【timelesz・松島聡】2度目の手紙で!?絵を描く男

松島聡 怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、松島聡殿:二度目の手紙で!?絵を描く男について、

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

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  • 1997年11月27日、静岡県島田市にて生誕。八つ上の姉上がおられる。
  • 姉上の観ておられた公演の映像に感動し、この世界を志す。
  • 小学5年の折、事務所へ履歴書を送るも返事は無し。
  • 中学に上がってから、履歴書と自分の思いを書いた手紙を再び送り、審査に呼ばれる。
  • 2011年2月、13歳で事務所に入る。
  • 2011年9月29日、Sexy Zoneの結成とともに11月のCDデビューが発表される。
  • 2014年5月5日、弟分の組の結成が発表される。全員に「松」の字が付く三人でござった。
  • 2017年10月、『世にも奇妙な物語』の一編にてドラマ初出演かつ初主演。
  • 2022年4月、舞台『こどもの一生』にて舞台単独初主演。
  • 2023年、初となる自身の展覧会を表参道にて開催。
  • 2024年1月9日、個人のInstagramを開設。
  • 2026年1月6日、日本テレビ系の番組にて新たに定席を得ることが発表される。
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松島聡の一度目は返事が来なんだ

松島聡殿は1997年11月27日の生まれ、静岡県島田市の出にござる。八つ上の姉上がおられる。

この道を志した切っ掛けは、その姉上でござった。

姉上が観ておられた公演の映像に感動し、「この世界に行きたい!」と思われたのじゃ。

そして小学5年の折、事務所へ履歴書を送られた。

ところが——返事は来なんだ

お主ら、これをどう思われる。十一の子どもが勇気を出して送った紙に、何の返事も無い。

普通なら、ここで終わる。「自分には向いていなかった」と諦めるのが、たいていの筋でござろう。

だが松島聡殿は、そこで終わらなんだ。

中学に上がってから、履歴書と、自分の思いを書いた手紙を再び送られたのじゃ。

紙一枚ではない。手紙を添えて、である。

そして今度は、審査に呼ばれた。2011年2月、13歳で事務所に入られる。

一度目で駄目なら、二度目に手紙を添える。この工夫と粘りが、道を開いたのでござる。

入られてわずか七か月後の2011年9月29日には、組の結成とCDデビューが発表された。あまりに早い展開でござるな。

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松島聡の絵を描く男、そして推しの話

さて、この御仁を語るうえで欠かせぬのがでござる。

松島聡殿は、絵を描くことが大変に得意であられる。

その腕は、早くから形になっておった。

慈善の催しの品の背に刷られる意匠を担当され、組の公式の人形の意匠も手掛けておられる。

そして2022年には、先達から直に頼まれて、その御方の公演で履く靴の意匠まで担当された。

頼まれて描く。しかも先達から直に、である。これは腕が認められておらねば起きぬことでござる。

2023年には、初となる自身の展覧会を表参道にて開かれた。

アイドルとして活動しながら、自分の名を冠した展覧会を開く。なかなかできることではござらぬ。

頼まれる相手が、いずれも形の残るものばかりというのも良い。

一度きりの飾りではない。世に出て、人の手に渡り、長く残る品じゃ。

さて、この御仁の絵について、もう少し語らせてくれ。

頼まれる相手の顔ぶれが、実に幅広いのでござる。

慈善の催しの品の背に刷る意匠、組の公式の人形の意匠、そして先達の履き物。

どれも、描き手の名で選ばれておるのじゃ。

アイドルだから頼む、という話ではござらぬ。

この者に描かせたい、と思われたということでござろう。

そして2023年、表参道にて初の展覧会を開かれた。

己の名を冠した場を持つ、ということでござる。

絵を描く者にとって、これは大きな節目でござろう。

しかも、独りで積み上げてこられた末のことでござる。

習いに通われた、という話も聞こえてこぬ。

好きで描き続けておられたら、こうなったのでござろうな。

ここで、絵という手業について少し考えてみようではないか。

歌も踊りも、その場で消えるものでござる。

催しが終われば、後には何も残らぬ。

だが、絵は残るのでござるよ。

品になり、人の手に渡り、長く使われる。

そこが、他の芸とはまるで違うところでござる。

この御仁が頼まれてきた仕事を、いま一度並べてみよう。

着る物の背に刷られる意匠でござる。

これは、着る者がおる限り残る。

組の顔となる人形の意匠でござる。

これは、組が続く限り使われる。

そして先達の履き物の意匠でござる。

これは、その御方の催しの間ずっと足元にあった。

いずれも、一度きりの飾りではござらぬ。

使われ続けるものばかりでござる。

頼む側も、それが分かっておるのでござろう。

だからこそ、腕を見て頼まれるのじゃ。

そして、この御仁はその期待に応えてこられた。

断られた、という話も聞こえてこぬ。

頼まれれば、描く。

そういう構えでおられるのでござろうな。

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松島聡の未来予想図-市の顔まで手掛けた

さて、松島聡殿の現在(いま)である。

芝居の場でも歩みを進めておられる。

2017年10月には『世にも奇妙な物語』の一編にて、ドラマ初出演にして初主演を務められた。

