歌と踊りで世を沸かせておる一座、timelesz。2024年4月に名を改め、2025年2月には新たに五人を迎えて八人の陣となった一座でござる。
名を改めるというのは、これまで積んだものを一度手放すことでもござってな。――そのうえで新たな者を迎えるとなれば、覚悟の要る決断でござろう。
しかもその選びは、公に開かれた催しとして行われた。応募は一万八千を超えたという。その中から選ばれた五人が、それぞれどのような道を歩んでこられたか。
十七年どの組にも属さなんだ者。辞めると決めた日に呼ばれた者。一度この道を離れ、勘定の仕事に就いておった者。締め切りの三分前に応募した者。――皆、物語を持っておるのでござる。
この書記では、八人それぞれの歩みを一本ずつ掘り下げてまいった。このページは、その入口をまとめた案内でござる。気になる御方の所から、存分に読み進められるがよい!
【timelesz・佐藤勝利】
1996年10月30日のお生まれ、東京の出。一座の中心を長く担ってこられた御方でござる。
十の齢でこの道へ入られ、十五で世に出られた。走ることを得手とし、学び舎では陸上の組の長を務めておられたという。――名を授けられたのは父上であった、という逸話も残っておる。
同じ日に入った六名が、揃って名を成しておられる。……なんとも、豪華な巡り合わせでござる。
【timelesz・佐藤勝利】同期が豪華すぎる!?学び舎にも先輩
中学では、陸上の部の長を務めておられた。……十キロを四十二分四十二秒で走られるという。
【timelesz・佐藤勝利】10キロを42分!?陸上部の部長だった男
「赤ちゃんが生まれただけで勝利なんだ」——名を授けられたのは、父上であった。
【timelesz・佐藤勝利】親子丼につられて!?名は父上が授けた
【timelesz・菊池風磨】
1995年3月7日のお生まれ、東京の出。一座を率いる立場にある御方じゃ。
名の知れた学び舎を、書類と面談の試しにて進まれておる。仕事の減った時期に体を作り直し、そこから流れを変えられたという。――逆風を、己の武器に変えた御方でござる。
己で履歴書を送られた。……ところが一度目は、文を受ける機械が壊れておって逃されたのじゃ。
【timelesz・菊池風磨】FAXの故障で逃した1度目!?自ら書付を
好みについて巷で言われておることは、いつどこで語られたのか確かめられなんだ。……体重を十七キロ増やされた話のほうは、確かでござる。
【timelesz・菊池風磨】好きなタイプ!?体重を17キロ増やした男
慶應義塾大学の総合政策学部に、AO入試で受かっておられる。
【timelesz・菊池風磨】慶應をAO入試で!?ドッキリで広まった名
「打ち込めるものが欲しかった」。……そして仕事が減った時期に、体を作られたのでござる。
【timelesz・菊池風磨】仕事が減った時に体を作った!?逆転の道
【timelesz・松島聡】
1997年10月26日のお生まれ、静岡の出。絵を描く手も持っておられる御方でござる。
この道への入口を作られたのは、姉上であったという。一度目で終わらず、二度目の書付で呼ばれたという逸話も残っておってな。――諦めなんだ者だけが、扉を開けるのでござるよ。
十五の齢で、島田から東京へ。……小学の頃からの推しに会うため、六時間並ばれたそうな。
【timelesz・松島聡】6時間並んで号泣!?学生時代の推し
一度目は、返事が来なんだ。……二度目は、思いを綴った手紙を添えて送られたのじゃ。
道も、都での暮らしも、好みの物語も。……三つの始まりが、すべて姉上であった。
【timelesz・松島聡】実家は金持ち!?父が男手1つで育てた家
【timelesz・寺西拓人】
1994年3月4日のお生まれ、東京の出。2025年に加わられた御方でござる。
この道に入られてより、十七年もの間どの組にも属さずに歩んでこられた。その間に舞台で芸を磨き、名だたる劇場に幾度も立っておられる。――十七年の下積みが、いま花開いたのでござる。
十四の齢で、この道へ。……そこから十七年、どの組にも属さぬままであられた。
【timelesz・寺西拓人】17年どの組にも属さず!?加入までの道
帝国劇場の板に、六度立っておられる。……舞台で磨かれた芸でござる。
【timelesz・寺西拓人】帝劇に6度立った!?舞台で磨いた芸
名には、二つの願いが込められておるという。……得手は料理と踏み鳴らし、そして匂いじゃ。
【timelesz・寺西拓人】人の匂いを嗅ぎ当てる!?名に込めた願い
【timelesz・原嘉孝】
1996年3月18日のお生まれ、大阪の出。2025年に加わられた御方じゃ。
舞台で主役を務められた数は、十を超えるという。先達から掛けられた「原は原になればいい」という一言を、支えとしてこられたそうな。――己のままでよい、と言われることの重みでござる。
「原は原になればいい」——先達の、その一言でござる。同期の顔ぶれが、また豪華であった。
【timelesz・原嘉孝】原は原になればいい!?先達の一言
舞台で主役を務めた数は、十度を優に超えておる。……そして映画でも、初主演を果たされた。
【timelesz・原嘉孝】舞台の主演を10度超え!?初の主演映画も
中学と高校の両方で、バレーボールの主将であられた。……十五年を経て、応援の役へ回っておられる。
【timelesz・原嘉孝】バレー部の主将だった!?15年後に応援役へ
