【山田孝之】数分で返信!?惚れ込んだら即動く情熱の正体

山田孝之 怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、山田孝之殿:『勇者ヨシヒコ』の誘いに数分で返事をされた話について、

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

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  • 1983年10月20日、沖縄県那覇市のお生まれ
  • 1999年、『サイコメトラーEIJI2』で世に出られる
  • 2002年、CDを出して歌い手としても世に出られた
  • 2003年、『WATER BOYS』で連続の初主演を務められる
  • 2004年、エランドール賞の新人賞を受けられた
  • 2005年、『電車男』で映画の初主演を務められる
  • 2007年、『クローズZERO』で荒々しい役を演じ始められた
  • 2010年、米国の媒体で「世界の注目俳優10人」に挙げられる
  • 2011年、ニューヨーク・アジア映画祭で「スター・アジア・ライジング・スター賞」を受けられた
  • 2014年、『フル・モンティ』で初舞台を踏まれる
  • 2016年、TEEの『恋のはじまり』の映像で初めて監督も務められた
  • 2019年、綾野剛殿らと組むTHE XXXXXXで初のワンマン公演を開かれた
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さて、この御方の「熱」の元を探ってみよう。

――15歳の頃は、女の子と間違われてスカウトされたほどの美少年であった。

だがご本人は、それを嫌うておられたという。

――「男らしくなりたいと思って」と語っておられるのでござる。

そして、己の顔を叩いて髭を濃くしようとされた。

――しかも、実際に濃くなったのだという。

これが、この御方の熱の原型でござろう。

――なりたい姿があれば、体まで作り替えられるのでござる。

後に、髭は代名詞にまでなっていく。

――2010年、『のぼうの城』で武将・大谷吉継を演じるため、揉み上げまで伸ばされた。

当時は珍しがられたが、その後も貫かれた。

――付け髭ではなく、己の毛で演じ続けられたのでござる。

『闇金ウシジマくん』の丑嶋の髭も、ドラマの第一作から己の毛でござった。

――結果として、髭がこの御方の印になったのでござる。

役のために、己の見た目を作り替える。

――これを情熱と呼ばずして、何と呼ぶのでござろうな。

さて、まずは一つ目の逸話から参ろう。

――『勇者ヨシヒコ』という作の話でござる。

作り手は、山田孝之殿にやってほしいと思うておられた。

――だが、その企ては難しいものでござった。

前例の無い形の作であり、深き夜の枠でもござった。

――主役を決めるのに、大層難儀しておられたそうな。

そこで作り手は、反則を承知で一手を打たれる。

――事務所を通さず、ご本人へ直に文を送られたのでござる。

駄目で元々、という気持ちであられたという。

――ところが、返事はわずか数分で戻ってきた。

その文の中身が、また良いのでござる。

――やりたい仕事なら、局も時間帯も一切問わぬと述べられた。

詳しい話を聞かせてくれ、と申されたそうな。

――数分でござるぞ。考える間も無いではないか。

そして事務所も、快く許されたという。

――この作は好評を得て、続きまで作られたのでござる。

さらに、その作は名高いゲームの作りを真似ておった。

――ゆえに、元の会社へ許しを得に行く必要があった。

その場にも、山田孝之殿は自ら同席されたという。

――役者が、許しを得る場にまで出向かれるのでござる。

これは、ただ出るだけの者には出来ぬ働きでござる。

――作を、己の物として背負っておられるのでござるな。

さて、この御方の速さについてもう少し語ろう。

――数分で返事、という話をしたであろう。

これがどれほど珍しいか、考えてみられよ。

――普通は、事務所を通し、日程を見て、条件を詰める。

返事まで、数日から数週かかるのが常でござる。

――それを、本人が数分で返されたのでござる。

しかも、局も時間帯も問わぬと明言された。

――条件ではなく、中身で選ぶという宣言でござるな。

深き夜の枠であろうと、構わぬというのでござる。

――これは、なかなか言える言葉ではござらぬ。

そしてその作は、続きが作られるほど好まれた。

――見立てが正しかった、ということでござる。

熱があるだけでなく、目も確かなのでござるな。

――これが、この御方の恐ろしいところでござる。

さらに、許しを得る場にも自ら出向かれた。

――役者が、そこまでやる必要は本来ござらぬ。

だが、作を守るために出て行かれたのでござる。