そして2022年4月、舞台『こどもの一生』にて舞台単独初主演。こちらは急な代役としての起用でござった。

代役というのは難しいものでござる。稽古の時も短く、比べられることも多い。それを引き受けて、初主演として立ち切られたのじゃ。

そして絵の仕事は、いよいよ大きくなっておる。

2025年には、ある市の観光の施設が新しくなるにあたり、大きな映像の板に映す作の制作を頼まれた。

この御仁の現代の美術への取り組みに、市と会社が強く関心を持たれたのが切っ掛けだという。

つまりアイドルだから頼まれたのではない。美術に取り組む者として、見込まれたということでござる。

そして松島聡殿は、その映像の顔となる人物まで作り、名を付けられた。

さらに2026年5月、その市はその人物を市の公式の顔として認めたのじゃ。

観光を伝える活動や、渦潮の世界遺産への登録を目指す活動に使われ、慈善の品や土産の品としても形になっていくという。

アイドルが描いた人物が、市の公式の顔になる。これほど痛快な話もあるまい。

2014年5月5日には、弟分の組の結成も発表されておる。その三人は、全員に「松」の字が付いておったという。こういう遊び心のある組み方も、この世界らしくて良いのう。

2024年1月9日には個人のInstagramも開設された。2026年1月6日には、大きな番組の定席を得ることも発表されておる。

一度目の紙に返事が来なんだ少年が、二度目に手紙を添えて道を開き、いまや市の顔まで手掛けておられる。

諦めなんだ者にだけ、二度目の機会は回ってくる。この御仁の歩みは、そのことを静かに教えてくれるのう。

改めて、この御仁の面白さを申しておこう。

アイドルという生業は、与えられた曲を歌い、与えられた衣装を着るのが普通でござる。だが松島聡殿は、その枠の外へ手を伸ばし続けておられる。

描いて、名を付けて、展覧会を開いて、そして市を動かす。表に立つ者でありながら、作る者でもある

そのどちらも、姉上の一枚の映像から始まっておるのじゃ。

絵を描く者としての目は、芝居にも効いておるはずでござる。画の中で人物をどう置くか、色をどう組むか。それを考え続けてきた者が、画面の中に立つのでござるからな。

2022年4月の舞台『こどもの一生』では、急な代役として単独初主演を務められた。稽古の時も短く、比べられることも多い立場でござる。

それを引き受けられたのは、待つより先に手を挙げる性分があってのことでござろう。

小学5年で送った紙に返事が来ず、中学で手紙を添えて送り直した。あの日と、まったく同じ動き方でござる。

そして、その道を掴むまでに二度の応募が要った。一度目には返事が来なんだ。

もしあの時に諦めておられたら、いま淡路の海辺に立つ映像の顔は、この世に無かったことになる。

この先どのような絵と芝居を見せてこられるか、吾輩も楽しみにしておるぞ。

絵の腕が、この先どこまで伸びてゆくか。

市の顔を手掛けた次は、何が来るのでござろうな。

描く者としての歩みも、演じる者としての歩みも、まだ途中でござる。

どちらも捨てず、両方を持ってゆかれるのでござろう。

そういう生き方は、なかなかできるものではござらぬ。

たいていの者は、どちらかに寄るものでござるからな。

だが、この御仁は寄っておられぬ。

歌い、踊り、演じ、そして描いておられる。

しかも、そのどれもが仕事になっておるのじゃ。

余技として楽しんでおられるのではござらぬ。

頼まれ、任され、世に出る形で残っておる。

そこが、この御仁の恐ろしいところでござる。

そして、その始まりを思い出していただきたい。

小学五年の折に送った、一枚の紙でござる。

返事は、来なんだ。

普通なら、そこで終わる話でござろう。

だが、この御仁は二度目を送られた。

しかも、手紙を添えてでござる。

その一度の工夫が、いまに繋がっておるのじゃ。

諦めなんだ者にだけ、二度目の機会は回ってくる。

吾輩は、この御仁の先をじっくり見ていきたいと思うのじゃ。

最後に、この御仁の絵が届いた場所をもう一度申しておこう。

淡路の海辺でござる。

渦潮で知られる、あの海でござろう。

そこに立つ大きな映しの板に、この御仁の作が流れておる。

そして、その顔となる人物まで作られたのじゃ。

さらに、市がそれを公の顔として認めた。

一人の描き手の手から出たものが、土地の顔になったのでござる。

これほど遠くまで届いた例は、そうそうござるまい。

しかも、その始まりは一枚の紙と一通の文でござった。

人の道とは、まことに分からぬものでござるな。

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【吾輩からの一言】

人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。

とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家でできる器も出ておってな。

楽天の番付で一位を取ったものがこれでござる。まずは見てみられよ。

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今回は松島聡殿について調査してみた!

吾輩は松島聡殿に対して、一度目で駄目なら手紙を添えた、粘りと絵の若侍、と思ったんだがお主は松島聡殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

timeleszの八人を、まとめて追うたのはこちらじゃ

【timelesz】まとめ・8人の学歴と学生時代・加入までの道のり

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

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