巷に騒がれる、鳴海唯殿:人生初の挫折と、地元に残ったからこそ見えた現場について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1998年5月16日、兵庫県のお生まれ
- 高校の頃、東京の大学を幾つも受けられるが全て落ちられる
- 後期の試験にて、関西の大学へぎりぎり受かられる
- 大学1年の折、映画『ちはやふる -結び-』のエキストラに応募される
- 2018年、大学を辞めて上京し、養成所に入られる
- 2019年、NHK連続テレビ小説『なつぞら』にて明美役でドラマデビュー
- 2021年、映画『偽りのないhappy end』にて映画初主演を務められる
- 2023年、NHK大河ドラマ『どうする家康』に出られる
- 2023年4月、フラームへ移籍される
- 2023年8月、初の写真集『Sugarless』を出される
- 2024年、『Eye Love You』にて民放の連続ドラマに初めて出られる
- 2025年、連続テレビ小説『あんぱん』に琴子役で出られる
- 2026年10月8日、テレビ東京『赤灯えれじい』にて連続ドラマ初主演
【鳴海唯の実家は兵庫-東京の大学に落ちまくった話】
鳴海唯殿の実家は、兵庫県でござる。
1998年5月16日のお生まれ。高校の頃から俳優に憧れておられた。
そこで、この御方はどうされたか。
――東京の大学を目指された。
芸能に近づくには、まず東京に出るのが早いと考えられたのじゃ。
ところが、である。
「今でこそ笑い話ですけど、落ちまくったんですよ(笑)」
お主、ここでござる。
――落ちまくった。
文春オンラインには、東京の大学を幾つも受けて全て失敗したと記されておる。
その時の様子を、この御方はこう語っておられる。
「周りはみんな受かっている中で、私は浪人かもってところまで行って……、後期でギリギリ受かりました」
受かったのは、地元・関西の大学であった。
しかも学んだのは舞台の美術で、
――文春オンラインによればまったくやりたいことではなかったという。
ゆえに、この御方はこの時をこう呼んでおられる。
「大学受験で失敗したのは、人生で初めての挫折かもしれない」
……ここまでは、よくある話に聞こえよう。
だが、面白いのはこの先でござる。
後になって、母君の御友人がこう言われたそうじゃ。
「大学受験を失敗したのも、きっと意味があったんだと思うよ」
「これで東京の大学に進学していたら、女優になっていたかもわからないもんね」
この御方の返しは、こうであった。
「確かに結果的に良かったなと思いました」
――なぜ、落ちたのが良かったことになるのか。
【ここにいたらダメだ-ストッパーが外れた日】
答えは、その関西の大学にござる。
大学1年の折じゃ。
近くで映画の撮影が行われておった。
『ちはやふる -結び-』でござる。主演は広瀬すず殿じゃ。
そして、この御方は高校の頃から握手会に行くほどの広瀬すず殿のファンであった。
その作のエキストラ募集を見つけ、迷わず応募されたという。
行ってみて、何を見られたか。
「同世代の俳優さんたちが現場ですごい堂々とお芝居しているのを見たら、『ここにいたらダメだ!』って一気に沸騰してしまったんです」
お主、ここで唸られよ。
――ここにいたらダメだでござる。
憧れの御方を見て感激した、という話ではござらぬ。
己の居場所への否じゃ。
そして、こう続く。
「ストッパーが外れたみたいにいきなり大学を辞めて、東京でお芝居の勉強を始めました」
――いきなりである。
落ちまくって、ぎりぎりで入った大学を、自ら辞められた。
受からなんだ東京へ、今度は受験ではない形で出られたのでござる。
養成所に入り、そこで受けたオーディションが通った。
それが2019年の連続テレビ小説『なつぞら』でござる。
主演は――広瀬すず殿じゃ。
役は、主人公を引き取った家の妹であった。
握手会、エキストラ、そして共演。
――三度目の出会いでござる。
文春オンラインによれば、御二人は同い年で、誕生日はこの御方が一か月早い。
