巷に騒がれる、桐山照史殿:中学生で組んだユニット「B.A.D.」。デビューを懸けた直談判の前、「ダメなら辞める」と言う桐山に、中間淳太は「俺も辞める」と答えたについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1989年8月31日、大阪府のお生まれ
- 12歳の頃、自ら履歴書を送って事務所に入られる
- 2004年、中間淳太とユニット「B.A.D.」を組まれる
- 2014年4月23日、ジャニーズWEST(現WEST.)としてCDデビューされる
- 2021年9月、主演舞台『赤シャツ』に立たれる
【桐山照史と中間淳太-モヒカン少年とB.A.D.】
WEST.の桐山照史殿と中間淳太殿。2人の間には、グループ結成よりずっと前からの長い歴史がある。関西の若手時代に組んだユニット「B.A.D.」でござる。
まずは桐山殿がこの道に入った頃の話から。桐山殿は12歳の頃、ダンスをしていた地元の先輩がオーディションを受けた話を聞き、「そういう世界があるんや」と知った。そして「エンタメの世界でお仕事をしたい」と、自ら履歴書を送ったのだという。
当時、中学1年生の桐山殿の髪型は、なんとモヒカン。
「それが逆にジャニーさんの印象に残ったんでしょうね。ずっと俺のモヒカンを触ってた(笑)」
……モヒカンの中学生。なかなかの登場でござる。誰かに勧められたのではなく、自分で扉を叩いた少年であった。
やがて桐山殿は、中間殿と行動を共にするようになる。関ジャニ∞のライブでバックについていたある日、2人は突然「YOUたちB.A.D.だよ」と告げられた。モヒカン頭だった桐山殿は、てっきり「悪い」という意味で言われたと思っておったそうな。ところがその日のライブのMCで、関ジャニ∞の村上信五殿から「B.A.D.おいで!」と呼ばれ、ようやくユニット名だと気づいたという。
「ユニット組んだん?俺ら」
――知らぬ間に、ユニットが生まれておった。
2004年、こうして2人のユニット「B.A.D.」は結成された。若手の時代はユニットもメンバーも入れ替わることが多い中、2人は長くB.A.D.として歩み続け、そのままWEST.の一員として同じ夢を追いかけることになる。お主、これほど長く肩を並べてきた相棒は、そうはおらぬぞ。
【中間淳太と挑んだ直談判-ダメなら辞める覚悟】
だが、デビューへの道は平坦ではなかった。2人はデビューを懸けて、直談判に向かったのじゃ。その時の覚悟を、桐山殿は2021年のドキュメンタリー番組でこう明かしておる。
「デビューさせてもらうために、ジャニーさんに直談判しにいったんですけど、淳太くんに『ダメって言われたら、俺、辞めるわ』と言っていて、淳太くんも『俺も辞める』って。淳太くんがおらんかったら、俺もやる意味ないでしょって。これでデビューできへんかったら、お互い違う道を歩もう」
――「俺、辞めるわ」「俺も辞める」。
……一人が辞めるなら、もう一人も辞める。相棒がいない道なら、進む意味がない。互いの存在そのものが、この仕事を続ける理由になっておった訳でござる。
直談判は、いったんは却下された。2人にとって、それは道の終わりを意味するはずであった。ところが翌朝、思いもよらぬ知らせが届く。「レコード会社決まったよ!」。……2人の思いが汲まれ、デビューへの道が開けたのでござる。
この経験が、桐山殿の仕事への向き合い方を決めた。だからこそ「失敗が許されない」と考える桐山殿は、ある信念を持って仕事に臨んでおる。
「個人の仕事も、グループのためにしかやってない。僕が演じたことで“あの子いいやん”と思ってもらって、それがきっかけでジャニーズWESTの曲を聴いてみようかな、と思ってもらうためにやっている」
そして中間殿も、同じ思いを語っておる。ドラマで主演する者、舞台で主演する者、クイズで活躍する者がそろって、歌番組で集まった時に「ここ一緒のグループなんや」となる。「それぞれがアベンジャーズ、そんなグループになりたいです」。……B.A.D.の2人は、言葉こそ違えど、同じ方向を見ておったのじゃ。
桐山殿にとって、仲間は支えであると同時に、何よりの刺激でもある。2023年には、刺激を受けるものを問われて「メンバー」と即答し、「個々にみんな舞台やってたり、ドラマやっていたり、グループの外で頑張っている姿を見ると、『あ、俺も頑張らなきゃな』って。メンバーには“刺激”をもらっています」と語っておる。
【未来予想図-誰かのために演じる御方】
さて、ここまでを一度まとめておこうぞ。
――桐山照史殿は12歳で自ら履歴書を送り、中1のモヒカン頭で事務所に入った。
2004年、中間淳太殿とユニット「B.A.D.」を組み、デビューを懸けた直談判では「ダメって言われたら、俺、辞めるわ」「俺も辞める」と覚悟を共にした。
翌朝、「レコード会社決まったよ!」の知らせが届いた。
さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、自分のためではなく、誰かのために演じ続ける御方だとみる。
根拠は、2021年の主演舞台『赤シャツ』での言葉にござる。座長として有観客での公演を迎えた桐山殿は、「お客さんの拍手が刺さりましたね」と喜びつつ、共演した後輩についてこう語った。「今回は、Sexy Zoneの松島聡くんが一緒に出てくれていて、彼は初舞台やから、『舞台は面白い』と思ってほしい」。
……グループのために演じ、後輩のために舞台を面白くしたいと願う。相棒がいなければ意味がないと言い切った御方は、いつも誰かのために力を尽くしておる訳でござる。
2026年9月、WEST.としての活動は一区切りを迎える。だが、中学生の頃から肩を並べてきたB.A.D.の絆が、それで消えることはあるまい。
ゆえに吾輩はこうみる。
これから先、桐山殿が舞台やドラマで誰かの心を動かすたび、その芝居の向こうには、かつて「俺も辞める」と答えてくれた相棒と歩んだ日々がある。……いつの日か、2人がまた「B.A.D.」として並ぶ姿を見られる日が来るのではなかろうか。
中間淳太とB.A.D.を組み、「ダメなら辞める」覚悟でデビューを掴んだ、誰かのために演じる御方
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【B.A.D.で中間淳太と!?ダメなら辞める覚悟についてのまとめ】
今回は桐山照史殿について調査してみた!
一つ。12歳で自ら履歴書を送り、中1はモヒカン。
二つ。2004年、中間淳太殿と「B.A.D.」を結成。
三つ。直談判の前、「ダメって言われたら、俺、辞めるわ」。
四つ。中間殿の答えは「俺も辞める」。翌朝、デビューへの道が開けた。
五つ。「個人の仕事も、グループのためにしかやってない」。
吾輩は桐山照史殿に対して、相棒と覚悟を分かち合い、誰かのために演じ続ける御方、と思ったんだがお主は桐山照史殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
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