巷に騒がれる、光浦靖子殿:50の齢で海を渡られた決断と、その後の歳月について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1971年5月20日、愛知県のお生まれ
- 東京外国語大学外国語学部インドネシア語学科を出ておられる
- 1992年、幼なじみの大久保佳代子殿とお笑いコンビ「オアシズ」を結成し、初舞台を踏まれる
- 1993年、テレビ朝日『GAHAHAキング』を6週勝ち抜き話題となる
- 2021年7月、50の齢にてカナダのバンクーバーへ渡られる
- まずは1年、語学学校に通われる
- 2022年8月、公立カレッジのシェフ養成コースに入り、二年を学ばれる
- 留学の日々を綴った『ようやくカナダに行きまして』を出されておる
- 続いて『ようやくカレッジに行きまして』も出されておる
- 2027年までの就労ビザを得て、いまもバンクーバーで暮らしておられる
【50の齢で、海を渡られた】
吾輩が今宵語るは、光浦靖子殿の決断でござる。
――50の齢にて、カナダへ渡られた御方じゃ。
2021年のことでござった。行き先はバンクーバー。
――お主、これがどれほどのことか考えてみられよ。
この御方は、笑いの道で長く第一線におられたのでござる。
――幼馴染と二人組を組み、名の知れた番組に出続けてこられた。
つまり、失うものが多い立場でござったのじゃ。
――何も持たぬ者が海を渡るのとは、わけが違うのでござるよ。
積み上げたものがある者ほど、動けぬのでござってな。
――いま離れたら、戻る場所が無くなるやも知れぬのでござるからな。
しかも50の齢でござる。
――周りは皆、そろそろ守りに入る歳でござろう。
それでも、この御方は行かれたのでござるよ。
――ここに、吾輩は深く唸ったのでござる。
そして向こうでの日々は、決して華やかではなかったという。
――まずは1年、語学学校に通われたのでござる。
お主、その場に立ったところを想像してみられよ。
――この国で名の知れた者が、何者でもなくなるのでござるよ。
むしろ、言葉ができぬ分だけ立場は下でござってな。
これは、堪えるはずでござる。
――できておった者が、できぬ者になるのでござるからな。
だがこの御方は、その場に留まられたのでござるよ。
――「今は何か困ったことがあったら、一言目に『ヘルプミー!』『助けて!』ですよ」と語っておられる。
ここが、吾輩のいちばん好きな所でござってな。
――できぬと言えるようになった、ということでござる。
できる者として振る舞い続けるのは、実は楽なのでござるよ。
――できぬと言う方が、よほど勇気が要るのでござるからな。
50の齢で、その勇気を持たれたのじゃ。
――これは、渡ったこと以上に大きい話でござろう。
【語学学校から、カレッジのシェフ養成コースへ】
さて、ここからが今宵の本題でござる。
――この御方は、語学学校で終わられなんだのでござるよ。
その後、2022年8月に公立カレッジのシェフ養成コースへ進まれたのでござる。
――しかも学ばれたのは、言葉ではのうて料理でござった。
お主、ここに引っ掛かりを覚えられたかな。
――何ゆえ、料理なのでござろうか。
吾輩の見立てを申せば、これは「残るもの」を選ばれたのでござる。
――言葉は、使わねば錆びるのでござってな。
だが手に覚えさせた技は、残るのでござるよ。
――そして技があれば、向こうで働く道も開けるのでござる。
実際この御方は、料理の学校を経て、2027年まで働ける就労ビザを得られたのじゃ。
――つまり、遊びに行かれたのではないのでござるよ。
暮らしを立てる算段まで、考えておられたのでござってな。
――ここが、ただの憧れとの分かれ目でござる。
そして二年のカレッジは「肉体的にも精神的にも厳しかった」と語っておられる。
――言葉の壁を抱えたまま、技を学ばれたのでござるからな。
料理の場では、指図が飛び交うのでござってな。
――聞き取れねば、手が止まるのでござるよ。
