巷に騒がれる、すがちゃん最高No.1殿:失敗ばかりの下働きの日々と、笑いは最強だと知られた日について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1991年8月21日のお生まれ。山形県山形市の育ち
- 本名は菅野直人殿と申される
- ジュノン・スーパーボーイ・コンテストに応募されたことがある
- テレビのディレクターを目指し、専門学校のカメラコースで学ばれる
- 卒業後、2年ほど通販番組などのADを務められた
- その後、ワタナベコメディスクールへ入られる(19期の出身)
- 2014年10月、石原涼丞殿とコンビ「パーティーズ」を組んで世に出られる
- 2020年10月、その二人組を解かれる
- 2021年4月、信子殿・金子きょんちぃ殿と「ぱーてぃーちゃん」を結成される
- 2026年8月、山形市より「山形市ラーメン広報大使」を委嘱される
【山形で育った少年時代】
巷ですがちゃん最高No.1殿と申せば、三人組の真ん中で突っ込みを担う御仁じゃ。だがお主、この御仁の歩みを存じておるか。
――これがまた、遠回りの連続なのでござる。
1991年8月21日のお生まれ。そして山形県山形市にて育たれた。本名は菅野直人殿と申される。
――東北の育ちでござる。
本人が語っておられるのは、俳優の溝端淳平殿に憧れて、ジュノン・スーパーボーイ・コンテストに応募されたことがあるということじゃ。結果は「無事、書類で落ちたんですけど」と笑いに変えておられる。
――お主、ここで気づいたであろう。
この御仁は、初めは笑いの道を志しておられなかったのでござる。
見目を競う催しに出るというのは、役者や歌い手の道を思い描いておったということじゃ。
そして高校を出た後、テレビのディレクターを目指して、専門学校のために東京へ出られる。――今度は、作る側でござる。
つまりこの御仁、出る側と作る側の両方を思い描いておられたわけじゃな。
山形という土地についても、少し触れておこう。
雪の深い、静かな土地でござる。――そこから東京へ出て、笑いの道へ入られた。
この御仁が三人組の中で担っておられるのは突っ込みの役どころじゃ。
――そして立ち位置は、真ん中でござる。
真ん中というのは、両側の二人を捌かねばならぬ場所じゃ。――最も骨の折れる立ち位置でもある。
そしてご自身を「なんちゃってイケメン」担当と称しておられるという。
――己を持ち上げつつ、同時に落とす。この匙加減が、実に上手いのでござる。
専門の学び舎で学ばれた内容についても、少し。
この御仁が選ばれたのは、カメラコースであったという。
――つまり、出る側ではなく、作る側を目指しておられた時期がある。
この経験が、後に大きく効いてくる。
いま三人組において、この御仁は話の中身を作る役目も担っておられるのでな。
――どう見せれば面白いか、どこで笑いを取るか。
作る側を学んだ者は、その組み立てが見えておるのでござる。
そして専門学校では、のちに歌謡グループ「SHOW-WA」で世に出る井筒雄太殿と同級生であったという。――良い場におられたわけじゃな。
【失敗ばかりの下働きの日々】
さて、ここからがこの御仁の歩みの核心でござる。
専門学校を出た後、この御仁はテレビの制作の仕事に就かれた。
そして一番多く担われたのが、通販番組のAD(下働き)でござる。
――現場を走り回り、言われたことをこなす立場じゃな。
ところが、である。
この御仁、ご自身のことをこう語っておられる。――「仕事があまりにもできなかった」と。
失敗が、それはもう多かったそうな。
……お主、笑うてはならぬぞ。だがな、ここからがこの話の肝でござる。
雑誌『FRIDAY』(2022年2月11日号)で語られたところでは、失敗が面白かった場合、上役もそれを話の種にして許してくれたというのじゃ。
そしてこの経験から、この御仁はこう気づかれた。
――「笑いって最強だな」と。
お主、これは名言でござるぞ。
叱られて終わるはずの失敗が、面白ければ許される。――笑いには、そういう力がある。
多くの者は、失敗すれば落ち込むだけで終わる。――だがこの御仁は、そこから笑いの力を見つけ出された。
そしてワタナベコメディスクールへ入られる。19期の出身でござる。
――出る側でも、作る側でもなく、笑わせる側を選ばれたわけじゃ。
遠回りに見えるこの道のりが、全て今につながっておるのでござる。
下働きという仕事について、もう少し語らせてくれ。
番組を作る場において、下働きというのは最も下の立場でござる。
早く来て、遅くまで残り、誰も見ておらぬところで走り回る。――そして失敗すれば、叱られる。
多くの者が、この段で辞めていくと聞く。
失敗して叱られる。――だが面白ければ、笑って許される。
これは、笑いの本質そのものでござる。
笑いというのは、場の空気を変える力を持っておるのじゃ。――怒っておる者を、笑わせてしまえば勝ちよ。
その力を、この御仁は叱られる側の立場で身をもって知られた。
