巷に騒がれる、花村想太殿:好きなタイプと恋愛観、そして「1人で生きていけそうな人」と語られた訳について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1990年8月15日、兵庫県伊丹市のお生まれ
- 2008年、催しの唄の部門にて頂を取られる
- 2011年7月11日、Da-iCEに加わられた
- 2014年、Da-iCEとして盤で世に出られる
- 2017年から二年、豆の品を広める役に任じられた
- 2019年11月、別の組の企てを始められる
- 2021年、詞を書かれた唄が大きな賞を受ける
- 2022年2月25日、伊丹市の大使に就かれた
- 同じ年、板の作にて新人の賞を受けられる
- 2023年12月、絵の物語の吹き替えにて主演
- 2025年、作曲の賞を受けられた
- 2026年、独りでの歩みも始められる
【本人が語った好きなタイプは「自立している人」であった】

「花村想太殿の好きなタイプは何か」——これを調べに来られた御方が、たいそう多い。
この御方については、ありがたいことに本人が腰を据えて語られた場が残っておる。2024年6月27日、語り場に招かれてのことでござる。酒を酌み交わしながら本音を引き出すという趣向の場でな。
そこで好きな相手の質を問われ、この御方はこう答えておられる。
「しっかりしてる人がいいです。自立している人」
しっかりしておること。自らの足で立っておること。
そして、なぜそうなのかという訳まで、きちんと言葉にしておられる。
「仕事で全然会えないとかなったとしてもどっしりしている人、あと1人で生きていけそうな人の方がいい」
会えぬ日が続いても揺るがぬ御方。ひとりでも生きていける御方。
これは、この御方の暮らしぶりから来ておるのでござろう。世に出て歌い、詞を書き、曲を作り、方々を回る。そういう日々では、思うように会えぬ時期が必ず来る。
だからこそ、会えぬことで崩れてしまわぬ相手を望んでおられる。冷たいのではない。自分の暮らしを分かった上での願いじゃな。
「会いたいと言われるのしんどい」と明かされた訳
同じ場で、この御方はもう一歩踏み込んだことも明かしておられる。
「『会いたい』とか言われるのしんどいですね」
会いたいと言われるのが苦しい、と。
これだけ切り取ると、ずいぶん冷ややかに聞こえよう。だが先の一言と並べれば、話は違うてくる。
会いたいと言われても、応えられぬのじゃ。応えたい気持ちはあっても、仕事がそれを許さぬ日がある。その度に相手を落胆させ、自分も苦しむ。
つまりこれは、相手を疎んじておるのではない。応えられぬ自分に対する苦しさを語っておられるのでござる。
吾輩はここに、この御方の律儀さを見た。応えられぬ約束を軽々しく交わさぬ。先に「自分はこうだ」と申し上げておく。
18で頂に立ち、そこから長く歌ってこられた御方じゃ。仕事に注ぐ力の量を、自分でよう分かっておられるのであろう。
外見は気にせぬと言いつつ、一目惚れが多いという矛盾
さて、ここからが面白いところでな。
外見について問われ、この御方はこう答えておられる。「気にしなくないですね」
見た目は気にせぬ、と。
ところが、その舌の根も乾かぬうちに、こう続けられるのじゃ。
「僕も一目惚れの方が多いですね、多分」
一目惚れが多い、と。
見た目は気にせぬのに、一目で惚れる。これはどういうことか。
この御方自身も、そこに気づいておられたらしい。こう言い添えておられる。
「好きになるかならないか、興味を持てるか持てないかって外見が第一に入ってくる」
好きになるかどうか、その入り口には結局のところ見た目が来てしまう、と。
吾輩はこの正直さに唸った。「見た目は気にせぬ」と言うのは容易い。だがこの御方は、そう言った直後に自ら覆してみせた。
見栄を張るより、思うたままを言う。人前で話す仕事を長くやってこられた御方が、ここまで無防備に語られるのは珍しいことでござるよ。
【祝言を望みながら、踏み出せぬと語られたこと】

