巷に騒がれる、久間田琳加殿:父の仕事で渡ったフランスの幼少期と、帰国後の日本語、母に甘える実家暮らしの話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 2001年2月23日、東京都のお生まれ。生まれてすぐ、父君の仕事の関係でフランスへ渡られる
- 2004年、3歳頃からバレエを習い始める(中学2年まで続けられた)
- 2006年、日本へ帰国
- 2012年、小学6年で雑誌『ニコラ』のオーディションでグランプリを受け、モデルデビュー
- 2017年、『ニコラ』を卒業し、雑誌『Seventeen』の専属モデルに
- 2022年、雑誌『non-no』の専属モデルに
- 2025年3月7日、映画『顔だけじゃ好きになりません』が公開
- 2026年7月30日、ドラマ『メリーベリーラブ』への出演が発表された(水野麻理役・10月7日から放送)
【久間田琳加の実家は東京-生まれてすぐ父の仕事でフランスへ】
久間田琳加殿は、2001年2月23日、東京都のお生まれでござる。
……ところが、東京で過ごした幼き日の記憶は、ほとんど無いやもしれぬ。
2022年、雑誌『non-no』の専属モデルになった折に明かされた人生年表の、最初の一行がこれじゃ。
「2001年 東京に生まれる。父の仕事の関係でフランスへ」
生まれてすぐ、家族でフランスへ渡り、5歳頃までリヨンで育たれたのでござる。
「通っていた幼稚園では、誕生日にケーキを囲んでみんなでお祝いをしてくれるイベントがあって」
……お主、りんくまの幼き日の思い出は、リヨンの幼稚園にあるのじゃな。
家族は、父君、母君、兄君、そしてご本人の4人。
日本へ戻られたのは2006年のことでござった。
さて、ここからが愉快な話じゃ。帰国してすぐの頃の日本語を、ご本人はこう振り返っておられる。
「帰国してすぐの頃は「黄色、タクシー、来た」という感じの、完全ではない日本語でした(照)」
……黄色、タクシー、来た。単語を並べて伝えておられた姿が目に浮かぶ。
今やモデルとして、女優として、言葉で人を惹きつける御仁の、これが出発点でござった。
そしてこの家族、旅の好きな家でもあったらしい。
「以前は家族でよく海外旅行をしていました」
特に思い出深いのはサムイ島で、海のきれいさに感動し、買い物欲がなくなるほどであったとか。
……フランスで幼き日を過ごし、家族で海を渡る。久間田家は、外の世界に開かれた家であったのでござろう。
【帰国後の日本語と週6のバレエ-続けることを覚えた日々】
日本へ帰った少女が、まず向き合うたのが言葉でござった。
「日本に帰国後は、日本語の文法がめちゃくちゃだったのもあって、勉強をすごく頑張っていました」
その頑張りが、思わぬ形で実を結ぶ。
「授業中に手もあげられないほどの恥ずかしがり屋だったにもかかわらず、学級委員に選んでもらうことが多くて(笑)」
……手も挙げられぬ子が、学級委員。周りの子らは、真面目に励む姿をちゃんと見ておったのじゃな。
もう一つ、この頃の少女を支えたのがバレエでござる。
3歳頃に習い始め、中学2年まで続けられた。夢は、バレリーナであった。
「将来はバレリーナになりたくて、週6で自宅近くのバレエ教室に。つま先はいつも血が出てボロボロでした」
お主、週6でござるぞ。
「バレエを通して努力を続けることの大切さを学び、メンタルもかなり鍛えられました!」
そして小学6年の時、愛読していた雑誌『ニコラ』のモデルオーディションに応募し、グランプリを受けて専属モデルに。
……恥ずかしがり屋で、日本語に苦労した少女が、雑誌の真ん中に立ったのでござる。
ご本人の好きな言葉は、こうじゃ。
「継続は目に見える結果になる」
日本語も、バレエも、モデルも。続けたことが、ちゃんと形になってきた人生を思えば、重みのある言葉でござるな。
そんな御仁も、家では甘えん坊の顔を見せる。2022年の取材では、こう明かしておられた。
「実家暮らしなので母に甘えがちで、あまり自炊はしてないけれど、食べることは大好きだよ!」
自粛期間中にアップルパイ作りに挑戦したことはあるものの、普段の台所は母君まかせ。……人生年表の努力家ぶりとの差が、なんとも微笑ましい。
ちなみに、2023年の同誌で自分の性格を一言で問われると、「笑顔!」と答えておられる。
【未来予想図-『メリーベリーラブ』で島育ちの親友へ】
2026年7月30日、久間田殿の秋の出演作が発表された。
チ・チャンウク殿と今田美桜殿がW主演を務める日韓共同のドラマ『メリーベリーラブ』でござる。日本テレビで10月7日から、毎週水曜の夜10時に放送される。
久間田殿が演じるのは、今田殿演じるヒロイン・白浜夏凛の親友、水野麻理。
茶呂島で生まれ育った島っ子で、カフェ&バーを営みながら、恋愛専門のタロット占い師もしておる娘じゃ。
他人の恋にはズバズバと核心を突くのに、自分の恋となると迷子になりがち——という役どころでござる。
発表の折、久間田殿はこう語っておられる。
「お互いが歩み寄りお互いの国の言語を教え合ったりして、とても新鮮で貴重な時間でした」
「私が演じる麻理は、夏凛の良きアドバイザーでありながら、自分のことは不器用なキャラクターです」
さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
吾輩は、この現場に久間田殿ほど似合う御仁もおらぬと見ておる。
幼き日をフランスで過ごし、帰国した時には「黄色、タクシー、来た」の日本語から始めた御仁じゃ。
言葉の通じにくさも、それを乗り越える歩み寄りの大切さも、身をもって知っておられる。
日韓の俳優が互いの言葉を教え合う現場で、そのことは何よりの強みになったのではなかろうか。
そして、他人の恋には鋭く、自分の恋には不器用な麻理。
2025年、理想のタイプを問われた久間田殿は、こう答えておられた。
「とっつきにくそうに見えて、話してみたら実は優しい……っていうギャップが理想です♡」
……「ベタだけど」と笑いながらギャップに弱いと認める素直さは、麻理の不器用さにも通じるやもしれぬ。
世界を渡って育った御仁が、島で生まれ育った娘を演じる。この逆さまが、どんな味になるか。
吾輩は、10月からの水曜の夜を楽しみに待つことにいたそう。
さても、続けることを知る努力家の話でござった。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は東京!?父の仕事で5歳までリヨンについてのまとめ】
今回は久間田琳加殿について調査してみた!
久間田琳加殿は2001年、東京都生まれ。「父の仕事の関係でフランスへ」渡り、5歳頃までリヨンで育った。
家族は父・母・兄との4人家族。2006年に帰国した直後の日本語は「黄色、タクシー、来た」という感じだったという。
帰国後は日本語の勉強をすごく頑張り、恥ずかしがり屋なのに学級委員に選ばれることが多かった。
3歳頃から中学2年までバレエを続け、週6で通い「つま先はいつも血が出てボロボロ」だった。
2022年の取材では「実家暮らしなので母に甘えがち」と明かしている。
2026年10月7日からのドラマ『メリーベリーラブ』で、島で生まれ育った親友・水野麻理を演じる。
吾輩は久間田琳加殿に対して、幼き日はリヨン、帰国の日本語は単語から。続けることで形にしてきた努力家、と思ったんだがお主は久間田琳加殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
モデルプレス(久間田琳加、チ・チャンウク&今田美桜W主演「メリーベリーラブ」ヒロインの親友役
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