巷に騒がれる、篠原ともえ殿:青梅の家に居られた、すし職人の父君と洋裁好きの母君のことについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1979年3月29日、東京都のお生まれ
- 生まれ育たれたのは青梅市であられる
- 上に兄君が二人おられる末っ子であられる
- 10歳の頃、母君のジーパンを切ってポーチを作られた
- 中学生の折、すし職人の父君に出前へ誘われる
- 1995年、「チャイム」にて歌い手として世に出られる
- 高校生の頃、その装いを真似る「シノラー」が世に広まる
- 2016年7月、日本経済新聞の連載にてご両親のことを語られる
- 2019年、40の節目に母校の夜間の講座でパターンを学び直される
- 2020年、個展「SHIKAKU-シカクい生地と絵から生まれた服たち-」を開かれる
- 2023年9月、祖母君の着物をほどいた話を語られる
【実家は青梅-寡黙なすし職人の父と、洋裁好きの母】
まずは、この御方が生まれ育たれた場所から申そう。
郷里は東京都の青梅市でござる。
後にご本人が、こう語っておられる。
――「青梅市の実家で生まれ育った」、そして「緑が豊かな環境だったんですよね」と。
お主、東京と聞いて思い浮かべる景色とは、少し違うのう。
さて、その家に居られたのが、どういうご両親であったか。
――父君は、すし職人であられた。
2016年、日本経済新聞の連載でその話が出ておる。
「お父さんはすし職人だったそうですね」と問われて、この御方はこう答えておられる。
「手先が器用で寡黙な人です。私は上に兄が2人いて、末っ子なのでかわいがってくれました」
――手先が器用で、寡黙。
お主、あの賑やかな装いの御方の父君が、寡黙でござるぞ。
そして兄君が二人おられて、この御方は末っ子であられた。
さて、ここからが本日一番の話でござる。
中学生のある日のこと。
――父君が、出前に行くから一緒に来ぬかと誘われたのじゃ。
車の助手席に座ると、父君がこう言われた。
「学校はどう? 最近少し顔色が悪いよ」
――お主、これはどうじゃ。
その頃この御方は、友との間で悩みを抱えておられた。
しかも誰にも言えずにおられたのでござる。
それを、寡黙な父君が見抜いておられた。
――しかも、家では言わぬ。
わざわざ出前に誘い、車の中という二人きりの場を作ってから切り出された。
この御方の言葉が、これでござる。
「母と比べると関わりは少なかったですが、そっと見守ってくれていたんですね」
――そっと見守る、でござる。
口数の少ない親というのは、何も見ておらぬのではない。
見ておるが、言わぬだけなのでござるよ。
そして、その言い方を選ぶ折に、出前の車を使われた。
――向かい合わずに済む。逃げ場もある。
お主、これは職人の間合いでござるな。
さて、母君はどうであったか。
こちらは、もっと近い。
「母は洋裁が大好き。ミシンを使っている姿がすごく格好良かったです」
――ミシンを踏む姿が格好良い。
そして、こう続けておられる。
「よくベッドカバーを作ってくれて、1人で寝ていても母と一緒のような気がして安心できた記憶があります」
――寝床の覆いでござる。
買えば済むものを、母君は縫うておられた。
そして幼き日のこの御方は、母君の針と糸で真似事を始められる。
「見よう見まねで自分と人形の洋服をおそろいの生地で作って楽しみました」
――己と人形で、お揃いでござる。
この時点で既に、いまの仕事の姿が見えておるとは思わぬか。
【10歳で母のジーパンを切り、ポーチを作られた】
さて、ここで一つ、痛快な出来事が起きる。
この御方が10歳の折のことでござる。
「10歳の時に内緒で母のジーパンの一部を切ってポーチを作りました。母の日の贈り物を作りたくて」
――お主、いま何と申された。
母君のジーパンを、切ったのでござる。
しかも、内緒で。
そして、それで母の日の贈り物を作られた。
――贈る相手の持ち物を切って、贈り物を作る。
お主、これは10歳にしかできぬ所業でござるな。
当のご本人も、覚悟はしておられた。
「ジーパンをダメにしてしまったので怒られると思ったのですが、母は大喜びで褒めてくれた」
――怒られなんだ。
それどころか、大喜びでござる。
この時のことを、こう振り返っておられる。
「それがすごくうれしくて、自信にもなりました」
そして、こう言い切っておられるのじゃ。
「物作りの原点はここにあると思います」
――原点、でござる。
お主、ここは唸るところでござるぞ。
母君はあの折、ジーパンの値打ちと、娘の手が動いたことと、どちらを重く見られたか。
――後者でござろう。
ゆえにこの御方は、いまも手を動かしておられるのじゃ。
とはいえ、母君は甘いばかりの御方ではござらぬ。
「母は優しかったけれど、生活の基本を守れないとよく怒られました。門限や言葉遣いに厳しく、『他人に迷惑をかけるな』とよく言われました」
――他人に迷惑をかけるな。
そして、これに続く話がまた強烈でござる。
ある時この御方は、縫いかけの物をしばらく居間に放っておかれた。
――すると母君は、それを目の前で、いきなり全部ほどかれたのじゃ。