――惚れ込んだ物を、己で守りに行く御方なのでござるよ。

ちなみに、この作の名も記しておこう。

――『勇者ヨシヒコと魔王の城』と申す作でござる。

2011年に世に出て、続きも二度作られた。

――直に文を送った作り手の、見立ての勝ちでござるな。

そしてこの作り手とは、後に舞台でも組まれておる。

――2014年の初舞台の、演出を担われたのでござる。

一度の縁が、長い付き合いになったのでござる。

――数分の返事が、十年の縁を作ったわけでござるよ。

さて、二つ目の逸話も紹介しておこう。

――2010年、『GANTZ』という作の話でござる。

山田孝之殿は、別の映画を撮っておられた最中でござった。

――その隣で、この作の衣装合わせが行われておった。

そこへ、ふらりと顔を出されたのでござる。

――そして「うわぁ、GANTZいいなぁ」と申された。

実に、正直な感想でござるな。

――すると作り手が「じゃ、出てくださいよ」と返された。

それで、出演が決まったのでござる。

――これは、ご本人が会見で明かされた話でござる。

羨ましいと口に出す。ただそれだけでござる。

――だが、それが道を開くこともあるのでござるよ。

黙って羨んでおっても、何も起きぬ。

――口に出す者にだけ、次が来るのでござるな。

さて、この御方の今後を占ってみようではないか。

――吾輩、作る側での働きにこそ注目しておる。

既に、その兆しはあちこちに出ておるのでござる。

――2016年、曲の映像で初めて監督を務められた。

翌2017年には、会社を興して役員にも就かれておる。

――人の催しを動画で売る「me&stars」という場を作る会社でござった。

演じるだけでは、収まらぬ御方なのでござるな。

――さらに、己を題材にした変わった作も手掛けられた。

赤羽の町に入り込み、その様を作品にされておる。

――映画祭を目指す姿まで、作品にされたのでござる。

作る側と映される側を、同時にやってのけられた。

――これは、相当に頭の回る御方でなければ出来ぬ。

そして2019年、綾野剛殿・内田朝陽殿と組むバンドTHE XXXXXXで、初のワンマン公演を開かれた。

――結成から六年越しの、念願の舞台でござった。

惚れ込んだら、自分でやってしまわれる。

――この情熱の向く先は、まだまだ広がるのでござるよ。

さて、吾輩の見立てを申しておこう。

――この御方の情熱とは、作品への熱のことでござる。

惚れ込んだ物へ、迷わず飛び込む力のことでござる。

――この御方は、それを数分でやってのけられる。

お主も、心が動いた時は迷わず動いてみられよ。

――数分の返事が、道を変えることもあるのでござるからな。

ちなみに、演じ手としての評も添えておこう。

――2012年度のヨコハマ映画祭で、助演男優賞を受けておられる。

しかも、『その夜の侍』『のぼうの城』『悪の教典』の三作が並んでの受賞でござった。

――一年で三作、いずれも印象が違う役でござる。

熱があるだけでなく、幅も広いのでござるな。

――この二つが揃う者は、そう多くはござらぬ。

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【吾輩からの一言】

人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。

とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。

英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。

▶ カレントボディ公式サイト

今回は山田孝之殿について調査してみた!

吾輩は山田孝之殿に対して、惚れ込んだら数分で動く、実に真っ直ぐな熱を持つ侍と思ったんだがお主は山田孝之殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

引いた言葉の出どころ

ホミニス(2019年4月22日)福田雄一監督が事務所を通さず直接メールで『勇者ヨシヒコ』の主演を頼んだ

ぴあ(2010年8月5日)『GANTZ』製作報告会見「うわぁ、GANTZいいなぁ」

オリコンニュース(2010年10月28日)『のぼうの城』大谷吉継役でもみ上げ

シネマカフェ(2016年8月8日)丑嶋のヒゲは地毛

The Hollywood Reporter(2011年6月1日)Star Asia Rising Star Award

MOVIE WALKER PRESS(2013年2月3日)ヨコハマ映画祭 助演男優賞

オリコンニュース(2017年9月5日)me&starsを設立し取締役CIOに

BARKS(2019年4月26日)THE XXXXXX 初ワンマン

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