巷に騒がれる、鈴木亮平殿:西宮のご実家の暮らし向きと、震災の朝の父君について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1983年3月29日:兵庫県西宮市に生まれる。兄と妹のいる3人きょうだいの真ん中。
- 1995年1月17日:小学6年生の折、西宮市で阪神・淡路大震災に遭う。
- 1995年3月:体育館が使えず、小学校の卒業式は運動場で。児童会長として答辞を読む。
- 2006年:テレビドラマで俳優デビュー。学び舎は東京外国語大学外国語学部。
- 2011年7月28日:一般女性との結婚を所属事務所を通じて発表。
- 2014年:NHK連続テレビ小説『花子とアン』でヒロインの夫・英治の役。
- 2015年1月2日:神戸新聞の連載「語る20年」で、震災の朝の父君を語る。
- 2018年:NHK大河ドラマ『西郷どん』で主人公・西郷隆盛を演じる。
- 2025年1月12日:神戸新聞「震災30年語る」で、父君・兄君と乗った阪神電車の記憶を語る。
- 2025年:映画『花まんま』で主演。有村架純殿と兄妹の役。
- 2026年1月18日:TBS系日曜劇場『リブート』が始まり、主演を務める。
【実家は西宮の「堅実な家庭」、父君は建築士】
先に答えを申そう。鈴木亮平殿のご実家は兵庫県西宮市。暮らし向きについては、UR都市機構の広報誌『UR PRESS』vol.44の聞き書きで、ご本人がこう語っておられる。
「ふだんは堅実な家庭でしたが、そういうところにはお金を惜しまなかったですね」
「そういうところ」とは、海の外へ目を向けることでござる。小学校2年生の折、家族全員でアメリカのロサンゼルスへ旅をされた。高校1年で「留学したい」と申し出た折には、父君が「お金はなんとしても出してやる」と言うて、交換留学でアメリカのオクラホマ州へ1年送り出された。
父君の生業も、ご本人の口から出ておる。「父が建築士だったせいか、建築にはすごく興味がある」。さらに「両親が共働きだったこともあり」と、父君・母君とも働いておられたことを明かしておられる。
住まいについては、1995年1月17日の朝を書いた神戸新聞の記事に、「西宮市のマンションに家族と暮らしていた」とある。
では、金持ちの家か。吾輩が当たった出典には、豪邸や資産の話はひとつも出てこぬ。ご本人の言葉は「堅実」でござる。ふだんは慎ましく、旅と留学には惜しまず出す——金を見せる家ではなく、使いどころを決めておる家というのが、この御方の語る実家じゃ。
留学先の暮らしも、豪奢とは逆でござった。ホームステイしたのは「牛を60頭も飼っている牧場」。十代で野の暮らしを知られたわけじゃ。
きょうだいは「兄と妹がいる3人兄弟」。父君が家事をきっちり半分こなしておられた話は、【鈴木亮平】実家の家族構成!?家事を半分こなす父にて語っておる。
【震災の朝の父君、兄の背中、妹のオムツ】
ご実家の話で外せぬのが、1995年1月17日でござる。小学6年生の鈴木亮平殿は、西宮市で阪神・淡路大震災に遭われた。2015年1月2日の神戸新聞で、その朝をこう語っておられる。
「あの時、子ども部屋の2段ベッドで兄貴と寝ていた。地震が起きてすぐに父親が部屋に飛び込んできた。『地震だ。外に出るぞ』。暗闇の中、部屋に立つ父親のシルエットが頭に焼き付いている」
2014年の連続テレビ小説『花子とアン』では、吉高由里子殿演じるヒロインの夫・英治として関東大震災の場面に立たれた。その芝居について、「芝居では、子どもを守ろうとしたあの時の父の姿、気持ちをイメージした」と明かしておられる。
しばらくして阪神電車が神戸まで戻った日、父君に連れられて電車に乗られた。「車窓から見えた神戸のまちは悲惨だった。『この景色をしっかり覚えておけ』。父からはそう言われた」。そして「父と一緒に電車に乗りながら、痛み、苦しみを知った」と。
震災から30年の2025年1月12日、神戸新聞は同じ日をさらに細かく書いておる。父君は建築士として住宅の被害認定に奔走しておられ、「ちょっと見に行くぞ」と誘われて、兄君と3人で電車に乗ったという。ご本人は「当時は見せられてた半分、見てた半分。でも、大人になってすごく自分に効いていると思います」と振り返っておられる。
