巷に騒がれる、長井秀和殿:英語力と英語学習方法、そして三十七の齢で渡られた話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1970年1月3日、東京都武蔵村山市のお生まれ
- 大学を出た後、1992年にこの道へ入られる
- 2003年頃、決め台詞が世を席巻された
- 『爆笑オンエアバトル』のチャンピオン大会では、準決勝を一位で通られた
- 2007年、三十七の齢で仕事を休み、ニューヨークへ渡られた
- 渡られる前の英語は、英検の準二級ほどであったという
- 目当ては英語と、独り立つ笑いの芸の両方でござった
- 渡って一週ほどで、現地の笑いの店に足を運ばれる
- 二週ほど後には、その舞台で己の芸を披露された
- 2011年7月、英検の準一級を取られる
- その力を生かし、英語を教える仕事もされてきた
- 2022年12月より、西東京市議会議員を務めておられる
【37歳で、仕事を休んで渡られた】
吾輩が今宵成敗いたすは、長井秀和殿の英語についてでござる。
――間違いない、という決め台詞で世を席巻された御方じゃ。
だが今宵語りたいのは、その後の話でござる。
――この御方、三十七の齢で海を渡っておられるのじゃ。
生まれは1970年1月3日、東京の武蔵村山でござる。
――大学を出た後、1992年にこの道へ入られた。
そして2003年頃、あの決め台詞が生まれる。
――見ぬ日は無い、というほどの人気でござった。
『爆笑オンエアバトル』のチャンピオン大会では、準決勝を一位で通られた。
――計られた笑いを得手とする御方でござった。
さて、ここからが今宵の本題でござる。
――2007年、三十七の齢で、この御方は仕事を休まれた。
そしてニューヨークへ、独りで渡られたのじゃ。
――お主、仕事を休んで、でござるよ。
しかも、目当ては英語だけではござらなんだ。
――独り立つ笑いの芸を、学びに行かれたのでござる。
英語で、笑いを取る芸でござるな。
――これは、途方も無い狙いでござるぞ。
笑いは、言葉の中で最も難しい所でござるからな。
――しかも、笑いの型そのものが土地で違うのじゃ。
日ノ本で受ける間合いが、かの地で受けるとは限らぬ。
――その研究まで、要ることになるのでござる。
そして、渡られる前の英語がまた正直でな。
――英検の準二級ほどであったという。
高校の半ばほどの力でござる。
――その力で、笑いの本場へ乗り込まれたのじゃ。
無謀と言う者もおろう。
――だが、この御方は本気でござった。
順に、見てゆこうではないか。
――ここからの動きが、また速いのでござる。
【渡って1週で、笑いの店へ】
渡られてから、わずか一週ほどのことでござる。
――この御方は、現地の笑いの店に出入りできるようになられた。
一週でござるよ、お主。
――まだ、暮らしも落ち着いておらぬ頃でござろう。
普通ならば、まず言葉を仕上げてから、と考えるものでござる。
――だがこの御方は、先に場へ飛び込まれたのじゃ。
口を利いてくだされたのは、現地で活躍する日本人の笑いの者、RIO殿でござった。
――そして二週ほど後には、もう舞台に立てることになったのじゃ。
本人も、夢ではないかと思われたそうな。
――お主、これはもう逃げ場が無いということでござるぞ。
準二級ほどの力では、とても追いつく話ではござらぬ。
――必死で積まれたことは、想像に難くござらぬ。
そして二週ほど後、初めての舞台を果たされた。
――しかも、意外なほど受けたというのじゃ。
お主、渡って半月でござるよ。
昼は語学の学び舎、夜は笑いの店の舞台という暮らしを、丸一年続けられたのでござる。
――そして拙いながらも、必死で英語のネタを作られた。
無論、己の手ででござる。
――つまり、書く力も相当に要ったということじゃ。
お主、ここが見事なところでござるぞ。
――この御方は、己の生業を学びの題材にされたのじゃ。
教本の文を訳すのではのうて、己の芸を英語にする。
――これほど身の入る稽古も、そうはござらぬ。
そして、直されれば直すほど芸も磨かれてゆく。
