巷に騒がれる、山田孝之殿:撮影前からNHKに通い、姉役と絆を作り、毎日ギターを握った17歳について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1983年10月20日、沖縄県那覇市のお生まれ
- 1999年、『サイコメトラーEIJI2』にて世に出られる
- 2000年、ドラマ愛の詩『六番目の小夜子』に出演される
- 2001年、連続テレビ小説『ちゅらさん』にて古波蔵恵達を演じられる
- 2003年、『WATER BOYS』にて連続ドラマ初主演を務められる
- 2023年、大河ドラマ『どうする家康』にて服部半蔵を演じられる
【山田孝之の朝ドラはちゅらさん-17歳で演じた弟・恵達】
山田孝之殿の朝ドラは、2001年度前期の『ちゅらさん』でござる。
演じられたのは古波蔵恵達。主人公・恵里(国仲涼子殿)の弟で、三人きょうだいの中でただ一人の秀才じゃ。
この時のご本人の歳が、また若い。
「最初に恵達を演じていた時は17歳かな」
――17歳。
世に出てまだ間もない若者が、朝ドラの主人公の弟という大きな役を得た訳でござる。
その前の年、16歳で出た『六番目の小夜子』のことを、ご本人はこう振り返っておられる。
「セリフを覚えて口にする時には、脚本に書かれている気持ちを込めたつもりでも、やはり出来ていない。いろいろな方に叱っていただきながら、撮影に臨んでいました」
――叱られながら学んでおった若者が、一年ほどで朝ドラの大役に抜かれた訳じゃ。
しかも、撮影が始まる前から準備の日々があった。
「朝ドラのオーディションに受かってから撮影が始まるまでの期間、僕と恵里役の国仲涼子さんはNHKに通ってストレッチや発声など、いろいろなレッスンを受けていました」
お主、ここでござる。
――撮る前から、姉役と二人でNHKに通う。
これが後々、大きく効いてきた。
「そこでまず姉と弟のコミュニケーションの場を作っていただけたのが大きかったですね」
芝居の稽古というより、きょうだいになるための時間であった訳じゃ。
撮影が始まってからも、二人はずっと一緒であった。
「撮影がスタートしてからは空き時間も常にスタジオの前室やメーク室などで、ずっと一緒にいました。2人でセリフ合わせをしたり、我慢できずにお菓子を食べたり、姉ぇ姉ぇ(=恵里)はいつもにこにこしていたなぁ」
――我慢できずにお菓子を食べる。17歳らしい、微笑ましい話でござる。
そして、この姉と弟の空気には、ご本人の暮らしも生きておった。
「実際、僕にも姉がいるので恵里に対して姉ちゃんという感覚にもなれたし、8か月近く一緒にいたので近所の幼なじみというか友達お姉ちゃんのようでもありました」
……作り物のきょうだいではなく、ほんとうに姉と過ごすような8か月であった訳でござるな。
【朝ドラのギター特訓-毎日毎日練習してきつかった】
さて、この役には一つ大きな山があった。
「大変だったのはギター」
恵達は、のちにミュージシャンを目指して東京へ出る。そして一度は売れて、デビューまで果たす若者じゃ。
ギターを弾けぬでは話にならぬ。そこで――
「恵達はミュージシャンとしてメジャーデビューすることになっていたので、撮影前からギターを特訓、毎日毎日練習していました」
――毎日毎日。
撮影の前から発声やストレッチの稽古に通い、その上でギターの特訓でござる。17歳にしては、なかなかの修行じゃ。
そしてご本人は、正直にこう振り返っておられる。
「今となっては良い思い出ですが、あの当時はきつかったです」
――あの当時はきつかった。
飾らぬ言い方でござる。きつかったことを、きつかったと言う。
だが、その毎日の積み重ねがあったからこそ、恵達が沖縄の音楽に立ち返ってゆく物語にも説得力が出たのでござろう。
もう一つ、正直な打ち明け話がある。
この作は評判を呼び、『ちゅらさん2』『ちゅらさん3』と続編も作られた。恵達も歳を重ね、結婚し、子どもまで生まれる。
「高校時代やミュージシャンを目指して東京に出て行くというところまでは等身大で出来たのですが、その後、結婚してさらに続編では子どもまで生まれますからね。その辺になると正直よくわからなかったです」
――正直よくわからなかった。
……17歳で始めた役が、己の歳を追い越して父親になってゆく。分からぬのも当然でござる。
それを隠さず笑って話されるところに、この御方の人柄が出ておるのう。
【未来予想図-見えぬ過去まで作り込む御方】
さて、ここまでを一度まとめておこうぞ。
――山田孝之殿の朝ドラは『ちゅらさん』の古波蔵恵達。17歳の時であった。
撮影前から姉役の国仲涼子殿とNHKに通ってレッスンを受け、きょうだいの絆を作られた。
そして毎日毎日ギターを特訓し、「あの当時はきつかった」と振り返っておられる。
さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、見えぬ過去まで作り込む御方だとみる。
根拠は、22年後の大河『どうする家康』で服部半蔵を演じた折の言葉でござる。
「そうした記憶がないと動けないししゃべれないので、脚本から読み取れるところに自分で作った過去を足していきました」
――自分で作った過去を足す。
しかも、人を信じぬ半蔵の心を見せるため、こうされたという。
「序盤ではほとんどのシーンで誰とも目を合わせないようにしています」
振り返れば、17歳の折もそうであった。
撮る前から姉役と過ごし、画面に映らぬ「きょうだいの時間」を先に作っておられた。
そしてギターも、弾ける者として立てるまで、撮影前から毎日握っておられた。
――画面に出るのはほんの一部。だが、その裏に映らぬ日々をどれだけ積んだかで、役の厚みが決まる。
ゆえに吾輩はこうみる。
この御方はこの先も、役の見えぬ過去を己で作り、目線一つにまでその過去を宿らせてゆかれる。
いつか朝ドラへ戻られる折には、17歳の弟が、今度は若い主人公を見守る年長者として、その背に長い過去を背負うて現れるであろう。
撮る前にきょうだいになり、撮る前にギターを握る。映らぬ時間こそ、この御方の芝居の土台
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【朝ドラは17歳のちゅらさん!?ギター特訓がきつかったについてのまとめ】
今回は山田孝之殿について調査してみた!
一つ。山田孝之殿の朝ドラは2001年の『ちゅらさん』。主人公の弟・古波蔵恵達を17歳で演じられた。
二つ。撮影前から姉役の国仲涼子殿とNHKに通ってレッスンを受け、「姉と弟のコミュニケーションの場」ができたという。
三つ。「僕にも姉がいるので恵里に対して姉ちゃんという感覚にもなれた」とのこと。
四つ。ミュージシャン役のため「撮影前からギターを特訓、毎日毎日練習していました」。「あの当時はきつかった」と振り返る。
五つ。続編で恵達が結婚し父になる辺りは「正直よくわからなかった」と明かしておられる。
吾輩は山田孝之殿に対して、映らぬ時間を積み上げて、役に過去を宿らせる御方、と思ったんだがお主は山田孝之殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
NHKアーカイブス(山田孝之/連続テレビ小説『ちゅらさん』)
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