【王林】卒論は津軽塗!?学歴と青森を出なかった訳

【王林】 怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、王林殿:祖父にちなむ卒業の論文と、故郷に留まられた理由について、

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

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  • 1998年4月8日、青森県弘前市のお生まれ
  • 九つの歳に、同じ県の青森市へ移られた
  • その九つの歳、弘前の学び舎に入られる
  • 小学の頃は、別の集いで活動しておられた
  • 2013年、中学生の頃にりんご娘へ加わられる
  • そこで、二代目の「王林」と名付けられた
  • 2017年3月、弘前学院聖愛高校を卒業される
  • 2021年3月、青森中央学院大学を卒業された
  • 学部は、経営法学部でござる
  • 2022年4月、独りでの活動を始められる
  • 2023年、演じ手としても世に出られたのでござる
  • 2024年、学び舎の使いにも就かれたのでござる
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王林は9歳で弘前アクターズスクールに入った

さて、まずは生い立ちから参ろうではないか。

――お生まれは、青森県弘前市でござる

そして九つの歳に、同じ県の青森市へ移られた。

――その九つの歳に、もう一つ大事なことが起きる

弘前の芸の学び舎に、入られたのでござる。

――目指しておられたのは、模す者であったという

九つで、既に志を持っておられたのでござる。

――そして小学の頃から、集いで活動しておられた

その頃の名は、今とは違う名でござった。

――そして2013年、中学生の頃に大きな縁が来る

りんご娘という集いに、加わられたのでござる。

――そこで、二代目の「王林」と名付けられた

この名、実は当初は前向きではなかったそうな。

――別の名になりたかった、と語っておられる

せめて赤い林檎がよかった、とも申されたという。

――だが、この名付けには理由があったのでござる

当時、その品種は不作であられた。

――そして「王林はおいしくない」という印象があったという

その印象を、変えてほしいという願いの名でござった。

――ゆえに、己が頑張るしかないと思われたそうな

さて、この御方の名の話をもう少し語ろう。

――その集いは、名が林檎の品種になっておるのでござる

そして、この御方は二代目の「王林」でござった。

――先に去った者の名が、次の者に受け継がれるのでござる

実に、面白い仕組みでござるな。

――そして名の読みにも、拘りがおありだという

中国の方ではない、と念を押しておられる。

――人参と同じ調子で読んでほしい、と申されておるそうな

細かいところまで、拘っておられるのでござるな。

――だがその名を、初めは望まれておらなんだ

それでも、名付けの意味を知って受け入れられた。

――印象を変えてほしい、という願いでござったゆえな

そして今、その品種の名は広く知られておる。

――この御方が、名を背負って歩まれた結果でござろう

嫌だった名を、己の力で好きな名に変えられた。

――これほど痛快な話も、そうはござらぬ

念のため、この稿の作り方を申しておこう。

――小中学の学び舎の名は、公には出ておらぬ

ゆえに、憶測で書くことはせなんだのでござる。

――記したのは、高校と大学の名だけでござる

それでも、道筋は十分に追えるのでござる。

――この御方の場合、卒業の論文の話が濃いゆえな

さらに一つ、この御方の始まりも記しておこう。

――九つの歳に、模す者を目指して学び舎へ入られた

九つでござるぞ。志の早さに驚くではないか。

――そして小学の頃から、集いで活動しておられた

その頃は、今とは違う名で活動されておったという。

――つまり、名も二度変えておられるのでござる

それでも、青森を離れられなんだ。

――郷土に根を張ったまま、育たれたのでござるな

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王林の卒業論文は祖父にちなむ津軽塗だった

さて、ここからが此度の題の核心でござる。

――2017年3月、弘前学院聖愛高校を卒業された

そして進まれたのが、青森中央学院大学でござる。

――学部は、経営法学部でござった

つまり、大学まで青森を出ておられぬのでござる。

――そして2021年3月、無事に卒業されておる

活動をしながらの、四年でござった。

――だが、此度の肝はその卒業の論文でござる

その題が、実に良いのでござる。

――伝統の工芸品の、販路を広げることについてでござった

そして、扱われたのは津軽塗でござる。

――なぜ津軽塗を選ばれたか、その理由が良いのでござる

祖父上が、元は津軽塗の職人であられたという。

――身内の生業を、学問の題にされたのでござる

しかも、ただ調べるだけではござらぬ。

――どうすれば売れるかを、経営の学びで論じられたのでござる

郷土の技を、どう次へ繋ぐかでござる。

――学びが、そのまま郷土への恩返しになっておる

教授も「やりたいことをできるよ」と支えてくれたそうな。

