巷に騒がれる、野村周平殿:3万人を超えるオーディションを勝ち抜かれた出発と、その後の歩みについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1993年11月14日のお生まれ、兵庫県神戸市の出
- 2009年、アミューズ全国オーディションにてグランプリに輝かれる
- そのオーディションには、3万1514名もの応募があったという
- 2013年、ドラマ『35歳の高校生』に出ておられる
- 2014年、映画『日々ロック』に出ておられる
- 2015年、TAMA映画賞にて最優秀新進男優賞に選ばれた
- 2016年から2018年にかけ、映画『ちはやふる』三部作に出ておられる
- 2016年、ドラマ『好きな人がいること』にも出ておられる
- 2017年、映画『サクラダリセット』にも出ておられる
- 2024年、ドラマ『しょせん他人事ですから』に出ておられる
- 2025年、ドラマ『ちはやふる-めぐり-』で真島太一の役に10年ぶりに戻られた
- 同じ2025年、ドラマ『完全不倫 -隠す美学、暴く覚悟-』にも出ておられる
【3万1514名の、頂に立たれた】
吾輩が今宵語るは、野村周平殿の出発でござる。
――2009年、アミューズ全国オーディションにてグランプリに輝かれた御方じゃ。
このオーディションには、応募が3万1514名あったという。
――お主、この数を思い浮かべてみられよ。
三万を超える者が集まり、選ばれたのはただ一人でござる。
――小さき町の人が、まるごと集まったほどの数でござるよ。
その中から一人。これは、途方もない話でござってな。
――しかも当時、この御方はまだ十代でござった。
だがここからが、今宵の肝要な所でござる。
――選ばれたからといって、世に出られるとは限らぬのでござるよ。
頂に立った者が、そのまま消えることは山ほどござってな。
――オーディションは、扉が開いただけの話でござるからな。
扉の先を歩くのは、また別の力が要るのでござる。
――そしてこの御方は、その先を歩かれたのでござるよ。
2013年、ドラマ『35歳の高校生』にて世に知られるようになられた。
――選ばれてから、四年が経っておるのでござる。
この四年を、お主はどう見られるかな。
――吾輩は、ここが面白い所だと思うのでござってな。
三万人の頂に立った者でも、四年かかったのでござるよ。
――つまり、頂に立った翌日から輝いたのではないのじゃ。
そして2015年には、TAMA映画賞にて最優秀新進男優賞に選ばれておる。
――グランプリから、六年を経てのことでござった。
2016年からは、映画『ちはやふる』の三部作に出ておられる。
――この作が、この御方の名を広く知らしめたのでござるよ。
同じ年には、ドラマ『好きな人がいること』にも出ておられる。
――翌2017年には、映画『サクラダリセット』にも出ておられるのじゃ。
近ごろも、ドラマ『しょせん他人事ですから』や『完全不倫』に出ておられてな。
――十年を超えて、途切れずに立ち続けておられるのでござる。
この途切れておらぬという所が、実は最も凄いのでござるよ。
――華やかに出る者より、続く者の方が少ないのでござるからな。
【グランプリでも、仕事は来なんだ】
さて、グランプリの後の話をいたそうぞ。
――この御方は、15歳の時にグランプリを受けられた御方じゃ。
そして高校2年の時に神戸から上京し、東京の堀越高校へ移られたという。
――同じ学年には、名の知れた顔ぶれが並んでおったそうな。
番組で本人が挙げられたのは、神木隆之介殿、志田未来殿、川島海荷殿、山田涼介殿、知念侑李殿、中島裕翔殿の名でござる。
――だが、この御方には仕事の声がかからなんだのでござる。
本人は、こう振り返っておられる。
――「グランプリになったので、CMとかドラマとか決まって…と思っていたら全然(仕事が)来なくて。普通の高校生活を送っていました」。
お主、これがどれほど堪えるか分かるかな。
――周りの同級生は、次々と画面に出ておるのでござるよ。
その中で、己だけが普通の高校生でござる。
――頂に立った者ほど、この落差は重いのでござってな。
では、その時期を支えたのは誰であったか。
