巷に騒がれる、アンナ・サワイ殿:4つの国を渡って二つの言葉を得た道のりと、頂で母に告げた礼について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1992年6月11日、ニュージーランドのお生まれ
- 10歳で日ノ本へ移り住まれた
- 2004年、ミュージカル『アニー』に約1万人の中から選ばれ主演
- 2006年、エイベックスのオーディションに合格された
- 2009年、映画『NINJA ASSASSIN/ニンジャ・アサシン』にキリコ役で出演
- 2013年、ダンスボーカルグループ「FAKY」として活動を始められた
- 2018年12月、俳優業に専念するため同グループを脱退
- 2021年、映画『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』にエル役で出演
- 2024年、『SHOGUN 将軍』で戸田鞠子役を演じられた
- 同じ年、第76回エミー賞 ドラマシリーズ部門 主演女優賞を受けられた
- 2025年1月、第82回ゴールデングローブ賞も受けられた
【4つの国を渡って、二つの言葉を得た】
「アンナ・サワイ殿はなぜ英語を話せるのか」——これを調べに来られた御方へ。
この御方の言葉の力は、……暮らした土地の数を見れば分かるのでござる。
生まれはニュージーランド。1992年6月11日のことじゃ。
……幼き頃は香港とフィリピンで過ごされ、
10歳で日ノ本へ移り住まれた。
……四つの国を渡って、ようやく落ち着いた先が日ノ本でござる。
この道のりが、二つの言葉を授けた。……英語も日本語も、机の上ではなく暮らしの中で身についたのじゃ。
教科書の文型を覚える前に、遊び相手の言葉を覚える。……子の耳は、置かれた場所の音をそのまま写し取るのでな。
そして日ノ本に来て、わずか2年。
……12歳で、ミュージカル『アニー』の主役に選ばれておられる。
その数、約1万人の中から一人。
……移り住んだばかりの子が、日本語で歌い、演じて、頂を取ったのでござる。
言葉の壁を、2年で越えたことになる。……いや、越えたというより、また一つ増やしたのでござろう。
14歳では歌い手としての審査に受かり、……17歳で『ニンジャ・アサシン』にて海の向こうへ出られた。
土地を移るたび言葉が増える……根無し草に見える道が、実は誰も持たぬ武器を育てておったのでござる。
【お母さんありがとう——頂で告げた礼】
だが、道は真っ直ぐではなかった。……この御方は、一度すべてを手放しておられる。
「事務所を飛び出すことはとても不安で勇気のいることだったのですが、ここは思い切って契約を更新せず、まっさらな状態で再スタートしてみようと」
……まっさらな状態で再スタート。
後ろ盾を自ら手放したのじゃ。
……仕事の口も、後ろ盾も無い身に戻るということでな。
17歳から積み上げたものを、一度ゼロに戻す決断でござる。
そして、こう続く。
「そんなときに声をかけてくださったのが、偶然『ニンジャ・アサシン』を観ていた今のマネージャーだったんです」
……17歳の折の一作を観ていた者が、手放した直後のこの御方を見つけた。
……手放さねば、その手は掴めなんだ縁でござる。
空けた手にしか、新しいものは載らぬ。……この御方は、それを17の齢の積み上げごと賭けて確かめたのじゃ。
その先が、2024年の『SHOGUN 将軍』鞠子役。……そして同年、エミー賞の主演女優賞じゃ。
壇上で、この御方が最初に告げたのは——
「今まで支えてくれたお母さんありがとう。あなたのおかげで、私は鞠子を演じて、今、ここにいることができました。この受賞はすべての女性のためのものです」
……四つの国を子と共に渡った母がおられる。その母への礼から始めて、締めはすべての女性のためじゃ。
……異国での暮らしを支えたのは、母の腹の据わり方であったろう。
身内への礼で始め、見も知らぬ誰かへ捧げて終える……頂に立つ者の言葉は、こう広がるのでござる。
【未来予想図-どこの国の役者か、を問われぬ人へ】
さて、この御方には、忘れずに讃える先達がおる。……同じ夜に主演男優賞を受けた真田広之殿でござる。
現場での姿を、この御方はこう語られた。
「プロデューサーとしてのヒロさんは、つねに優しくて情熱的。…レジェンドなのに人柄が柔らかい」
……自分のパート以上に私のパートを真剣に考えてくださるとも述べておられる。
