巷に騒がれる、松本若菜殿:実家のある土地と、二十二で家を出ると決められた日について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1984年2月25日、鳥取県米子市のお生まれ
- 中学校では、吹奏楽の部でクラリネットを担われた
- 高校では、食と調理を学ぶ科に進まれる
- 十五の頃、学校帰りに奈美悦子殿から誘われるも一度は断られた
- 学び舎を出たのち、地元で勤めに出られた
- 2006年3月9日、二十二の齢で江戸へ出られる
- 飲食の場で幾つも働きながら、稽古に通われた
- 2007年、『仮面ライダー電王』にて世に出られる
- 2009年、映画『腐女子彼女。』にて初主演を務められる
- 2011年6月、いまの事務所トリプルエーへ移られた
- 2017年、『愚行録』にてヨコハマ映画祭の助演女優賞を受けられる
- 2022年、『やんごとなき一族』での演じぶりが大いに騒がれた
- 2024年、『西園寺さんは家事をしない』にてゴールデン・プライム帯の連ドラ初主演を務められる
- 2026年4月、NHKドラマ『対決』にてNHKで初めて主演を務められた
【十五で誘われ、一度は断られた】
吾輩が今宵成敗いたすは、松本若菜殿の故郷と、家を出られた決断についてでござる。
――始まりは十五の齢、故郷の米子でのことでござる。
ご本人は、こう振り返っておられる。
「15歳の時に、住んでいた鳥取県米子市に奈美悦子さんがいらっしゃっていて、学校帰りの私が『芸能人がいる』と追いかけて握手してもらった時に、芸能界に入らない?と誘っていただいた」
――だが、話が具体的になるにつれ、だんだん怖くなってこられたという。
ゆえに、その時は断られたのでござる。
さて、この御方の歩みを少し見ておこうぞ。
――生まれは1984年2月25日、鳥取の米子でござる。
中学校では、吹奏楽の部で管を吹いておられた。
――高校では、食と調理を学ぶ科に進まれてな。
包丁を握り、調理師の免許まで取っておられる。
――十五の誘いは、怖さが勝って断っておられたのじゃ。
そして学び舎を出られ、地元で勤めに出られた。
――そのまま、故郷で暮らしてゆく道でござった。
お主、ここまでは真っ当な娘御の歩みでござろう。
――家を出る理由など、どこにも無かったのじゃ。
ところが、ここで一つの思いが芽生える。
――順に、見てゆこうではないか。
【22歳で、家を出ると決められた】
地元での勤めは、落ち着いたものでござった。
――美容部員として働いておられたという。
決められた刻に出て、決められた刻に帰る日々じゃ。
――そこで、この御方は思われたのでござる。
ご本人の言葉を、そのまま並べてみようぞ。
――シフト通りの生活が一生続くのかと思ったら、と。
そして、こう続けておられる。
――このまま人生が終わってしまうのかもしれない、と。
お主、この一言でござる。
――勤めが嫌であった、という話ではござらぬ。
先が見えてしまった、ということでござろう。
――二十を過ぎて、この先の五十年が見えてしまうのじゃ。
毎日が同じ形で続いてゆくと分かってしまう。
――これは、なかなかに恐ろしいことでござるぞ。
そして、この御方は動かれた。
――2006年3月9日、家を出て江戸へ向かわれたのじゃ。
二十二の齢でござる。
――お主、この齢での上京は重いのでござるよ。
十八で出るのとは、訳が違い申す。
――既に勤めを知り、給金を知っておられるゆえな。
手放すものが、はっきり見えておるということでござる。
――「22歳が最後のチャンスかもしれない」と思っての上京であった。
同じ頃の朋輩は、故郷で勤めを続けておられたであろう。
――その中で、一人だけ道を外れるのでござる。
家を出るというのは、そういうことでござるよ。
――守られておった場所から、出るということじゃ。
ただ、一つだけ言えることがござる。
――この御方は、二十二まで家におられたのじゃ。
十八で飛び出したのではござらぬ。
――学び舎を出て、勤めに出て、四年おられた。
つまり、真面目に暮らしておられたということでござる。
――その四年があったからこそ、決断も重かったのでござろう。
そして、その決断が全ての起点になる。
――次に、その先を見てまいろうぞ。
そして、この決断には後戻りがござらなんだ。
――勤めを辞めて出てこられたのでござるからな。