――自転車競技のBMXで知り合うた友であったという。
高校を出る頃から、仕事は少しずつ増えていったそうな。
――芸能の友もできたが、苦しい頃を支えた友との縁は今も特別じゃと語っておられる。
「飲み屋とかでバカ騒ぎできるのが好き」とも申されておってな。
――華やかな場より、気の置けぬ友を大事にされる御方なのでござる。
ここに、四年の答えがあると吾輩は見ておる。
――声のかからぬ時期を、腐らずに過ごされたのでござるよ。
支えてくれる友がおり、己の暮らしがあった。
――だからこそ、声がかかった時に立てたのでござろう。
選ばれたことより、その後をどう過ごしたかでござってな。
――お主にも、声のかからぬ時期があろう。
その時に何を大事にするかが、後で効いてくるのでござるよ。
【未来予想図-10年を経て戻るということ】
さて、ここからは近ごろの話をいたそうぞ。
――この御方は2025年、ドラマ『ちはやふる-めぐり-』で真島太一の役に戻られたのでござる。
映画の一作目から、10年の時を経てのことでござった。
――お主、これがどれほどのことか分かるかな。
10年でござる。人が変わるには、十分すぎる歳月でござってな。
――そして多くの場合、同じ顔ぶれは揃わぬのでござるよ。
誰かが道を変え、誰かの都合が付かず、誰かが呼ばれぬ。
――十年前と同じ者を並べるのは、実は至難でござる。
それが広瀬すず殿、矢本悠馬殿、佐野勇斗殿らと揃うたということは、皆が続けておったということでござってな。
――これは、当人たちの努めの証しでござるよ。
そして呼ばれた側にも、意味がござってな。
――10年を経ても、その役はこの御方だと思われたのでござる。
代わりがおらなんだ、ということでござるよ。
――これほどの褒め言葉が、他にござろうか。
さて、これから先はどうなるでござろうか。
――吾輩の見立てを申せば、この御方の場はむしろ増えるでござろう。
何ゆえかと申せば、三十を超えた演じ手が足りておらぬからでござる。
――若き役を担う者は、次から次に出てくるのでござるよ。
だが齢を重ねた役を、確かに担える者は少ないのでござってな。
――しかも十年続けた者だけが、そこに立てるのでござる。
この御方は、その十年を済ませておられるのじゃ。
――つまり、ここからが本番でござるよ。
最後に、お主に一つ申し上げたいことがござる。
――三万人の頂に立っても、四年かかったのでござる。
そして名が広まってからも、十年を淡々と続けてこられた。
――ここに、この御方のいちばんの強さがござってな。
選ばれることより、続けることの方が難しいのでござるよ。
――そして続けた者にしか、戻ってくる話は来ぬのでござる。
10年ぶりに同じ役へ呼ばれるとは、そういうことでござってな。
――お主の道にも、同じ理屈が通っておるはずでござる。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【ちはやふるに10年ぶり!?3万人の頂点についてのまとめ】
今回は野村周平殿について調査してみた!
この御方は2009年、3万1514名のオーディションでグランプリに輝かれた。
だが世に広く知られるまでには、そこから四年を要しておる。
2015年には、TAMA映画賞の最優秀新進男優賞にも選ばれておられる。
2016年からの映画『ちはやふる』三部作が、この御方の名を広く知らしめた。
そして2025年、10年ぶりに同じ太一の役へ戻られたのでござる。
代わりがおらなんだ、ということでござろう。
吾輩は野村周平殿に対して、選ばれた一人が、選ばれ続けるとは限らぬのでござる、と思ったんだがお主は野村周平殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
オリコンニュース(2009年)アミューズ全国オーディション2009 総合グランプリ・野村周平
WEBザテレビジョン(2018年10月11日)野村周平「グランプリになったのに、全然仕事が来なかった」
映画.com(2025年8月27日)「ちはやふる めぐり」野村周平vs新田真剣佑
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