巷に騒がれる、山田孝之殿:鹿児島の実家と、二人の姉上・母上の故郷について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1983年10月20日、沖縄県那覇市のお生まれ。母上は沖縄・宮古島のご出身
- 父上の故郷の鹿児島県で、15年ほど育たれる
- 中学3年の2学期の終業後、家族とともに鹿児島から上京し、東京の中学校へ転入
- 1998年、原宿でスカウトされる
- 1999年、ドラマ『サイコメトラーEIJI2』で俳優デビュー
- 2012年1月1日、かねてから交際していた女性との婚姻届の提出をご本人が報告
- 2012年11月24日、映画『ミロクローゼ』の初日舞台挨拶で、姉の椿かおり殿との共演を明かす
- 2018年11月13日、テレビ東京『チマタの噺』で、鹿児島で喫茶店を営んでいた父上の話をされる
- 2019年、母上が亡くなる(ご本人の話)
- 2024年11月22日、TBS『A-Studio+』で、沖縄に引っ越して家を作ったと明かす
- 2025年11月3日、山崎育三郎殿のYouTubeで、沖縄移住のきっかけは母上の遺言と語る
- 2026年11月3日、NHK総合『ファミリーヒストリー』で一族の歩みが取り上げられた
【山田孝之の実家は鹿児島-父上は蔵を改装した喫茶店】
山田孝之殿の実家は、父上の故郷の鹿児島県。お生まれは母上の故郷の沖縄で、そこから鹿児島で15年ほど暮らされたと、2025年11月4日のオリコンニュースは伝えておる。
その実家の顔は、父上が営んでおられた喫茶店でござる。2018年11月13日のテレビ東京『チマタの噺』で、ご本人がこう振り返っておられる。
「親父は鹿児島にいたときに、蔵を改装した喫茶店をやっていました。壁は全部小説で、骨董品だらけ。すごいかっこよかったんですよ」。
店にはターンテーブルがあり、昔のロックやジャズのレコードがずらり。写真も好きで、暗室を作って自分で現像までしておられたという。ご本人の言葉を借りれば「趣味の人だったんです」。
テレビ東京の番組紹介も、父上を「アーティスティックなお父さん」と記しておる。今でも父上から「来年はストリートライブの旅に出ようと思います」と連絡が来るそうな。
では、実家は金持ちなのか。
――金持ちと言い切れる出典は、一つも見当たらぬ。
ご本人が実家のお金の話をされた記事も無い。出てくるのは豪邸ではなく、小説と骨董とレコードに囲まれた趣味人の父上の店でござる。
住まいについては、こんな言葉が残っておる。2025年11月3日に始まった山崎育三郎殿のYouTube『どうも、山崎育三郎です。』の1本目で、こう語っておられる。
「そもそも、15で東京に出たけど、その時からずっと変わっていないのは、東京に家を建てるとか、買うとかいう選択肢は、今まで一度も、1%もなかった」。
――東京で売れても、根を張る地は東京ではなかったのでござる。
血筋の話もある。2026年11月3日(火)夜7時30分のNHK総合『ファミリーヒストリー』が、山田孝之殿の一族を取り上げた。番組の紹介によれば、父方のルーツは鹿児島県で、「薩摩藩を治めた名門武家、島津家とのつながりが初めて明らかに」。曽祖父は「屋久島でヒーローとなった伝説の警察官」であったという。
番組の冒頭、ご本人は先祖を「山田家って全国にいるじゃないですか。マジ平民。もしくは罪人」と見ておられた。ところが山田家の戸籍にある最も古い先祖は、江戸時代後期に今の鹿児島県薩摩川内市で暮らし、島津家から「山守」に任じられていたとサンスポは伝えておる。
曽祖父が警察官であったことを知ったご本人は、「罪人どころか、まさか。すごい立派な警察官でしたね。こんなしっかりしたご先祖様たちだったのか。もうちょっと頑張ります」と苦笑いされたそうな。
……番組の言葉は「つながり」まででござる。家が裕福であったかどうかは、そこからは分からぬ。
【姉上は椿かおりとSAYUKI-「結局みんな親父の影響だよね」】
山田孝之殿は三人きょうだいの末っ子。ナタリーのプロフィールにも「歌手のSAYUKI、女優の椿かおりを姉に持つ」とある。
先の『チマタの噺』では、姉上たちとの話をこう明かしておられる。
「姉2人がいるんですけど、30代になって話したときに、長女は女優、次女もミュージシャンと芝居をやっていて、『結局みんな親父の影響だよね』っていう話になりました」。
――喫茶店の父上の背中が、三人を表に立つ道へ押したのでござるな。
末っ子に火を点けたのは、姉上でござった。2023年10月28日の双葉社『THE CHANGE』で、ご本人は15歳の頃を語っておられる。ストリートモデルをしていた姉上がギャル雑誌の表紙を飾り、それを見て「悔しい!」と思われたのじゃ。
「うちの姉ちゃんなんか、普通だぞ。あんな普通の人が雑誌の表紙をやれるんだったら、俺だってなれるに違いない!」。
そして中学3年の2学期の終業後、家族とともに鹿児島から上京し、東京の中学校へ転入された。同じ記事でご本人はこう振り返る。「鹿児島の田舎に住む15歳の中学生にとって、それが人生のもっとも大きな変化、転換期だったと言えるんじゃないかな」。