――これほど確かな学び方もあるまい。
この言葉には、二つの意味が込められておると吾輩は見る。
一つは、笑いが場を救うということ。――叱られる場が、笑いで許される場に変わるのじゃ。
もう一つは、笑いが己を救うということでござろう。
失敗して落ち込むのではなく、「これは面白い話になる」と考える。――そう思えれば、失敗も怖くなくなる。
芸に生きる者にとって、この考え方は何よりの武器でござる。
――受けぬ日も、滑った日も、全て話の種になるのじゃからな。
【未来予想図-地下から地上へ】
さて、笑いの道へ入られてからの話をいたそう。――これがまた、長い道のりでな。
2014年10月、専門学校時代からの友・石原涼丞殿とコンビ「パーティーズ」を組んで世に出られた。
だが、この時期についてこの御仁はこう語っておられる。
――「肩まで地下に浸かっていた」と。
浮上の気配がまるで見えなかったそうな。
……なんとも上手い言い回しではないか。膝でも腰でもなく、肩まで、である。
そして2020年10月、その二人組は解かれることとなった。――およそ六年でござる。
六年やって、浮上できずに解く。――これは、相当に堪えることでござろう。
普通ならば、ここで道を諦めても不思議はない。
ところがこの御仁は、翌年に動かれる。
2021年4月、ワタナベコメディスクールの後輩である信子殿・金子きょんちぃ殿と組んで、ぱーてぃーちゃんを結成されたのじゃ。
――解いた半年後には、次を組んでおられる。
そしてこの三人組が、当たった。
派手な装いで場を沸かせる形は、いまや誰もが知るところでござる。
この御仁は、その真ん中で突っ込みを担い、さらに話の中身も作っておられる。
――作る側を学んだ経験が、ここで効いておるわけじゃ。
そして近ごろでは、栗谷殿(カカロニ)・Den殿(リンダカラー∞)とのユニット「カリスマスリー」でも動かれ、M-1グランプリにも挑まれておる。
さらに2026年の夏には、山形市から「山形市ラーメン広報大使」まで任されておられる。――地元に認められたということじゃな。
未来予想図を描くとするならば、この御仁はこれからも「作れる芸人」として重宝されていくはずじゃ。
使えぬ下働きであった若者が、笑いは最強だと気づき、六年地下に浸かり、そして地上へ出てこられた。
――こういう話を、吾輩は好むのでござる。
六年の地下という時期について、もう少し。
笑いの世界では、世に出るまでの時期を「地下」と呼ぶことがある。
――客の少ない小さな場で、ひたすら舞台を重ねる日々でござる。
そして多くの者が、そこで終わっていく。
この御仁は、そこに六年おられた。――しかも「肩まで浸かっていた」と語られるほどでござる。
それでも辞めなんだ。
――止まっておる暇が無かったのであろう。
そして組んだ相手が、同じ場所の後輩お二人でござった。
――先輩が後輩と組む。これも、なかなかできることではない。
面子を捨てねばできぬ判断でござる。――そしてその判断が、当たった。
最後に、この三人組の面白さについても触れておこう。
派手な装いで場を沸かせる形は、一見すると軽いものに見えよう。
――だが、その裏ではきちんと組み立てられた話が用意されておる。
そして色分けも、決めの形も、全ては覚えてもらうための仕掛けでござる。
――軽く見せるために、重い仕込みをしておる。
この御仁が真ん中で突っ込みを担い、両側の二人を捌く。
――そして話の中身も作る。
つまり、この三人組の骨格をこの御仁が支えておられるということじゃ。
使えぬ下働きと呼ばれた若者が、いまや一座の骨格を作っておられる。――なんとも痛快な話ではないか。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【失敗ばかりの下働き!?笑いは最強と知った日についてのまとめ】
今回はぱーてぃーちゃん・すがちゃん最高No.1殿について調査してみた!
吾輩はぱーてぃーちゃん・すがちゃん最高No.1殿に対して、失敗ばかりの下働きから、笑いは最強だと知って世に出た御仁と思ったんだがお主はぱーてぃーちゃん・すがちゃん最高No.1殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
スポニチアネックス(2025年1月21日)溝端淳平に憧れジュノンコンテスト応募「無事、書類で落ちたんですけど」
オリコンニュース(2025年12月28日)「就職して2年くらいADやって、芸人なりました」「仕事があまりにもできなかった」
スポニチアネックス(2026年2月3日)専門学校の同級生・井筒雄太「同じカメラコース」
Yahoo!ニュース エキスパート(2022年1月8日)「肩まで地下に浸かっていた」・2021年4月にぱーてぃーちゃん結成
山形市公式(2026年8月4日)山形市ラーメン広報大使に就任
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