――その恩を、今も語っておられるのでござる

そして2024年、その学び舎の使いにも就かれた。

――学び舎との縁も、続いておるのでござるな

さて、大学での学びをもう少し掘ってみよう。

――経営法学部で、経営の法を学ばれたのでござる

そして卒業の論文は、伝統の工芸の販路についてでござった。

――これは、実に良い題の選び方でござる

郷土の技を、学問の道具で助けようという試みでござるからな。

――しかも、祖父上がその職人であられた

身内の生業を、学問で支えようとされたのでござる。

――これほど動機のはっきりした論文も、そうはござらぬ

多くの学生は、書きやすい題を選ぶものでござる。

――だがこの御方は、書きたい題を選ばれた

そして教授も、それを支えてくれたそうな。

――やりたいことをできるよ、と言うてくれたという

その言葉に、今も感謝しておられるのでござる。

――良い師に恵まれた、ということでござるな

そして2024年、その学び舎の使いにも就かれた。

――恩を、きちんと返しておられるのでござる

念のため、あの論文の意味をもう一度。

――郷土の技を、学問の道具で助けようとされたのでござる

しかも、祖父上がその職人であられた。

――身内の生業を、学問で支えようとされたわけでござる

書きやすい題ではなく、書きたい題を選ばれた。

――これが、学びの正しい姿でござろうな

さらに一つ、この御方の選択についても記しておこう。

――2017年、東京の番組に出られた折のことでござる

そして、別の集いにも加わられたのでござる。

――だが2018年、元の集いに専念するため離れられた

その折、事務所の長は上京を勧められたそうな。

――模す者としての夢を、考えてのことでござった

だがご本人が、青森での活動の継続を望まれた。

――東京へ出る道を、自ら断られたのでござる

郷土への想いが、それほど強かったのでござるな。

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王林の未来予想図-青森県知事が夢である

さて、この御方の郷土への想いも記しておこう。

――長らく、青森に住まわれたまま東京で働いておられた

収録の折には、可能な限り青森から通われたという。

――東京で活動するのは、青森のためだと公言しておられた

青森が己の居場所だ、とも申されておる。

――ただ2024年からは、二つの拠点で暮らしておられる

宿に泊まることが増えたゆえだという。

――だがその東京の部屋も、青森の品で埋め尽くされておるそうな

青森の部屋より、東京の部屋の方が青森の物が多いという。

――これほど郷土を想う方も、そうはござらぬ

そして、夢もはっきりしておられるのでござる。

――青森県知事になることでござる

そして、青森で音楽の祭を開きたいとも考えておられる。

――2026年には、鉄道を起点とした町おこしも始められた

止まる予定の路線を、起点にされたのでござる。

――そして、駅に店まで開かれておるそうな

夢を語るだけでなく、既に動いておられるのでござる。

――これが、この御方の凄まじいところでござるよ

さて、この御方の人となりも記しておこう。

――特技は、水泳であられるそうな

番組では、蝶のように泳ぐ姿も見せておられる。

――そして、津軽の言葉で話されることでも知られる

東京が怖い、という趣きでも活動しておられた。

――郷土の言葉を、隠されぬのでござるな

そして、演じる場にも面白い決まりがおありだという。

――長らく、連続の作は断っておられたそうな

台詞を標準の言葉にせねばならぬゆえだという。

――だが2023年、ようやく出られたのでござる

青森を題にし、地元の言葉のまま出られるならと。

――実際、その役でも津軽の言葉を使うておられる

仕事を選んでまで、郷土の言葉を守られたのでござる。

――これほど筋の通った御方も、そうはござらぬ

身の丈は170センチと、同じ年頃では長身でござる。

――目標とする方々の名も、公言しておられるのでござる

念のため、この稿の締めくくりを申しておこう。

――大学まで青森を出ず、郷土のために学ばれた

そして今も、郷土のために働いておられる。

――夢は、青森県知事でござるそうな

しかも、既に町おこしにも動いておられる。

――語るだけでなく、動く御方でござるよ

さらに一つ、この御方の面白い一面も添えておこう。

――澄まし汁の味の菓子と、果物がお好きだという

それが高じて、公の使いにも任じられたそうな。

――一番好きな果物は、林檎ではないという

実に、正直な御方でござるな。

――そして、大食いでも知られておられる

肉を六百グラム余り平らげられた経験もあるそうな。

――涙もろい性分でもあられるという

実に、人間味のある御方でござるよ。

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今回は王林殿について調査してみた!

吾輩は王林殿に対して、郷土を離れず、郷土のために働き続けておられる武者姫と思ったんだがお主は王林殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

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