卒業式も忘れられぬ。体育館が使えず、1995年3月の卒業式は屋外であった。「僕は児童会長だった。紅白の幕が張られた運動場で答辞を読んだことを覚えている」。
兄君のことも語っておられる。2025年5月10日のMANTANWEBにて、「兄はシャイで小学校に入学する時も泣いていて」、ご自身は「兄がたどった道をたどるだけだったので楽でしたね」と。
妹君には、兄というより親に近い顔を見せておられた。2025年5月1日のOCEANSにて、「親が共働きだったこともあって、オムツを替えることはもちろん、保育園に迎えに行ったりしていました」。「妹の子育てには一緒に参加したような気がしています」とまで申される。
「いくら抱っこしても足りないくらい可愛いと思う感覚は、大人になった今でも残っています」。共働きの家で、子どもも手を貸す。堅実な家の回し方が、ここにも見えるのでござる。
【未来予想図-父の背中は芝居の中に生きる】
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、家で見たものを芝居に持ち込む役者じゃ。『花子とアン』では震災の朝の父君を重ね、2025年の映画『花まんま』では妹を守る兄・加藤俊樹を演じられた。俊樹と有村架純殿演じるフミ子の間柄を「あまり干渉し合わないといいますか」と評し、ご自身の兄妹と似ておると語っておられる。
2015年の神戸新聞では、ふるさとを「今があの頃の未来」と言い表し、「西宮出身として誇りに思う」、「僕自身、20年前の経験が俳優の仕事に生きている」とも申された。
ご自身の家庭については、2011年7月28日に一般女性との結婚を発表された折、「お互いに尊敬し合いつつ、思いやりのある明るい家庭を築けていければ」と述べておられる。父君に育てられた子が、今度は家を築く側に回られたわけでござる。
2026年1月18日に始まった日曜劇場『リブート』でも主演を務められた。吾輩はいつか、西宮の家で見た父君の背中を、そのまま父親の役で見せてくださる日が来ると踏んでおる。建築士の父君、オムツを替えた妹君、先を歩いた兄君——その一つ一つが、役の引き出しになっておるのでござろう。
『花まんま』や『リブート』で鈴木亮平殿を追う衆が、作品の品をそろえる折には、推し活の買いどき帳で買いどきを確かめておくとよかろう。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は西宮の堅実な家庭!?建築士の父と見た震災の車窓についてのまとめ】
今回は鈴木亮平殿について調査してみた!
ご実家は兵庫県西宮市。ご本人の言葉では「ふだんは堅実な家庭でしたが、そういうところにはお金を惜しまなかったですね」。父君は建築士で、両親とも働いておられた。
旅と留学には金を惜しまず、父君は「お金はなんとしても出してやる」と、高校1年のオクラホマ州への留学を後押しされた。
1995年の震災の後、父君は神戸へ向かう阪神電車で「この景色をしっかり覚えておけ」と告げられた。震災の朝の父の姿は、『花子とアン』の芝居に生きておる。
兄君の後をたどり、妹君のオムツを替えて育った真ん中の子——それが鈴木亮平殿でござる。
吾輩は鈴木亮平殿に対して、金を見せる家ではなく使いどころを知る堅実な家に育ち、父君の一言を芝居にまで持ち込む侍、と思ったんだがお主は鈴木亮平殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
UR都市機構『UR PRESS』vol.44「未来を照らす(7)俳優 鈴木亮平さん」堅実な家庭・建築士の父・3人兄弟
神戸新聞NEXT(2015年1月2日)語る20年(2)俳優 鈴木亮平さん
神戸新聞NEXT(2025年1月12日)震災30年語る 俳優 鈴木亮平さん
MANTANWEB(2025年5月10日)きょうだいがいて良かったと思う瞬間
OCEANS(2025年5月1日)主演映画『花まんま』と妹への思い
オリコンニュース(2011年7月28日)一般女性との結婚を発表
朝日新聞EduA(2021年4月1日)西宮市生まれ・2006年デビュー・『西郷どん』
モデルプレス(2026年4月13日)日曜劇場『リブート』2026年1月18日スタート
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