巷に騒がれる、小川麻琴殿:英語力と英語学習方法、そして独学で積み上げられた話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1987年10月29日、新潟県柏崎市のお生まれ
- 2001年、「モーニング娘。LOVEオーディション21」に受かり、モーニング娘。へ加わられる
- 5期の一員として、2006年8月まで五年在籍された
- 2006年にグループを離れ、同じ年の暮れにニュージーランドへ渡られた
- 語学の留学は、トータルで1年3か月ほどに及んだ
- その間に、英語を母国語としない子に英語を教える資格TECSOLも得ておられる
- 帰られた後、2008年より働きに戻られた
- 英語教材の仕事を縁に、その後もTOEICへの挑戦を続けられた
- 2012年には、TOEICで610点から675点へ上げておられる
- 2013年11月、TOEICで目標の800点を取られた
- 東洋大学にて、講師として講義も行っておられる
- いまは、ミュージカルにも出ておられるという
【グループを離れ、ニュージーランドへ1年3か月】
吾輩が今宵成敗いたすは、小川麻琴殿の英語についてでござる。
――モーニング娘。で、活躍された御方じゃ。
生まれは1987年10月29日、新潟の柏崎でござる。
――2001年、オーディションに受かりモーニング娘。へ加わられてな。
しかも、人気の絶頂の頃でござったのじゃ。
――そこから五年ほど、第一線で活躍してこられた。
さて、今宵の話はここからでござってな。
――2006年にグループを離れ、同じ年の暮れにニュージーランドへ渡られたのじゃ。
お主、これがどれほどの決断か分かるかな。
――名の知れた場を離れ、言葉の通じぬ国へ行かれたのでござる。
しかも、語学の留学はトータルで1年3か月ほどに及んだという。
――現地では、月曜から土曜まで語学学校に通う日々であったそうな。
ホームステイの家族にも恵まれ、充実した留学であったと語っておられる。
――一年を超えるのでござるよ。これは、相当に長いのでござる。
語学の留学と申せば、三月や半年が多いのでござってな。
――だが、それでは足りぬのでござるよ。
三月では、耳が慣れた頃に終わるのじゃ。
――半年でようやく、話せるようになってくるのでござる。
そして一年を越えた辺りから、伸びが目に見えてくるのでござってな。
――一年と少しというのは、実に良い長さなのでござるよ。
吾輩の覚えからも、これは申せるのでござる。
――力を伸ばすには、十分な長さでござるからな。
だが、長ければ良いというものでもござらぬ。
――長すぎると、日ノ本の者の輪ができてしまうのじゃ。
そして輪ができると、そこから伸び申さぬのでござるよ。
――一年と少しは、その手前でござってな。
慣れて、伸びて、そして輪ができる前に帰る。
――実に、良く出来た長さなのでござる。
そしてこの御方は、その1年3か月を無駄にされなんだ。
――ここからが、今宵の見どころでござるよ。
【子に教えるための資格まで得る】
留学の間に、資格まで得ておられるのでござる。
――英語を母国語としない子らに英語を教える、TECSOLという資格でござってな。
日本に戻るまでにTOEICは730点に届き、好きなコーヒーのためにバリスタの資格まで取って帰られたという。
――お主、これは面白い選びでござるぞ。
英語を学びに行った先で、教える側の学びをされたのでござるからな。
――そしてこれが、実に良く効くのでござってな。
人に教えるには、己が深く解しておらねばならぬのでござる。
――なんとなく分かっておる、では教えられ申さぬのじゃ。
なぜそうなるのか、を説けねばならぬのでござるからな。
――すると、己の穴が全て見えてくるのでござるよ。
ここが、教える学びの何よりの利でござってな。
――学ぶより、教える方が身につくのでござるのじゃ。
お主にも、真似られることがござるぞ。
――学んだことを、誰かに説いてみられよ。
説けなんだ所が、お主の分かっておらぬ所でござるからな。
――そこを埋めれば、確かな力になるのでござるよ。
そして、こういう資格を取るというのは何を意味するか。
――先の道を、増やしておくということでござる。
グループを離れた御方でござるからな。
――これから何をするか、決めねばならぬのでござるよ。
その折に、選べる道が多い方が良いのでござってな。
――資格は、その道を増やす物でござるからな。
