巷に騒がれる、真木よう子殿:千人の中から五人に選ばれ、無名塾で学ばれた日々の話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1982年10月15日、千葉県のお生まれ
- 1998年、仲代達矢主宰の「無名塾」の門を叩いてこの道に入られた
- 2006年、映画『ゆれる』で第30回山路ふみ子映画賞 新人女優賞を受けられる
- 2012年、ドラマ『運命の人』でも助演女優賞を受けられた
- 同じ年、エランドール賞の新人賞も受けられる
- 2013年、映画『さよなら渓谷』で主役を務められた
- その働きで、数多の賞を得られたのでござる
- 同じ年、映画『そして父になる』でも脇を固められた
- 2014年3月7日、第37回日本アカデミー賞で『さよなら渓谷』最優秀主演女優賞と『そして父になる』最優秀助演女優賞を得られる
- 主演と助演を、同じ年に得られたのでござる
- 2018年にも、映画『孤狼の血』で優秀助演女優賞に選ばれた
- 2013年、ルイ・ヴィトンの街頭広告に日本人で初めて起用された
- 小学五年の折、映画『REX 恐竜物語』を観て志を立てられた
【千人の中から五人に選ばれる】
巷で真木よう子殿と申せば、あの芯の通った眼差しと、確かな芝居で知らぬ者はおるまい。
1982年10月15日、千葉県のお生まれ。
――四人きょうだいの、ただ一人の娘であられる。
さて今宵、吾輩が語りたいのは始まりの話でござる。
――この御仁が、演じる道に入られるまででござる。
話は小学五年の頃に遡る。
安達祐実殿が主演された映画『REX 恐竜物語』でござった。
――そしてそこに、同じ年頃の娘が出ておった。
その姿を見て、心を動かされたという。
――己も、この道に入りたいと強く思われたのじゃ。
お主、一つの映画が道を決めたのでござる。
――なんとも、良き話でござるな。
さて、そして中学を出られた1998年。
――この御仁は、無名塾の門を叩かれた。
それは、名優が主宰される俳優の養成の塾でござる。
――玄人を育てる、厳しき塾として知られておる。
そして、その選びが厳しい。
――応じた者は、およそ千人であったという。
そして通ったのは、わずか五人でござった。
――お主、二百人に一人でござるぞ。
その五人の中に、この御仁がおられた。
――十五、六の娘がでござる。
吾輩は、これを聞いて唸ったわ。
――よほどの何かを、持っておられたのでござろう。
さて、この御仁は男の兄弟に囲まれて育たれた。
そしてご本人も、こう自認しておられる。
――「男っぽい」「気が強い」とな。
お主、正直な御仁でござるな。
――そしてその気の強さが、道を切り開いたのじゃ。
さて、この御仁がこの道を志された頃のこと。
――役者になりたいと母君に相談されると、無名塾を受けてみよと勧められたという。
だが父君には、強く反対されたとか。
――だがこの御仁は、諦められなんだ。
そして、粘りに粘って許しを得られたのでござる。
――お主、これは相当な意志でござるな。
十五の娘が、父君を説き伏せたのじゃ。
――なんとも、逞しい話でござる。
さて、この御仁が観られた映画について申しておこう。
――1993年に世に出た、『REX 恐竜物語』でござる。
そこに出ておった同じ年頃の娘が、輝いて見えた。
――そして、己もと思われたのじゃ。
お主、憧れは人を動かすものでござるな。
――吾輩は、幾度でも申すぞ。
さて、この御仁は幼き頃から気が強かったという。
――男の兄弟の中で、育たれたゆえでござろう。
そしてその強さが、この道を選ばせた。
――反対を押し切って、進まれたのでござるからな。
お主、並の娘には真似できぬ。
――吾輩は、そう思うておる。
さて、この御仁の同期には、後に名を成す滝藤賢一殿もおられた。
――五人しか通らなんだ年の、その五人でござる。
つまり、粒揃いであられたのじゃ。
――お主、良き年でござったな。
互いに、競い合われたのでござろう。
――それが、皆を育てたのじゃ。
さて、この御仁は幼き頃、空手も習うておられたという。
――三月ほどであったとか。
そして中学では、陸上部におられた。
――体を動かすのが、得意であられたのじゃ。
これは、後の芝居にも活きよう。
――立ち回りも、こなされるのでござるからな。
【二年目で大きな役に抜擢される】
さて、その塾での日々を辿ってみようぞ。
――滝藤殿ら同期とは、年が離れておったという。
そしてこの御仁は、芝居に没頭された。
――寝ても覚めても、芝居であられたのじゃ。
そして入って二年目、大きな機が巡ってくる。
――ゴーリキーの『どん底』に、出られたのでござる。
底の底に生きる者らを描いた、あの劇でござるな。
――そこで、ナターシャという重要な役に抜擢されたのじゃ。
お主、二年目でござるぞ。
――これは、破格の扱いでござる。
そして半年にわたる旅の公演にも、回られた。
――諸国を巡って、演じ続けられたのでござる。
さらに主宰の御仁は、この御仁の才を絶賛された。
――公演の刷り物の中で、そう記されたという。
お主、これは誉れでござるな。
――大御所が、認められたのでござるからな。
さて、だが物事は上手くばかりは運ばぬ。
――ある行き違いが、起きたのでござる。
この御仁は塾で一番年下で、皆と走るといつも遅れてしまわれた。
――迷惑にならぬよう、皆より一時間早く走られたのじゃ。
そして先に発声の稽古をし、皆を待っておられた。
――だが、それが誤って伝わってしもうた。
怠けたと思われ、主宰の御仁が怒られたという。
――お主、これは無念でござるな。
そしてこの御仁も、納得がいかなんだ。
――母君と共に謝りに五度ほど通われたが会えず、そのまま塾を去られたのでござる。