お主、目の前でござるぞ。
この御方は衝撃のあまり号泣されたという。
そして母君の言葉が、これでござる。
「一度始めたことは最後までやり遂げるの。途中でやめるなんて物に対して失礼よ」
――物に対して失礼、でござる。
叱り方が、ただの躾ではござらぬ。
物を作る者としての筋を、そこで通しておられるのじゃ。
縫いかけを放るのは怠けではのうて、布に対する不作法である——そう教えられた。
さて、そのご両親が、後に世を騒がせる娘をどう見ておられたか。
この御方が高校生の頃、その装いを真似る者が世に溢れた。
短パンにランドセルを背負い、腕輪を鳴らして画面に出ておられたのじゃ。
――普通の親なら、一言くらい申すであろう。
だが、この御方はこう語っておられる。
「両親がテレビで騒ぐ私を見て、うるさいとか派手すぎるとか言ったことは一度もありません。私がテレビに出ることを楽しみにしてくれ、応援してくれました」
――一度も無い、でござる。
お主、これは並の親御ではござらぬぞ。
【未来予想図-三代の着物をほどいた御方】
ここまでを、一度まとめておこう。
――篠原ともえ殿の実家は、東京都青梅市にあった。
父君はすし職人。手先が器用で寡黙な御方で、中学生の折には出前の車で「最近少し顔色が悪いよ」と声をかけられた。
母君は洋裁を好み、寝床の覆いを縫い、10歳の娘がジーパンを切っても大喜びで褒められた。
そして、まだ語っておらぬ御方が一人おられる。
――祖母君でござる。
この御方の祖母君は、着物の針子であられた。
つまり、この家は三代にわたって布を扱う家であったのじゃ。
そして2019年、40の節目を迎えたこの御方は、母校の夜間の講座でパターンを学び直された。
――四十でござるぞ。もう十分に名の通った御方が、である。
その頃、ご自身の根を探して手に取られたのが、祖母君の着物であった。
「祖母、母、私と三代受け継がれてきた祖母があつらえた着物と向き合い、糸を解いてみたんです」
――ほどかれたのでござる。
お主、ここで思い出さぬか。
母君が、縫いかけを目の前でほどかれた話でござるよ。
――あの折はほどかれる側であった。今度は、己でほどかれた。
そして、ほどいた先に何があったか。
「その着物はパズルのように全てが四角い生地で構成されていて、最終的に3尺、約12メートルぐらいの一枚の布になったんです」
――約12メートルの、一枚の布。
着物とは、切らずに縫うて作るものでござる。ほどけば元の布に戻る。
この御方は、こう納得されたという。
「私の好きな着物は生地を余すことなく使うことで出来上がっていたんだな」
そして、こう言い切られた。
「サステナブルこそクリエイティブなんだ」
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方の家は、三代とも「余さぬ家」であったと見る。
考えてもみられよ。
祖母君は着物を仕立て、母君はミシンを踏み、父君は魚を捌かれた。
――どれも、材を無駄にせぬことが腕の見せどころの仕事じゃ。
そして母君が娘に叱ったのは「途中でやめるな」であり、その理由は「物に対して失礼」であった。
――物を粗末にせぬ、という一点でござる。
ゆえに、この御方が四十を過ぎて辿り着いた答えが「生地を余すことなく使う」であったのは、偶さかではあるまいと吾輩は見る。
遠くへ探しに行ったのではのうて、家に帰られたのじゃ。
そして最後に、この一言を置いておこう。
「昔は自分が一番でしたが、30代も後半になると、自分の仕事が両親の喜びになっていることが何よりもうれしいです」
――お主、あの出前の車から、ここまで来たのでござるよ。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は青梅!?すし職人の父が出前に誘った日についてのまとめ】
今回は篠原ともえ殿について調査してみた!
実家は東京都青梅市。ご本人は「青梅市の実家で生まれ育った」「緑が豊かな環境だったんですよね」と語っておられる。
父君はすし職人。「手先が器用で寡黙な人です」と評され、中学生の折には出前の車で「学校はどう? 最近少し顔色が悪いよ」と声をかけられた。友との悩みを誰にも言えずにいた頃であった。
母君は洋裁を好み、寝床の覆いを縫うてくれた。10歳の娘が内緒でジーパンを切ってポーチを作った折も、怒らず大喜びで褒められたという。
だが、縫いかけを放っておいた折には目の前で全部ほどかれた。「一度始めたことは最後までやり遂げるの。途中でやめるなんて物に対して失礼よ」。
祖母君は着物の針子。2019年、この御方は三代受け継いだ着物をほどき、約12メートルの一枚の布に戻して「サステナブルこそクリエイティブなんだ」と得心された。
吾輩は篠原ともえ殿に対して、遠くへ探しに行かず、家に帰って答えを見つけた御方、と思ったんだがお主は篠原ともえ殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
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