ここに、この御方の賢さが現れておるのでござるよ。
――ただ英語を学びに行かれたのでは、ないのでござるのじゃ。
【未来予想図-610点から800点へ】
さて、帰られた後の話が今宵の締めでござる。
――2008年より、働きに戻られてな。
だが、英語の学びは止めておられなんだのじゃ。
――しかも、英語教材の仕事をいただけた縁で、TOEICへの挑戦を続けられたのでござる。
そして、数が残っておってな。
――2012年の夏の頃には、TOEICで前の610点から675点へ上げておられるのじゃ。
610点と申せば、まずまずの位でござってな。
――受ける者の平均が、その辺りと言われておるのでござる。
だが、この御方はそこで止まられなんだ。
――2013年11月には、目標としていた800点を取られたのでござる。
800点でござるよ。お主、驚くでござろう。
――本人は「二年近くかかってしまったけど、諦めず勉強して良かった」と記しておられるのじゃ。
これが、どれほど大変か申しておこうぞ。
――初めの頃は、点が上がりやすいのでござる。
だが600を越えた辺りから、恐ろしく上がりにくくなるのでな。
――そこから800まで行くには、相当な積みが要るのでござるよ。
聴く力、決まりの力、長き文を読む力。
――その全てを、一定の高さまで揃えねばならぬのでござるからな。
一つでも欠ければ、そこで止まるのじゃ。
――そして800には、応用の力も要るのでござる。
つまりこの御方は、全てを揃えられたということでござるよ。
――しかも、諦めずにな。
そしてもう一つ、吾輩から申しておきたいことがござってな。
――聴き流すだけでは、伸びぬということでござる。
これは、吾輩の覚えから申すことでござってな。
――聴き流しは、耳を慣らすには良いのでござるよ。
だが、それだけでは意味が取れるようにはなり申さぬのじゃ。
――向き合う刻を、どこかで作らねばならぬのでござる。
さて、この御方から汲めるものを並べておこうぞ。
――一つ、留学は一年以上を目指すことでござる。
三月では、耳が慣れた頃に終わるのでござるからな。
――二つ、教える側の学びをしてみることでござるな。
説けなんだ所が、己の分かっておらぬ所でござるよ。
――三つ、帰った後も止めぬことでござる。
この御方は、帰って五年後に800点を取っておられるのでござるからな。
――そして今ひとつ、聴き流しだけで済まさぬことじゃ。
――いまのこの御方は、ミュージカルにも出ておられるという。
東洋大学にて、講師として講義もされておってな。
――英語の仕事に、教壇に、舞台にと、道を幾つも持っておられるのじゃ。
お主、これが道が増えるということでござるよ。
――一つの場に頼らずに済むようになるのでござるからな。
積んだ物は、必ずどこかで形になるのでござる。
――千里の道も一歩から。まずは、向き合う刻を作られよ。
【英語力と学び方!?TOEIC800点を取るについてのまとめ】
今回は小川麻琴殿について調査してみた!
グループを離れた後、ニュージーランドへ1年3か月ほどの語学の留学に出られた。
その間に、子に英語を教える資格TECSOLまで得ておられる。
帰られた後も学びを止めず、610点から800点まで積まれた。
聴き流すだけでは伸びぬ――向き合う刻を、どこかで作ることじゃ。
吾輩は小川麻琴殿に対して、グループを離れた後、諦めずに積み上げられた御方でござると思ったんだがお主は小川麻琴殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
PR(広告を含みます)
【吾輩からの一言】
今宵の話にも、海を渡る件が出てきたでござろう。お主も、いつかは……と思われたのではないかな。
だが、いきなり決める要はござらぬ。まずは相談だけしてみられよ。銭はかから申さぬのでござるからな。
行くと決めてから調べるのではのうて、調べてから決めればよいのでござるよ。
▶ ネイティブキャンプ留学
(無料の相談から)
留学で英語はどこまで伸びるのか、こちらも読まれよ。
こちらも合わせて読まれよ。
引いた言葉の出どころ
ENCOUNT(2024年5月8日)元モー娘。小川麻琴、留学でTOEIC800点→東洋大で講義
小川麻琴official blog(2012年7月4日)TOEICの結果。
小川麻琴official blog(2013年11月1日)TOEIC目標達成!
関連記事
