【青木崇高】英語は旅で覚えた!?南米で落語を披露した男

青木崇高 怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、青木崇高殿:旅で言葉を覚え、南米へ渡って落語まで披露してこられたについて、

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

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  • 1980年3月14日、大阪府八尾市のお生まれ
  • 絵の技を学ぶ学び舎を出られた
  • 友の勧めで受けた面接にて、志望をその場で改められる
  • 2002年、映しの作『マッスルヒート』にて世に出られる
  • 2006年、『繋がれた明日』にて初主演
  • 2007年、朝の作『ちりとてちん』にて広く名を知られる
  • 2008年、南米へ単身で渡られた
  • 2010年、大河の作『龍馬伝』に初めて出られる
  • 2011年1月から6月、ニューヨークへ語学の留学
  • 2012年4月、八尾市より魅力大使に任じられる
  • 2023年、韓国の映しの作にも出られた
  • 2023年、『ゴジラ-1.0』にも出ておられる
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青木崇高は南極の他は全て踏んでいる

吾輩が今宵成敗いたすは、青木崇高殿の言葉と旅の話でござる。

――この御方の趣は、絵を描くことと旅だそうな

そして、その旅がまた並ではござらぬ。

――世に出る前は、背嚢を担いで歩いておられた

宿も決めず、行き当たりばったりの旅でござるな。

――では、どこまで行かれたか

ここが、今宵の驚きどころでござってな。

――南極の他は、全て踏んでおられるという

全て、でござるよ。

――五つの大陸を、巡っておられたのじゃ

お主、これは並の旅好きではござらぬ。

――そして、旅というのは言葉を覚える場でござってな

机に向かって覚えるのとは、まるで違い申す。

――通じねば、飯も食えず、宿にも泊まれぬのでござる

つまり、覚えねば生きてゆけぬ。

――この差は、たいそう大きいのでござる

試しのための言葉と、生きるための言葉でござるからな。

――この御方は、後者で覚えてこられたのじゃ

そして、この御方の生まれについても語っておこう。

――大阪の八尾でござる

1980年3月14日のお生まれじゃ。

――そして、この御方は絵の技を学ぶ学び舎を出ておられる

つまり、演じ手を志して学ばれたのではござらぬ。

――絵を描く仕事を目指しておられたのじゃ

そして、その趣はいまも残っておってな。

――絵を描くことと、旅が趣だそうな

学んだものは、形を変えて残るのでござるな。

――そして、旅の方が仕事にまで繋がってゆくのでござる

そして、旅で覚えた言葉には強みがござってな。

――間違いを恐れぬのでござる

机で学んだ者は、正しく言おうとして黙り申す。

――だが、旅で覚えた者は通じればよいと思うておる

だから、口が動くのでござる。

――この差は、まことに大きゅうござる

そして、この御方は人と交わるのがお好きでござる。

――道理で、言葉が身についたわけでござるな

そして、旅というのは金の要るものでござってな。

――だが、この御方は費えを惜しんでおられぬ

南米へも、カンヌへも己持ちで行かれた。

――そこに、この御方の値打ちの置き方が出ておる

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青木崇高は南米へ渡り落語を披露した

さて、ここからが今宵の見どころでござる。

――2007年、この御方は朝の作に出られてな

『ちりとてちん』と申す作でござる。

――落語を扱う物語でござった

そこで、落語家の役を務められたのじゃ。

――そして、この作が海の向こうでも見られておった

南米の、日ノ本から渡った方々の間で、でござる。

――それを、友から聞かれたのでござる

さらに、その方々の苦労の来し方も聞かれた。

――そして、この御方はこう思われたのじゃ

とにかく、行かねばならぬ、と。

――2008年でござる

移り住んで百年の節目の年でござった。

――そして、単身で南米へ渡られたのじゃ

しかも、費えは己で出されたという。

――仕事ではござらぬのでござる

誰に頼まれたわけでもない。

――そして、一月ほど各地を巡られた

ペルー、パラグアイ、そしてブラジルでござる。

――そこで、何をされたか

落語を、披露されたのじゃ。

――『道具屋』と申す演目だそうな

役で覚えた芸を、海の向こうで演じられたのでござる。

――そして、その地の方々と交わられた

お主、これは並の役者にできることではござらぬ。

――役が終われば、それきりが常でござるからな

だが、この御方は先まで持っていかれた。

――役を、己の物にしておられたのでござろう

そして、この御方の学びの姿勢が並ではござらぬのじゃ。

――大河の作に出られた折の話でござる

己の撮りの日の、二倍は現場に足を運ばれたという。

――見学に、でござるよ

出番の無い日にも、行かれたのでござる。

――そして、他の御方の演技を見ておられた

これは、なかなかできることではござらぬ。

――さらに、役のために体まで作り変えられてな

重役らしい貫禄を出すため、十五貫ほど増やされたそうな。

