【綾野剛】8時間ずっと座っていた!?何もない僕だった

綾野剛 怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、綾野剛殿:その場に、後に共に立つ御方がおられた。

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

スポンサーリンク

【略歴】

  • 1982年1月26日、岐阜県岐阜市のお生まれ
  • 中学の折、岐阜県中学校陸上競技大会の800mにて優勝される
  • 高校の折、岐阜県高等学校陸上競技大会の800mにて準優勝
  • 2000年、高校を出ると同時に上京。モデルやバンドの活動を経られる
  • デビュー前、映画の場にてエキストラの働きをされる
  • 2003年、『仮面ライダー555』にて俳優として世に出られる
  • 2007年、映画『Life』にて長編初主演。音楽監督も兼ねられる
  • 2010年、『Mother』に出演し、広く注目を集められる
  • 2012年、NHK連続テレビ小説『カーネーション』に出演される
  • 2013年、NHK大河ドラマ『八重の桜』に出演される
  • 2015年、『コウノドリ』にて連続ドラマ単独初主演を務められる
  • 2017年1月16日、エキストラの日々について語られる
  • 2019年10月18日、映画『楽園』の取材にてデビュー当時を振り返られる
スポンサーリンク

【綾野剛が明かした、8時間座っていた日】

2017年1月16日でござる。

モデルプレスの取材でな。

綾野剛殿が、役者になる前の話をしておられる。

その中身が、実に情けなくて可笑しい。

「当時は役者を始める前で、『座っているだけでお金もらえるの?』みたいな感覚で(撮影で)8時間ずっと座っていた思い出があります」

……お主、聞かれたか。

8時間ずっと座っていたでござる。

映画の場でのエキストラの働きじゃ。

そして、その心持ちがまた率直でな。

座っているだけで金がもらえるのか、と。

吾輩はここで、思わず笑うてしもうた。

だが、笑うたあとで気づいたことがある。

この御方は、そのとき芝居を知らなんだのでござる。

座っておるだけ、と思うておられた。

……いまなら、そうは思われまい。

その八時間が何のための八時間か、分かっておられるはずじゃ。

そしてこの話には、もう一つ仕掛けがある。

同じ場に、浅野忠信殿がおられたという。

……お主、これが何を意味するか分かられるか。

同じ場面の撮影に、後に肩を並べる御方がおられた。

そしてそこに、名も無きエキストラとしてこの御方が座っておられた。

同じ場でござる。同じ日でござる。

だが、立っておる場所がまるで違う。

……その差を、この御方は見ておられたのじゃ。

いや、当時は差とも思うておられなんだかもしれぬ。

座っておるだけで金がもらえる、と思うておったのだからな。

だが後になって、この日は重い意味を持つ。

あの場におった、と言えるようになるからでござる。

十数年かけて、この御方はその日を語れる場所まで来られた。

笑い話にできるのは、追いついた者だけじゃ。

【何もない僕を、見つめてくれた御方】

では、この御方はどうやって追いつかれたのか。

2019年10月18日でござる。

映画『楽園』の取材でな。

綾野剛殿が、デビューの頃を振り返っておられる。

その言い方が、また変わっておった。

「当時、何もない僕のことを一生懸命見つめてくださった。だからこそ、僕は今に存在していると思います」

……お主、聞かれたか。

何もない僕でござる。

これは、2003年の『仮面ライダー555』の頃の話じゃ。

この御方の、俳優としての一歩目でござる。

その折の石田秀範監督への礼として、述べておられる。

そして、この言い方が肝でな。

教えてもらった、ではない。

引き上げてもらった、でもない。

見つめてくださったじゃ。

吾輩は、ここで唸った。

考えてみられよ。

エキストラで八時間座っておったとき、誰も見てはおらぬ。

画面には映るが、見られてはおらぬのでござる。

……その差でござろう。

見られると、見つめられるは違う。

そして、この御方はこうも述べておられる。

人は人に見つめられて初めて人になる、と。

……重い言葉じゃ。

何もない者を、それでも見つめる者がおる。

見つめられた者は、そこで初めて形を持つ。

この御方の中では、エキストラの八時間と、監督の眼差しが繋がっておるのでござる。

座っておるだけの八時間と、見つめられた日。

その二つの間に、この御方の役者としての始まりがある。

【未来予想図-見つめられて人になる御方】

さて、ここからは吾輩の見立てでござる。

綾野剛殿という御方は、これから先どう進まれるか。

吾輩は、この御方の芯は見つめる側に回ることにあると見る。

見つめられて人になった、と述べておられる御方じゃ。

その恩の返し方は、一つしかない。

……己が誰かを見つめることでござろう。

歩みを見れば、その素地はある。

1982年1月26日、岐阜県岐阜市のお生まれでござる。

中学の折、岐阜県の大会の800mにて優勝しておられる。

高校の折も、県の大会で準優勝じゃ。

……走っておられた御方でござる。

2000年、高校を出ると同時に上京された。

モデルやバンドの活動を経て、2003年に役者となられる。

2007年には映画『Life』にて長編初主演。音楽監督も兼ねられた。

2010年、『Mother』に出演し広く注目を集められる。

2012年、NHK連続テレビ小説『カーネーション』。

2013年、NHK大河ドラマ『八重の桜』。

2015年、『コウノドリ』にて連続ドラマ単独初主演でござる。

……エキストラで座っておった御方が、十数年で真ん中に立たれた。

では、これから何が起きるか。

吾輩の見立てでは、この御方は若い者と組む仕事が増える。

何もない者の心細さを、覚えておられるゆえじゃ。

そしてもう一つ。

吾輩は、この御方が撮る側へ回ると見る。

2007年、すでに音楽監督を兼ねておられる。

見つめる、という言葉を選ぶ御方でな。

……見つめるのは、演じる者の仕事ではない。

撮る者の仕事でござる。

この御方の言葉には、はじめからその向きがあった。

座っておるだけの八時間を、笑い話にできる御方じゃ。

その場を今度は己が仕切り、誰かを見つめる。

……そういう日が来るのではなかろうか。

見つめられて人になった御方は、いずれ見つめる側へ回る

PR(広告を含みます)

【吾輩からの一言】

人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。

とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。

英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。

▶ カレントボディ公式サイト

【8時間ずっと座っていた!?何もない僕だったについてのまとめ】

今回は綾野剛殿について調査してみた!

一つ。2017年1月16日、綾野剛殿がデビュー前のエキストラの日々を語られた。

二つ。「『座っているだけでお金もらえるの?』みたいな感覚で(撮影で)8時間ずっと座っていた」

三つ。その場には、後に肩を並べることになる浅野忠信殿がおられたという。

四つ。2019年10月18日には「当時、何もない僕のことを一生懸命見つめてくださった」と述べられた。

五つ。人は人に見つめられて初めて人になる、とも。見られるのと、見つめられるのは違うのでござる。

吾輩は綾野剛殿に対して、見つめられて始まった御方、と思ったんだがお主は綾野剛殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

引いた言葉の出どころ

モデルプレス(綾野剛、デビュー前の“エキストラ経験”明かす 浅野忠信と「8時間ずっと…」・2017年1月16日)

モデルプレス(<綾野剛「楽園」インタビュー>“何もない僕”だった俳優デビュー時を回顧・2019年10月18日)

関連記事

【光石研】30代半ばまで食えず!?妻を食べさせないと

【吉田羊】実家は久留米!?父は牧師、母は幼稚園の先生

【綾野剛】箱根駅伝を目指していた!?学歴と陸上の日々