そしてこの朝ドラが、この御方のドラマ初出演であった。
――落ちた大学が、この道の入口であった。
母君の御友人の言葉は、当たっておったのでござる。
【未来予想図-落ちた場所から拾うてゆかれる御方】
ここまでを、一度まとめておこう。
――鳴海唯殿の実家は兵庫県。東京の大学を幾つも受けて全て落ち、後期でぎりぎり関西の大学へ入られた。
学んだ舞台の美術は、やりたいことではなかった。
だが大学1年の折、近くでロケをしていた『ちはやふる -結び-』のエキストラに応募し、同世代の芝居を見て「ここにいたらダメだ!」と沸騰された。
大学を辞めて上京し、翌年の『なつぞら』でドラマデビュー。憧れの御方と共演された。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、落ちた場所から拾うてゆかれる御方だとみる。
根拠は、この秋の仕事でござる。
2026年10月8日から、テレビ東京にて『赤灯えれじい』が始まる。
黒崎煌代殿とのW主演で、この御方にとっては連続ドラマ初主演じゃ。
そして、二人はともに関西出身でござる。
舞台は大阪。演じるのは金髪の秋山智子(チーコ)という娘じゃ。
本人はこう述べておられる。
「チーコは金髪ヤンキーで愛煙家、喧嘩っ早く、不器用な女の子であり、一見、自身とは似ても似つかない人物でした」
――似ても似つかないと言われる。
その上で、こう続けられた。
「大阪の空気を存分に感じながら撮影に臨んだ日々は私にとってかけがえのない時間になりました。そして大阪が大好きになりました」
お主、ここでござる。
似ておらぬ役を演じながら、持ち帰られたのは土地の空気じゃ。
そして、この御方は己の持ち味をこう言うておられる。
「関西で育った特権で、自分はお笑い好きでポップな感じかなって」
――特権でござる。
落ちて残った土地を、特権と呼んでおられるのじゃ。
さらに、キャリアを重ねた今もこう語られる。
「自信は正直、今もないです」
……自信が無いのに、辞めた大学の方へは戻っておられぬ。
ゆえに吾輩はこうみる。
この御方を動かすのは自信ではござらぬ。現場で沸騰する質じゃ。
落ちた場所にも、辞めた場所にも、拾えるものを残して来られた。
落ちた場所は行き止まりではない。そこで見たものが次の入口になる
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は兵庫!?落ちまくった末に東京へについてのまとめ】
今回は鳴海唯殿について調査してみた!
一つ。鳴海唯殿の実家は兵庫県。1998年5月16日のお生まれでござる。
二つ。俳優に近づくため東京の大学を幾つも受けられたが全て落ち、「後期でギリギリ受かりました」という関西の大学へ進まれた。
三つ。この時を「大学受験で失敗したのは、人生で初めての挫折かもしれない」と語っておられる。
四つ。大学1年の折、近くで撮っていた『ちはやふる -結び-』のエキストラに応募し、「ここにいたらダメだ!」と沸騰。「ストッパーが外れたみたいにいきなり大学を辞めて」上京された。
五つ。翌年の朝ドラ『なつぞら』でドラマデビュー。主演は握手会に通うほど好きであった広瀬すず殿で、三度目の出会いでござった。
吾輩は鳴海唯殿に対して、落ちた場所から、次の入口を拾うてこられた御方、と思ったんだがお主は鳴海唯殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
ENCOUNT(「人生初の挫折」がもたらした広瀬すずとの運命の出会い
文春オンライン(「ストッパーが外れたみたいにいきなり大学を辞めて」関西から上京、朝ドラオーディションでは涙も…『あんぱん』琴子役・鳴海唯の人生を変えた“俳優の名前”・2025年7月21日)
映画ナタリー(黒崎煌代・鳴海唯W主演でマンガ「赤灯えれじい」実写ドラマ化、連載終了から約20年を経て・2026年8月19日)
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