1998年には原宿でスカウトされ、1999年にドラマ『サイコメトラーEIJI2』で世に出られた。転入した後の高校受験の顛末は、【山田孝之】昼寝で不合格!?学歴と高校へ進まなかった訳に記してござる。
姉上のお二人も、それぞれの名で立っておられる。SAYUKI殿は2000年にシングル「Bounce With Me」でメジャーデビューした歌い手、椿かおり殿は女優でダンサーでござる。
姉弟が同じ作に出たのが、2012年11月24日公開の映画『ミロクローゼ』。椿かおり殿が遊女役で出ておられたが、ご本人も台本を見て初めて知ったという。姉上へ送ったメールは「ついに共演ですな」。
それでも「現場が変な感じになるのも良くないので、あえて周囲には黙っていた」と映画.comは伝えておる。撮影が終わってから、監督にだけ伝えられたそうな。
姉上の側からも、弟君の話が出ておる。2018年9月18日のTBS『有田哲平の夢なら醒めないで』で、椿かおり殿は、オーディションで弟への「橋渡し」を頼まれても乗らぬ訳をこう語られた。「悪いなと思っちゃう、弟もがんばってきたから」。弟君からスカーフやバッグを贈られることもあるという。
三人は今も集われる。2015年1月4日、SAYUKI殿がInstagramに三姉弟の写真を出し、「久しぶりの山田3姉弟揃って誕生日会」と添えられた。ファンからは「そんな山田ファミリーが大好きです」の声も。三人まとめて推しておるお主なら、推し活の買いどき帳で推し活の品を見繕うのも一興でござる。
家族の顔ぶれをまとめれば、鹿児島で喫茶店を営んだ父上、沖縄・宮古島ご出身の母上、二人の姉上、そして末っ子の山田孝之殿じゃ。ご本人は2012年1月1日に、かねてから交際していた女性との婚姻届の提出を報告しておられる。
【未来予想図-母上の遺言で、母の故郷・沖縄へ】
今の住まいは沖縄でござる。2024年11月22日のTBS『A-Studio+』で、「3年ぐらい前に沖縄に引っ越して、家を作って」と明かしておられる。
その訳を語ったのが、先の山崎育三郎殿のYouTubeでござった。「あと、やっぱり一番大きかったのは母だな」。
母上は2019年に亡くなり、最期にこう託されたという。「どうしてもお願いです。私はおじーとおばーと同じお墓に入りたい」。
しきたりを重んじて難色を示す親戚もあったが、ご本人は「本人の最期の願いをかなえてあげるべきなんじゃないか」と掛け合われた。母上は願いどおり沖縄に眠り、それが移住のきっかけになったのでござる。
育った鹿児島へ戻らなかった訳も語っておられる。「育ったのは鹿児島だけど、鹿児島に住むって言うのが…。住んでたからさ、そこにもう一度戻るっていうのも俺の中でしっくりこなくて」。
ここからは吾輩の見立てじゃ。
――鹿児島の父上からは表す心を、宮古島の母上からは帰る地を受け継がれた御方でござる。
姉上に火を点けられて15で東京へ出て、東京には家を持たず、母上の眠る島に家を建てられた。
11月3日の『ファミリーヒストリー』の副題は、母方の先祖の「不屈の精神“アララガマ”」。父方には島津家とのつながり、母方には宮古の不屈の心。NHKの取材秘話によれば、「アララガマ」とは「負けてたまるか」という意味の言葉。ご本人は番組の最初の聞き取りで、「自分には“台風DNA”がある」と語っておられたという。
番組では、母上の生前の電話の音声も紹介された。VTRを見届けたご本人は「(母が)ずっと近くで見守ってくれてる感じはありますね」。母上へは「ちょっと心配になるかもしれないけども、まあ大丈夫」と言葉を向けておられた。
父上の自主制作映画のテープも見つかった。ご本人は、父上が映画を作っていたことも知らなかったそうな。……番組が明かした一族の話は、この御方の次の作にもきっと響いてこよう。
吾輩の見立てでは、いつか山田孝之殿が形にされるのは、鹿児島の喫茶店と、宮古島の墓をつなぐ家族の物語でござる。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は蔵を改装した喫茶店!?母の遺言で沖縄へについてのまとめ】
今回は山田孝之殿について調査してみた!
山田孝之殿の実家は父上の故郷・鹿児島。父上は蔵を改装した喫茶店を営む「趣味の人」で、実家が金持ちだと示す出典は無い。
姉上は女優の椿かおり殿と歌手のSAYUKI殿。三人そろって表に立つのは、ご本人いわく「結局みんな親父の影響だよね」。
母上は宮古島のご出身。2019年に亡くなった母上の遺言が、沖縄移住のきっかけになった。
2026年11月3日の『ファミリーヒストリー』では、父方の山田家に島津家とのつながりが伝わることが紹介された。
吾輩は山田孝之殿に対して、父の店で表す心を覚え、母の島を帰る地と定めた御方と思ったんだがお主は山田孝之殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
NHK ファミリーヒストリー「山田孝之 〜不屈の精神“アララガマ”」
NHK ファミリーヒストリーからのお知らせ(2026年11月3日)取材秘話
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