だが、この御方の言葉で最も重いのは、次の一節じゃ。
「私の場合、『アジア人をもっと起用しよう』という機運のなかでキャリアをスタートさせたので、役を掴むことに昔ほど苦労はしていないと思いますが、ヒロさんの場合は、役がない、セリフがない、発言権もないなど、不遇の時代を耐えながら一つ一つキャリアを積み重ね、現在の地位を獲得されたパイオニア。つまり、海外進出を目指す私たちのレールを敷いてくれた方」
……お主、この構えの見事さが分かられるか。
自分が受けた恩恵を、時代の変化のおかげと正直に認めておられる。
……そして、その変化を作った者の名を挙げるのじゃ。
己の手柄にしてしまえば、話はそこで終わる。……恩を数える者の言葉は、次の世代まで届くのでな。
……その時代を耐えた人がおったから、いま自分の役があると。
配役の機運が変わるまでに、どれほどの歳月が要ったか。……その勘定を、この御方はきちんと勘定に入れておられるのじゃ。
真田殿は同じ夜、日本語で時代劇の先達へ礼を述べられた。……そしてこの御方は、その真田殿へ礼を述べておられる。
——さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方の生い立ちを、もう一度並べてみようぞ。
生まれはニュージーランド。幼き頃は香港とフィリピン。
……そして10歳で日ノ本へ移り住まれた。
根の無い暮らしと見る向きもあろう。
……どこにも長う居らぬのは、心細いものでござるゆえな。
だが、その暮らしが二つの言葉を残した。
そして今、その二つで海の両側に立っておられる。
ここで、受賞の言葉を思い出してみられよ。
……最初に礼を述べた相手は、母君であった。
国でも、作り手でも、共演者でもない。
……連れて回った人への礼から始めておられるのじゃ。
ならば、この御方の先はこうなろうと吾輩は見る。
……どこの国の役者か、を問われぬ役者になっていかれるのではないか。
日ノ本の役者が海の外へ出た、という語られ方には、
……いずれ収まらなくなるでござろう。
初めから両方に居る者は、渡る必要が無いゆえな。
そういう役者は、これまで居らなんだ。
……ゆえに、この御方の歩みがそのまま道になるのでござる。
もっとも、これは吾輩が勝手に描いた図でござる。
だが根が無いと思うておったものが、実は翼であった。
……そういう話を、吾輩は嫌いではない。
どこにも長う居らなんだ子が、どこにでも立てる役者になったのでござる。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【英語と日本語で頂へ!?母への礼についてのまとめ】
今回はアンナ・サワイ殿について調査してみた!
アンナ・サワイ殿と英語について、四つに絞ってみようぞ。
一つ。ニュージーランドに生まれ、香港とフィリピンを経て10歳で日ノ本へ。四つの国を渡る暮らしが、二つの言葉を授けた。
二つ。移り住んで2年、12歳でアニーの主役に約1万人の中から選ばれた。
三つ。一度は事務所との契約を更新せず「まっさらな状態」に戻り、その直後に今の道が開けた。
四つ。2024年、エミー賞の主演女優賞。第一声は母への礼で、締めは「すべての女性のため」であった。
……お主、この御方の英語をどう見られたか。
教室で覚えた英語ではない。……渡り歩いた先々で、生きるために身についた言葉でござる。
新しい土地で友を作るには、その土地の言葉が要る。……子にとっては学びではなく、生き延びる術であったろう。
だからこそ、日本語も同じ強さで残った。……どちらかを捨てねば身につかぬ、というものではないのじゃ。
二つの言葉を持つ者は、二つの世界に居場所を持てる。……あの作の鞠子役は、まさにその両方が要る役でござった。
そして吾輩が最も好いたのは、先達への言葉でござる。
……海外進出を目指す私たちのレールを敷いてくれた方。
己の成功を、己の才だけで語らぬ。……誰かが敷いた線路の上を走っておると知っておる者は、その線路を、また先へ延ばすのでござるよ。
吾輩はアンナ・サワイ殿に対して、渡り歩いた土地の数だけ、言葉と度胸は増えるのでござる、と思ったんだがお主はアンナ・サワイ殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
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