【timelesz・橋本将生】
2000年3月18日のお生まれ、東京の出。2025年に加わられた御方でござる。
辞めると決めた、まさにその日に声が掛かったという。選びの場では十一位から、最後に一番で名を呼ばれるまでに至られた。――諦めかけた者に、機は来るのでござるよ。
「負けっぱなしであった」と語っておられる。……辞めると決めた日に限って、声が掛かったのじゃ。
【timelesz・橋本将生】辞めると決めた日に限って!?24歳の挑み
暫定十一位からの始まりであった。……そして最後に、一番に呼ばれたのでござる。
【timelesz・橋本将生】11位から1番に呼ばれた!?殻を破った日
名は、将軍から取られたという。……英語のほうは、焼肉屋の務めで覚えられた。
【timelesz・橋本将生】焼肉屋で英語を覚えた!?名は将軍から
【timelesz・猪俣周杜】
2003年1月19日のお生まれ、埼玉の出。2025年に加わられた御方じゃ。
一度この道を離れ、塗装を営む所で勘定の仕事をしておられたという。そこから再び挑まれ、努力の一位にも選ばれておられる。――見せずに積む者が、いちばん強いのでござる。
一年半で組を離れ、塗りの店で帳面をつけておられた。……その心を動かしたのが、最後の催しであった。
【timelesz・猪俣周杜】塗装屋で経理をしていた!?再挑戦の訳
共に競うた者たちが、努力の一位にこの御方を挙げた。……見せずに積む質でござる。
【timelesz・猪俣周杜】努力1位に選ばれた!?見せずに積む男
呼ばれたい名は「シュートくん」。……凝った呼び名は、作られなんだのじゃ。
【timelesz・猪俣周杜】呼ばれたい名はシュートくん!?愛される質
【timelesz・篠塚大輝】
2002年8月23日のお生まれ、千葉の出。2025年に加わられた御方でござる。
名の知れた学び舎に通いながら、締め切りの三分前に応募されたという。踊りも歌も未経験から、半年で満点の評を得るまでに至られた。――二兎を追う者だけが、二兎を得るのでござるよ。
締め切りの三分前に、送られた。……大阪で育ち、幼き頃からこの道に憧れておられたという。
【timelesz・篠塚大輝】締め切り3分前に応募!?一橋大生の決断
踊りも唄いも、まったくの未経験であられた。……「もう未経験と呼ばないでほしい」と言われるまで、半年でござる。
【timelesz・篠塚大輝】もう未経験と呼ばないで!?半年で100点
座右の銘は「二兎を追う者だけが、二兎を得る」。……常の言い回しを、ひっくり返しておられる。
【timelesz・篠塚大輝】二兎を追う者だけが!?座右の銘の通りに
【かつて共に歩まれた御方】
この一座を語るうえで、外せぬ御方がもう一人おられる。長く共に立ち、2024年に別の道へ進まれた中島健人殿でござる。
王子様と呼ばれる立ち方を貫かれた御方でな。――その裏には、社長だけが笑うたという逸話まで残っておるのじゃ。
一単位足りずに、留年されたことがござる。……そして五年目に、きちんと卒業しておられる。
同じ道の者でさえ赤面するという、王子様ぶりでござる。……それを、貫いておられるのじゃ。
選びの場で、ピアノを一曲弾かれた。……小学二年から続けてこられた腕でござる。
世界に向けた大きな物語に選ばれた。……束ねるのは、名だたる映画人でござる。
長く居た組を離れられた。……そして独りで、大きな場を三日埋められたのじゃ。
全編が英語の作に挑まれた。……始まりは、幼き日の憧れであったという。
【なぜ、公に開かれた選びであったのか】
さて、ここで一つ語っておきたいことがござってな。この一座の新たな者を選ぶ催しは、世に開かれた形で行われたのでござる。
常であれば、誰が入るかは決まってから知らされるものでござろう。――だがこの一座は、選ぶ過程そのものを世に見せたのじゃ。
これは、まことに危うい選びでもござってな。落ちる者の姿も、そのまま映るのでござるからな。
だが、そこに値打ちがあったのでござる。――見ておった者が、選ばれる前から縁を持てるのでござるからな。
一万八千を超える応募があり、その中から五人が選ばれた。つまり残りの者は、皆その場を去ったということでござる。
――だからこそ、選ばれた五人には重みがあるのでござるよ。その重みを、見ておった者も知っておるのでござるからな。
そして元からおられた三人は、その全てを受け止める側に回られた。――迎える側というのも、なかなかに難しい立場でござってな。
長く築いてきた三人の呼吸に、新しい五人が入ってくるのでござる。崩れる恐れも、当然あったでござろう。
それでも、開かれた選びを選ばれた。――そこに、この一座の覚悟がござるのじゃ。
【八人になった、ということ】
さて、こうして八人の歩みを並べてみると、見えてくるものがござってな。
――誰一人として、真っ直ぐには来ておらぬのでござる。
十七年待った者がおる。一度離れて、別の勤めに就いた者がおる。辞めると決めた日に、機が巡ってきた者もおる。
そして元からおられた三人とて、平坦ではなかったのじゃ。一度目の書付が届かなんだ者。仕事の減った時期を、体を作ることで越えた者。
――遠回りをした者ばかりが、いま同じ舞台に立っておるのでござる。
お主にも、遠回りをしておると感じる時期があるやも知れ申さぬ。だがこの八人を見れば、遠回りこそが持ち味になることが分かるでござろう。
嘘か誠かの判断は自己責任にて!