さて、無名塾というのは厳しい所でござる。
――合宿があり、朝の走りが日課であったという。
そして稽古も、朝から晩まででござろう。
――十代の娘には、堪えたであろうな。
だがこの御仁は、年上の皆に迷惑をかけまいと思われた。
――それが、あの行き違いの元でござる。
お主、皮肉な話でござるな。
――気遣いが、災いしたのでござる。
さて、二年目で大きな役を得るというのは、
――よほど、目に留まったということでござる。
塾には、先輩も数多おられよう。
――その中から、選ばれたのじゃ。
そして半年の旅の公演にも、回られた。
――これは、鍛えられたであろうな。
毎日、違う場所で演じるのでござるからな。
――お主、良き修行でござった。
さて、無名塾では玄人を育てる。
――ゆえに、生半可な者は残れぬのでござる。
そしてこの御仁は、二年で頭角を現された。
――これは、才があった証でござろう。
そして主宰の御仁も、それを見抜かれた。
――だからこそ、大きな役を任されたのじゃ。
さて、旅の公演というのは過酷でござる。
――宿を移り、また演じるのでござるからな。
そして半年でござる。
――十七、八の娘には、堪えたであろう。
だが、そこで鍛えられた。
――いまの芝居の土台は、そこでござろう。
さて、無名塾の主宰は、名優の仲代達矢殿でござる。
――その目に留まるというのは、大変なことじゃ。
そして、絶賛までされた。
――お主、これは誇ってよいことでござるぞ。
【未来予想図-十数年後の言葉】
さて、ここからが今宵の一番良い話でござる。
――それから十数年、挨拶もされなんだという。
行き違いのまま、時が過ぎたのでござる。
――お主、切ない話でござるな。
だが2013年7月、思わぬことが起こる。
――仲代殿が、報知新聞の記者にこう語られたのじゃ。
――「無名塾を去った人も、活躍を聞けばうれしい。真木さんに会ったら『おめでとう』と伝えてほしい」と。
お主、これでござる。
――十数年を経て、祝いの言葉を託されたのでござる。
吾輩は、ここで胸が熱くなったわ。
――ずっと、見ておられたのでござろう。
そして同じ年の12月、報知映画賞の表彰式で、この御仁も応えられた。
――「無名塾でお芝居の面白さとか、役者の面白さを全部教えてもらった」と。
そして、こう続けられた。
――「いつかごあいさつができる日が来たら」。
――「ありがとうございましたと、きちんと言いにいきたい」とな。
お主、これは良き話でござるな。
――吾輩は、少々目頭が熱くなったわ。
行き違いのまま別れた師と弟子が、十数年を経て言葉を交わす。
――なんとも、美しい話でござる。
そしてこの御仁は、恩を忘れておられなんだ。
――そこが、この御仁の芯でござろう。
お主も、この御仁の行く末を見守られよ。
さて、塾を去られた後もこの御仁は歩まれた。
――そして、数多の賞を受けるまでになられたのじゃ。
つまり、道を誤られなんだのでござる。
――お主、これが何よりの答えでござろう。
そして主宰の御仁も、それを見ておられた。
――だからこそ、祝いの言葉を託されたのじゃ。
さて、この御仁は恩を語れる御仁でござる。
――行き違いのまま去った塾のことを、悪く言われぬのじゃ。
むしろ「全部教えてもらった」と語られた。
――お主、これは器の大きさでござるな。
そして、いつか礼を言いに行きたいと申された。
――2023年秋の取材でも「謝りたいと思っているんですけど、その機会もなく」と語っておられた。
――そして2025年11月、仲代殿は九十二で世を去られた。
さて、この御仁は塾を出た後、独りで歩まれた。
そして数多の作に出て、賞まで得られた。
――お主、これは己の力でござるな。
塾に残っておれば、また違う道もあったろう。
――だが、この道もまた正しかったのでござる。
さて、この御仁は仲の良き御仁らもおられる。
――映画『パッチギ!』で共演した江口のりこ殿とは、芸能界で一番仲が良いと伝えられておる。
大久保佳代子殿からは「近寄りがたい雰囲気はあるが、実はとてもチャーミング」との評もござる。
――お主、内と外で違う御仁でござるな。
そこも、この御仁の面白いところでござろう。
――吾輩は、そう見ておる。
さて、この御仁の芝居を評した御仁も数多おられる。
――演出家の大根仁殿は、2002年に舞台で初めて見た折「凄い女優が現れた」と感じたという。
そして正名僕蔵殿の「神経が鋭い役者」との評もござる。
――お主、玄人が唸る役者でござるな。
その土台は、無名塾で培われたのでござろう。
――たとえ、去ることになったとしてもな。
お主、学んだものは消えぬのでござる。
――吾輩は、そう思うておる。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【千人から五人!?無名塾の日々についてのまとめ】
今回は真木よう子殿について調査してみた!
吾輩は真木よう子殿に対して、千人の中から五人に選ばれ、二年目には大きな役まで掴まれたと思ったんだがお主は真木よう子殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
スポニチアネックス(2023年9月29日)無名塾は入塾希望者1000人中、合格者5人・同期は滝藤賢一
Web LEON(2023年10月)合宿の朝の走り・謝りに5回ほど・「謝りたいと思っているんですけど」
スポーツ報知(2025年11月12日)仲代達矢さんの死去・「真木さんに会ったら『おめでとう』と伝えてほしい」
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