御仁の芸風は、実に派手でござる。
だが、その中身は生真面目であられる。
――「チャラいように見えて、実はちゃんとしておる」。
そう評されることもあるという。
――見た目と中身の落差こそ、この御仁の武器でござろう。
お主も、人を見た目で決めるでないぞ。
――中身は、案外そこには無いのでござる。
【3種目で県大会優勝!?学歴と学生時代についてのまとめ】
今回はぱーてぃーちゃん・信子殿について調査してみた!
吾輩はぱーてぃーちゃん・信子殿に対して、一度置いてきた学びを、33歳で取りに戻られた御仁と思ったんだがお主はぱーてぃーちゃん・信子殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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