祝言への望みについても、語っておられる。
「若い頃から割とあるんですよ。早く結婚したいなって思ってたし」
早く所帯を持ちたいと、若い頃から思うておられた、と。
ところが、そこで話は終わらぬ。なぜ踏み出せぬのかを、これも正直に明かされておるのじゃ。
「自分が目の前で一生懸命やっている仕事をちゃんと自分の中で完結するというか、しっかり自分の中で納得して今なら結婚してもいいかなと思える状況じゃないと踏み出せない」
仕事に区切りが付き、自分で得心がいかねば、その一歩は踏み出せぬ、と。
そして、こうも言い切っておられる。「そもそも自信がない」
自信が無い、と。世に名の知れた御方が、である。
その先に続く言葉が、また地に足が付いておってな。「音楽だけでは難しいと思うし違う事業とか色んなところでお金を稼ぐ方法を考えなくちゃいけない」
歌だけでは家を支えきれぬかもしれぬ。ならば他の道も考えねばならぬ。そこまで見据えた上で、まだその時ではないと判じておられるのじゃ。
望みが無いから踏み出さぬのではない。望みがあるからこそ、生半可では踏み出さぬ。そういう御方でござる。
若き日の別れと、そこで負うた傷
最後に、この御方が若き日に負われた傷について。
十代の終わりから二十代の初め頃、地元に想う相手がおられたという。
「地元に好きな子がいてその子が彼女で東京に出てきてくれて」
その御方は、この御方を追って江戸まで出てきてくださったそうじゃ。
ところが、当時のこの御方には、その気持ちに応えるだけの余裕が無かった。
「何もしてあげれなくて実家に帰っちゃったんです」
何もしてやれぬまま、相手は郷里へ帰られた。
そのとき言われた一言も、この御方は覚えておられる。「優先順位が下がっている」と。
そして、その後のことをこう振り返っておられる。
「相当引きずりましたね、それは。若かったのでまだ全然10代後半とか20代前半とか、向こうも若かったので」
相当に引きずった、と。しかも、自分だけでなく相手も若かったのだと、相手のほうを庇う言葉まで添えておられる。
ここまで並べてくると、先の言葉の重みが変わってこよう。「1人で生きていけそうな人がいい」も、「会いたいと言われるのしんどい」も、「納得しないと踏み出せない」も、すべてこの一件と地続きではあるまいか。
応えられなんだ悔いが、いまの構えを作っておる。吾輩にはそう読めた。
「好きなタイプ」を探しに来られた御方へ。この御方が語られたのは、顔立ちや装いの話ではなかった。会えぬ日にも揺るがぬ人であること。そして、そう願うに至った若き日の傷のことでござる。
【未来予想図-独りでの歩みも始められた】

さて、ここからはこの御方の歩みを見ておこうぞ。恋の答えと、地続きでござる。
一人で生きていける御方がよい、と語っておられた。……寄りかからぬ相手を望まれる、ということでござる。
ならばご自身はどうか。こちらも、独りで立てる御方でござった。
2023年12月、海の向こうの大きな映しの作で吹き替えの主演を務められた。菓子を作る者の物語でござるな。唄も入り混じる作ゆえ、この御方に合うておった。
……しかも、声の仕事は初めてであったという。初めてで、主演でござるよ。
2025年には、唄芝居の主役も再び務められた。三年ぶりの、同じ役でござる。
作る側にも回っておられる。四つの音域を出す声を持ち、曲も書かれるのじゃ。
郷里との縁も深い。2022年2月25日には、生まれた町の大使に就いておられる。
……生まれた町から、顔として乞われる立場でござるよ。
そしてもう一つ、面白い大使も務めておられる。2017年から二年続けて、納豆を盛り上げる役目でござる。
……好むものが納豆と菓子だという。好きなものが、そのまま役目になったわけじゃ。
一人で生きていける相手を望む御方は、己も方々で独り立ちしておられる。
引いた言葉の出どころ
YouTube「BESHARIZAKE/べしゃり酒」2024年6月27日出演
【好きなタイプ!?1人で生きていける人についてのまとめ】
今回は花村想太殿について調査してみた!
好きなのは「しっかりしてる人」「自立している人」であり、「1人で生きていけそうな人の方がいい」と語られたこと。そして「『会いたい』とか言われるのしんどいですね」と明かされたこと。
外見は「気にしなくないですね」と言いつつ「僕も一目惚れの方が多いですね、多分」と続け、自ら覆してみせたこと。
祝言への望みは若い頃からあるが「そもそも自信がない」と正直に語り、仕事に得心がいくまで踏み出せぬとされたこと。
そして十代の終わり頃、江戸まで出てきてくださった相手に何もしてやれず「相当引きずりましたね」と振り返っておられること。
いずれも2024年6月27日の語り場にて本人が語られ、翌28日に報じられたものでござる。
吾輩は花村想太殿に対して、応えられなんだ悔いが、いまの構えを作っておる御方、と思ったんだがお主は花村想太殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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