――言葉と芸が、同時に伸びるのでござるよ。
そして、笑いを取るというのは容赦の無い試しでござってな。
――通じておらねば、その場で分かるのでござる。
客が笑わねば、伝わらなんだということでござるからな。
――これほど正直な判じ方も、そうはござらぬ。
点でも級でもなく、その場の笑いで測られるのじゃ。
――厳しいが、これ以上に確かな物差しも無かろう。
【未来予想図-恥ずかしがらず堂々と】
帰られた後、2011年7月の話でござる。
――この御方は、英検の準一級を取っておられる。
渡られる前は、準二級ほどであられた。
――そこから二つ、級を上げられたということでござる。
――半月で舞台に立った勢いのまま、積み続けられたのじゃ。
そしてその力を生かし、英語を教える仕事もされてきた。
――外資の会社や保険の会社で、週に三日ほど教えておられたという。
学びに行った者が、教える側に回られたのでござる。
――通詞を頼まれることもあったそうな。
そして、この御方の学び方には一貫したものがござってな。
――いずれも、逃げ場を作らぬ形でござる。
仕事を休んで渡り、一週で店へ出入りし、二週ほどで舞台に立つ。
――退路を、己の手で断っておられるのじゃ。
人は、逃げ道があると必ずそちらへ行くものでござる。
――ゆえに、初めから塞いでおくのでござるよ。
さて、この御方が初舞台を振り返られた言葉が実に良うてな。
――「堂々とやればいい、恥ずかしがっちゃダメですね」。
英語が下手なのは、客も承知の上だというのじゃ。
――ゆえに、結果は後からついてくるのでござる。
そして、一年で得たものをこう語っておられる。
――「チャレンジ精神と度胸が身についたこと」。
お主、級でも点でもなく、度胸でござるよ。
――これは、学びを始める者への何よりの励ましでござろう。
三十七で仕事を休んで渡られた御方の言葉でござる。
――重みが違い申すな。
さて、この御方から汲めるものを並べておこうぞ。
――一つ、仕上げる前に場へ飛び込むことでござる。
二つ、期日を切ることでござるな。
――二週後に舞台、と決まっておれば人は動くのでござる。
三つ、己の生業を題材にすることでござる。
――好きなこと、得手なことを英語にすれば身が入り申す。
お主も、己の得手を英語にしてみられよ。
――積んだ分は、必ず己に返ってくるのでござるからな。
三十七からでも、遅くはござらなんだのじゃ。
――お主が幾つであろうと、同じことでござるよ。
【英語力と学び方!?37歳でニューヨークへについてのまとめ】
今回は長井秀和殿について調査してみた!
三十七の齢で仕事を休み、独りニューヨークへ渡られた。
渡られる前の力は、英検の準二級ほどであったという。
それでも一週で笑いの店へ出入りし、二週ほどで舞台に立たれた。
恥ずかしがらず堂々と――この言葉が全てでござろう。
吾輩は長井秀和殿に対して、準二級ほどの力で渡り、二週ほどで現地の舞台に立たれた御方でござると思ったんだがお主は長井秀和殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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【吾輩からの一言】
今宵の話にも、海を渡る件が出てきたでござろう。お主も、いつかは……と思われたのではないかな。
だが、いきなり決める要はござらぬ。まずは相談だけしてみられよ。銭はかから申さぬのでござるからな。
行くと決めてから調べるのではのうて、調べてから決めればよいのでござるよ。
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引いた言葉の出どころ
日刊ゲンダイ(2018年4月20日)「NYでも意外にウケた」長井秀和がコメディアン修業を語る(2・3ページ)
オリコンニュース(2012年8月16日)昨年7月に英検準一級を取得、週3日ほど英語講師
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