それでも、二年を修められた。
――この二年は、並の二年ではござらぬ。
さらにこの御方は、その日々を書物にもされておる。
――『ようやくカナダに行きまして』という書でござってな。
続く書として『ようやくカレッジに行きまして』も出されておる。
――経験を、そのまま働きに変えておられるのでござるよ。
ここが、この御方の賢い所でござってな。
――学びが、そのまま次の仕事になっておるのでござる。
「収入はワークショップ。クラスを持って手芸を教えています」と語っておられる。
――元より手芸を作る者としても知られておった御方でござるからな。
つまり持っておった技と、新たに得た技を重ねられたのじゃ。
――捨てて行かれたのではのうて、足しに行かれたのでござるよ。
【未来予想図-この御方の選びが示すもの】
さて、ここからはこの選びが何を示すかを語ろうぞ。
――お主にも、必ず関わる話でござるゆえな。
まず一つ目。この御方は、一度置くという技を持っておられた。
――捨てたのではござらぬ。置かれたのでござるよ。
捨てれば戻れぬが、置けば戻れるのでござってな。
――この差は、途方もなく大きいのでござる。
多くの者は、置けぬのでござるよ。
――手放したら二度と手に入らぬ、と思い込んでおるゆえな。
だが実の所、置いても大抵は戻れるのでござる。
――戻れぬのは、置き方が乱暴なときだけでござってな。
二つ目。この御方は、下手になる場へ自ら行かれた。
――これが、いちばん難しいことでござるよ。
齢を重ねるほど、人は上手な場にしか行かなくなるのでござってな。
――下手な己を、人に見せとうないのでござるからな。
だが、下手な場にしか伸び代はござらぬのでござるよ。
――上手な場では、確かめておるだけでござる。
三つ目。この御方は、学びを働きに繋げられた。
――書物にし、集まりを開き、技を売られたのでござる。
学びっぱなしで終わる者が、実に多いのでござってな。
――だがこの御方は、出口まで作られたのじゃ。
そして四つ目に、吾輩がいちばん申し上げたいことがござる。
――この御方は、50の齢を言い訳になさらなんだ。
もう遅い、という言葉は誰にでも使えるのでござってな。
――しかも、使えば周りが納得してくれるのでござるよ。
だから多くの者が、その言葉を使うのでござる。
――使えば、動かずに済むのでござるからな。
この御方は、その楽な言葉を選ばなんだのじゃ。
――お主、これがどれほど珍しいことか。
遅いかどうかは、始めた後にしか分からぬのでござってな。
――始めぬ限り、遅いままなのでござるよ。
【50歳でカナダへ!?学び直しの2年についてのまとめ】
今回は光浦靖子殿について調査してみた!
この御方は2021年、50の齢にてカナダのバンクーバーへ渡られた。
まずは1年、語学学校に通われた。
できておった者が、できぬ者になる場でござった。
そこで、できぬ己を恥じず、助けを求められるようになったと語っておられる。
その後、カレッジのシェフ養成コースで二年、料理の道を修められたのじゃ。
言葉は錆びるが、手に覚えさせた技は残るのでござる。
留学の日々は、二冊の書物にもなっておってな。
学びを、そのまま次の働きへ繋げておられるのでござるよ。
吾輩は光浦靖子殿に対して、積み上げたものを一度置ける者が、いちばん強いのでござる、と思ったんだがお主は光浦靖子殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
マイナビニュース(2026年1月23日)「毎日泣いていた」光浦靖子…留学を機に意識変化
スポニチ(2024年12月1日)光浦靖子 27年までの就労ビザ取得
スポニチ(2025年10月24日)カナダ留学中の光浦靖子 現在の収入源は…
日刊スポーツ(2021年6月24日)光浦靖子の略歴(92年オアシズ結成)
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