巷に騒がれる、堤真一殿:帰ってきたと感じる街と、37年後に知った父の応援について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1964年7月7日、兵庫県西宮市のお生まれ
- ジャパンアクションクラブに入り、真田広之の付き人を務められる
- 1984年頃、父君を亡くされる
- 2000年、ドラマ『やまとなでしこ』に出られる
- 2008年、映画『容疑者Xの献身』に出られる
- 同作にて日本アカデミー賞 優秀助演男優賞を受けられる
- 2021年10月25日、NHK『ファミリーヒストリー』にて父方の家系が辿られる
- 2025年、映画『木の上の軍隊』にて山田裕貴とW主演
- 2026年秋、ドラマ『もうパパ!』に主人公の父・多良山良詫役で出られる
【堤真一の実家は西宮-帰ってきたと感じる街】
堤真一殿の実家は、兵庫県西宮市でござる。
1964年7月7日のお生まれじゃ。
甲子園のある街、と言えば、お主にも通じようか。
この御方にとって、西宮はどういう街か。
2025年7月、大阪での舞台挨拶でこう語っておられる。
「西宮に近づけば帰ってきたなっていう感があるんですけど、大阪は舞台にしても、テレビにしても仕事っていう感じですね」
お主、ここでござる。
――帰ってきたな。
同じ関西でも、大阪は仕事の街、西宮は帰る街と、はっきり分けておられる。
そして、甲子園の街の生まれらしい話も続く。
話が阪神タイガースに及ぶと、途端に舌が回り出されたという。
「今年は調子いいっすね。まだまだ波乱はあると思うから、まだ安心しないほうがいいと思いますけど」
――まだ安心しないほうがいい。
好調の年でも浮かれぬ。長年見てきた者の構えでござる。
オールスターに阪神から大勢選ばれた話では、選手の疲れを案じてこう言われた。
「9人もいたらほとんどやんっていう…」
……最後は、すっかり関西弁であったそうじゃ。
この御方の芝居の顔からは想像しにくい、西宮の顔でござる。
【寡黙だった父-37年後に知った心の内】
さて、その西宮の家の話でござる。
2021年10月25日、この御方はNHKの『ファミリーヒストリー』に出られた。
題は「寡黙だった父 家族への思い」であった。
番組によれば、この御方は37年前に父君を亡くし、父方のルーツを全く知らなかったという。
放送の37年前といえば、この御方が二十歳前後の頃でござる。
そして別の番組では、幼い頃の父君について、会話をすることも少なかったと振り返っておられる。
――寡黙な父と、話の少ない息子じゃ。
取材で明らかになったことは、こうでござった。
祖父君は“駐在さん”として地域の暮らしを守り続けた警察官。
父君は東大受験を勧められるほどの秀才であったが、夢を断念していた。
母君も経済的な理由で女学校を中退しておられた。
お主、ここで手を止められよ。
――父君も母君も、進みたい道を途中で諦めた御二人でござる。
そして、そういう御二人が結婚後に何を大事にされたか。
団地での平穏な暮らしを何よりも大事にした、とある。
大きな夢ではない。静かな毎日じゃ。
一方、息子はどうであったか。
この御方は当初アクション俳優を目指し、ジャパンアクションクラブで真田広之殿の付き人を務められた。
――夢を追う側に回っておられたのでござる。
夢を諦めた父と、夢を追う息子。しかも父は多くを語らぬ。
……息子の側から見れば、父君がどう思うておられたかは、分からぬままであったろう。
だが、番組が辿った先に、答えがござった。
病床の父は夢を追う真一さんを静かに応援していた。
そして、その心の内を知り、涙が止まらなかったという。
――静かにでござる。
口に出して励ますのではなく、黙って応援しておられた。
寡黙な御方の応援は、寡黙な形でしか届かぬ。
それが届いたのは、父君を亡くしてから37年の後であった。
【未来予想図-己と逆の父を演じて学ばれる御方】
ここまでを、一度まとめておこう。
――堤真一殿の実家は兵庫県西宮市。今も「西宮に近づけば帰ってきたなっていう感がある」と語られる。
父君は東大受験を勧められるほどの秀才であったが夢を断念し、母君も経済的な理由で女学校を中退された。
御二人は団地での平穏な暮らしを何よりも大事にされた。
寡黙であった父君は、病床で夢を追う息子を静かに応援しておられた。37年後にそれを知り、涙が止まらなかったという。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、己と逆の父を演じて学ばれる御方だとみる。
根拠は、この秋の仕事でござる。
2026年秋、ABCテレビ・テレビ朝日系の日曜夜十時十五分に『もうパパ!』が始まる。
原菜乃華殿が主演で、この御方は主人公の父・多良山良詫を演じられる。
どういう父か。
――“家族の幸せな日常”の動画で再生数を稼ぐ父でござる。
お主、ここで先の話を思い出されよ。
団地での平穏な暮らしを大事にし、黙って息子を応援した父君。
家族の日常を人に見せ、数に執着してゆく父。
……ほとんど逆でござる。
この御方自身も、こう述べておられる。
「演じる良詫は、僕と全く違う感覚・思考回路なので、その役を演じることはある種の勉強だと思っています」
「撮影中の今でも、「なぜ良詫からこの言葉が出てきたんだろう」と思うことがあって、自分の中に役を落とし込むことがかなり難しかったです」
――ある種の勉強じゃ。
分からぬ父を、分からぬまま投げ出さず、なぜその言葉が出るのかを問い続けておられる。
思えば、この御方は父君の心の内を、37年かけて知られた御方でござる。
分からぬ父の心を辿ることには、誰より覚えがあろう。
そして作の見どころを問われ、こう答えておられる。
「子どもが親に反発したり、成長して旅立ったりとさまざまな自立の形があると思います」
ゆえに吾輩はこうみる。
この秋の良詫は、ただの困った父には終わるまい。
黙って見送る父を知る御方が演じる、見送れぬ父でござるゆえな。
寡黙な応援は寡黙な形でしか届かぬ。届いた者は、逆の父をも深く演じる
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は西宮!?寡黙だった父の心の内に涙についてのまとめ】
今回は堤真一殿について調査してみた!
一つ。堤真一殿の実家は兵庫県西宮市。「西宮に近づけば帰ってきたなっていう感がある」と語っておられる。
二つ。阪神タイガースの話になると舌が回り、「まだ安心しないほうがいいと思いますけど」と長い目で語られる。
三つ。NHK『ファミリーヒストリー』によれば、祖父君は駐在の警察官。父君は東大受験を勧められるほどの秀才だったが夢を断念し、母君も経済的な理由で女学校を中退された。
四つ。寡黙であった父君は、病床で夢を追う息子を静かに応援しておられた。その心の内を知り、涙が止まらなかったという。
五つ。2026年秋の『もうパパ!』では、家族の日常の動画で再生数を稼ぐ父を演じ、「僕と全く違う感覚・思考回路」と述べておられる。
吾輩は堤真一殿に対して、寡黙な父の応援を37年後に受け取られた御方、と思ったんだがお主は堤真一殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
NHK(ファミリーヒストリー「堤真一〜寡黙だった父 家族への思い〜」・2021年10月25日)
オリコンニュース(堤真一、地元・関西で阪神愛爆発・2025年7月17日)
オリコンニュース(堤真一、壮絶な下積み時代を回顧・2023年3月10日)
オリコンニュース(堤真一が「ご報告」娘役と一緒に…新ドラマ出演発表・2026年7月19日)
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