――そして次の作のため、一月ほどで戻されたという

体を、役の道具として使っておられるのでござる。

――落語を覚えて南米へ渡られたのも、同じ筋でござろう

そして、南米へ渡られた折の話をもう少し。

――誰も、行けとは言うておらぬのでござる

仕事でもなければ、番組の企てでもない。

――ただ、行かねばと思われただけでござる

そして、実際に行ってしまわれた。

――思うだけの者は、山ほどおり申す

だが、動く者はほとんどおらぬ。

――そこが、この御方の凄みでござろう

そして、一月も各地を巡られたのじゃ。

――落語を演じながら、でござるよ

そして、その落語を演じられた地の方々のことも申しておこう。

――遠い地で、根を張ってこられた方々でござる

苦労の来し方も、あったことでござろう。

――その方々が、日ノ本の作を見ておられたのじゃ

そこへ、その作に出ておった者が訪ねてくる。

――どれほど嬉しかったことでござろうな

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さて、この御方は言葉そのものも学びに行っておられてな。

――2011年1月から6月まででござる

ニューヨークへ、語学の留学をされたのじゃ。

――三十を越えてからでござるよ

すでに、大河の作にも出ておられた頃でござる。

――名も知られておった御方が、学びに行かれたのじゃ

そして、この留学の最中に大きな出来事がござってな。

――同じ年の三月、日ノ本を大きな災いが襲うた

遠い地から、それを知られたのでござる。

――さて、この御方はどうされたか

大きな布を用意されたのじゃ。

――そして、その地の人々に書いてもらわれた

励ましの言葉を、でござる。

――集まったのは、数百人分であったという

そして、その布を日ノ本へ送られた。

――福山雅治殿の、施しの番組へでござる

お主、これは胸に来る話でござるな。

――遠くにおって、できることを探された

そして、言葉を集めるという形にされたのじゃ。

――言葉を学びに行った地で、言葉を集められたのでござる

さらに、同じ年の五月にも面白い話がござってな。

――出ておられた作が、海の向こうの映しの祭りに出された

カンヌでござる。

――この御方は、留学先から駆けつけられたのじゃ

しかも、招かれた身ではござらなんだ。

――ゆえに、費えは己持ちでござった

そして、道中では野宿までされたという。

――なんとも、旅の人らしい行き方でござるな

そして、言葉が実際に役立った場面もござってな。

――2014年の頃でござる

出ておられた作が、フィリピンで先に披露された折じゃ。

――撮りの最中に、歯が折れておってな

それを問われて、英語で答えられたのでござる。

――だが構わぬ、己は左之助だからな、と

役になり切ったまま、客に呼びかけられたのじゃ。

――そして、その場は大いに沸いたという

旅で覚えた言葉が、こういう場で効くのでござる。

――学びとは、こう使うものでござるな

そして、この御方の人柄が出る話をもう一つ。

――共に出る者と打ち解けることに、力を注がれるという

ある映しの作では、若者たちを演じる者を連れて飯を食われた。

――そして、合間には共に球で遊ばれたそうな

衣を汗だくにして、叱られたこともあるとか。

――三十を過ぎた御方が、でござるよ

そして、子役とも撮りの合間をずっと共に過ごされるという。

――父の役を務めることが多いゆえだそうな

役の外でも、その関わりを作っておられるのでござる。

――旅で人と交わってこられた御方らしゅうござるな

そして、この御方は日ノ本の舞も学んでおられてな。

――2011年頃より、三代目尾上菊之丞殿に師事されたそうな

海の向こうの言葉を学びながら、日ノ本の舞も学ぶ。

――両方に手を伸ばしておられるのでござる

そして2012年には、生まれた町の魅力大使にも任じられた。

――遠くへ行きながら、根も忘れておられぬのじゃ

2023年には、韓国の映しの作にも出ておられる。

――同じ年、大きな評を得た日ノ本の作にも出られた

旅で広げた世界が、そのまま仕事の場になっておるのでござる。

――背嚢を担いで歩いた日々は、無駄になっておらぬ

そして、この御方の言葉についてもう一つ。

――英語だけではござらぬのでござる

河内の言葉も、達者であられてな。

――共に出た方に、方言の手ほどきをされたこともあるという

台詞を録って渡されたそうな。

――言葉を、道具として使いこなしておられるのでござる

旅で覚えた言葉も、生まれた土地の言葉も。

――どちらも、この御方の武器でござろう

そして最後に、この御方の言葉を一つ挙げておこう。

――歯が折れたことを問われた折の返しでござる

だが構わぬ、己は左之助だからな、と。

――痛みを、役で笑いに変えられたのじゃ

これは、なかなかできることではござらぬ。

――旅で人を笑わせてこられた御方でござるからな

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今回は青木崇高殿について調査してみた!

吾輩は青木崇高殿に対して、旅で言葉を覚え、南米へ渡って落語まで披露してこられたと思ったんだがお主は青木崇高殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

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