帰れば、また一から探さねばならぬ。
――それを承知で、切符を買われたのじゃ。
食べていくには、働かねばならぬ。
――あったのは、十代で取った調理師の免許だけでござった。
その一枚を頼りに、江戸へ向かわれたのでござる。
――お主、これは相当な胆でござるぞ。
二十二で家を出るという話を、もう少し噛み砕こうぞ。
――この齢は、いちばん動きにくい頃合いでござる。
既に勤めがあり、給金があり、暮らしの形もできておる。
――壊すには、惜しいものが揃うておるのじゃ。
十八であれば、失うものは何も無い。
――だが二十二には、捨てるものがあるのでござる。
しかも、故郷を離れるということでもござった。
――鳥取から江戸まで、当時は遠うござったろう。
気軽に帰れる隔たりではござらぬ。
――それでも、この御方は行かれたのじゃ。
先が見えてしまった、というただ一つの理由でな。
――この理由の強さを、吾輩は買うのでござる。
【未来予想図-あの決断から、二十年】
家を出られてからの二十年を、見てみようぞ。
――まず、待っておったのは長い下積みでござった。
飲食の場で幾つも働きながら、稽古に通う日々じゃ。
――学び舎で得た調理師の免許が、ここで効いておる。
2007年には、『仮面ライダー電王』で世に出られた。
――だが、そこから跳ねるまでが長かったのでござる。
十年、十五年と脇を固め続けられてな。
――2017年には、映画『愚行録』でヨコハマ映画祭の助演女優賞も受けておられる。
それでも、真ん中には立てなんだ。
――この時期が、最も苦しかったであろう。
故郷を思い出された日も、あったに違いない。
――あのまま勤めておれば、と思う日もござったろう。
だが、この御方は戻られなんだ。
――己で決めて出てきた道でござるからな。
そして2022年、ついに世が気づくのでござる。
――憎まれ役での演じぶりが、大いに騒がれてな。
この時、三十八の齢でござった。
――家を出てから、十六年でござるよ。
そこからは、坂を駆け上がるがごとくでな。
――同じ年に、テレビ東京『復讐の未亡人』で連ドラ初主演を務められた。
2024年には、TBS『西園寺さんは家事をしない』で、ゴールデン・プライム帯の連ドラでも主演に立たれる。
――2026年には、4月と7月に二本の主演でござる。
四十を越えて、いま最も忙しい時を迎えておられる。
――二十二で家を出た娘御が、でござるよ。
――先が見えた暮らしを、捨てられた。
そして二十年かけて、見えぬ先を掴まれた。
お主も、いま先が見えて息苦しいならばな。
――この御方の二十二の春を、思い出されよ。
見えた先を捨てる者にだけ、見えぬ先が来るのでござる。
――この御方の二十年が、それを証しておられる。
そして、この御方は故郷を忘れておられぬ。
――いまも、鳥取の話を語られることがござる。
出てきた者が、出てきた場所を語る。
――これは、恨んで出たのではないという証でござろう。
捨てたのは暮らしの形であって、家ではござらぬ。
――そこを取り違えてはならぬのでござる。
そして、いまや故郷の誇りとなっておられよう。
――四十を越えて、画面に出ぬ日が無いほどでござるからな。
二十二の春に出ていった娘御が、でござるよ。
――あの日の決断を、誰も笑えなくなったということじゃ。
――今宵の成敗、これにて相済み申した。
PR(広告を含みます)
【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は米子!?22歳で家を出た決断についてのまとめ】
今回は松本若菜殿について調査してみた!
吾輩は松本若菜殿に対して、先が見えてしまった暮らしを捨て、二十二で家を出ると決められた御方でござると思ったんだがお主は松本若菜殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
FRaU(2023年2月4日)15歳で奈美悦子に誘われ、美容部員を経て22歳で上京
FRaU(2023年2月4日)調理師免許を生かしてアルバイトを掛け持ち
マネー現代(2025年4月5日)演技のレッスンのかたわら新宿のうなぎ屋で
CREA(2026年4月5日)NHK初主演のプレミアムドラマ『対決』
オリコンニュース(2026年7月)TBS系火曜ドラマ『君の好きは無敵』で主演
関連記事

